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第六十八話 ソレが示す名は

「この世に起こり得るありとあらゆる現象、事象。その中で最も人類文明を発達させるものが何か……わかるかね」


「いえ……というか、突然なんの話です?」


 第二試合はリィカネル・ビットと謎の戦士キャッツのカード。全試合の中で最も注目されていない試合といっても過言ではないだろう。それは本人たちも分かっている。

 けれど、負ける気がないのはどちらも同じ。今はウォーミングアップのために、エスティオン基地内のトレーニングルームに篭っている。今回の試合場は屋内なのだ。


「なに、老人の暇つぶしさ……勘でいい、答えてみな」


「はあ……天才の誕生、でしょうか。もしくは、統率者」


「ふむ……あながち間違いではない。だが、違うな」


 どっちだよ、というツッコミはギリギリのところで飲み込んだ。どうも目上の人間との会話は苦手なので、今すぐにでもここから出たい……兎牙は、心の底からそう思った。

 先程から話しかけてくるのは【幻凶】鬼蓋宗光。

 本来第三試合に出場する選手は、まだ控え室にいる必要がない。しかし、エスティオンで優雅に試合を見てみたいという理由で最初からここに居座っている。迷惑極まりない。

 第一試合も見ていた。なんともつまらん幕引きだ、と言って不機嫌そうにしていたが……第二試合が始まる直前になると、気分よく話しかけてきたのだ。何か楽しみにしている要素があるのだろうか……心做しか、口角も上がっている。


「戦争だよ。命が散り、文明が壊れ、あらゆる全てが終わりに包まれる戦争こそが……文明を最も進歩させる」


「矛盾していませんか。文明が壊れては意味がない」


「ふ……違うんだよ。戦争を起こすほどの文明は、既に停滞し始めている。一度破壊し再構築することが、その実、より優れた文明を生み出すための手段なんだよ」


 そうか、としか思わない、それ以上思いようがない。

 そもそもなんの脈絡もない話だ。控え室で試合を見たいと言っているだけなのに、何故こんな訳の分からない話に付き合わされなければならない。段々腹が立ってきた。


「ゲフェングニス。兎牙響、知っているかな」


「ゲフェングニス……聞いたことはあります。確か、神器大罪人を強制収容するための機関……もうありませんが」


「そう。旧文明で言う……まあ、警察のようなものだ」


 また前置きも何もない話の転換。

 しかし、久々に聞いたその名前については、兎牙もある程度の興味があった。ゲフェングニス。監獄の名を冠する。

 地平に組織が乱立し、対立すら始まった頃。全組織のどこにも属さずどことも敵対せず、ただ彼らが罪だと断じることを為した神器使いを捕縛・処刑する機関が生まれた。

 彼らから何かすることはなかった。しかし、やられたらやり返すを極限まで煮詰めたような存在だった。当然ながら法律も何も存在しないこの世界で、そんな命知らずな真似をして生きていられるはずもなく……とうの昔に滅びている。


「アレを滅ぼした部隊の中に儂がいた。と言っても、儂は戦後処理とかそういう……実行部隊ではなかったがな」


「鬼蓋さんは前線に出たがるタイプだと思っていましたが」


「あの頃は臆病だった。背負うものがなかったからな」


 煙草に火をつける。今のところ、煙草に使用される植物類を栽培することに成功しているのは、エスティオンと+5のみとなっている。予想はしていたが、やはり喫煙者か。

 ふう、と吐いた煙を物憂げに見つめている。普段の彼女らしくない、やけに静かで落ち着いた瞳をしていた。


「その頃のゲフェングニスは無法も無法、ただ気に食わない奴らを捕まえるだけのゴミクズだった……捕らえた神器使いの子や妻すらも、一緒に監禁してしまうほどのな」


「……それは、知りませんでした。最後まで中立、公平を貫いた組織として、ある種尊敬すらしていたのですが」


「外部から見れば、まあそうだろうな。そして、そこで見つけたのが……こいつだ。今は立派な戦士に育ってくれた……」


 そう言って鬼蓋が指さしたのは、全試合の組み合わせが描かれた表。そこにいたのは、キャッツ……今試合で唯一、素性の一切が不明となっていた存在だ。

 目を見開く。まさか、今回の試合……+5の人間が二人も参加しているのか。気付かなかった。てっきり、フリーかと。


「一度、自分の目に映る全ての破壊と再構築を経験しているからな。強いぞ。ウチの幹部の中では、下の方だが」


 懐かしい思い出だ。最初は、酷い顔をしていた。

 姉妹がいた。彼女は姉だった。妹の方はなんとか逃がしたとかで、その優しさを見込んで+5に引き入れた。彼女は、本が好きだった。特に、旧文明の……純文学とやらが。

 何がいいのかはさっぱり分からなかったが、とにかく色々用意してやった。その中で一番気に入った本の、最も印象に残ったセリフを……子供の頃の彼女は、乱用していた。


「+5は名前がないやつに新しい名前をやらん。ただし、コードネームは与える……本人が望めば、それに合ったものをな。ふ、これは、一番好きな本の名前らしい」


 コードネームは何がいいか、聞いた。

 にやりと笑って答えた。


『吾輩に、吾輩としての名前はいらにゃい』


 純文学とやらが、一番好きだった。


『吾輩は猫である!』


 第二試合。リィカネル・ビットvsキャッツ。

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