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第六十六話 嘘

腐食性侵食酸水。命名から生成、散布までその全てが飛燕一人の手で行われている。黄燐から知識を得て作り上げたその毒素は、霧のような形状となってばら撒かれていた。

 二つ目の名を持つ者と戦うことになる選手にのみ許される行為……事前の情報入手。【融滅】は、試合場が屋外であることを知らなかった。それ故に、エスティオンからの報復を恐れて広域を巻き込む手段は考えていなかった。

 飛燕のみが、当日その場に誰もいないことを知っていた。土にまで染み込むように、散布は五日前から行っている。


「言い残すことはあるか、【融滅】。それともまだ抗う気力は残っているか? 本体を、更なる軍勢を使うか?」


「……あー、知っテたんだ。誰が教えタかな、知ってるノは黄燐ぐらいカ……ったく、師匠売るかねアの馬鹿は……」


「答えろ。今質問しているのは私だぞ……【融滅】!」


 肉体を支える四肢は既に崩壊している。再生しようと組織を構成し直したところで、肉体の内部にまで侵食している毒素はソレを即時崩壊させる。もう、戦えない。

 これが情報のアドバンテージ。そして、解析不能な成分を放置するほどに油断する実力差。それも、知っている。何せ一度殺されているのだ……飛燕の情報を、【融滅】は所持している。油断してもいい実力差があると知っている。

 あの時はただの衝動だった……だが、だからと言って利用しない理由はない。レギンレイヴは情報を司る組織だった。


「この場で! 全ての軍勢と共に滅びるか!」


 その意思は、継がれて……


「いや、ソのつもりはナい。アチシは【融滅】だよ」


 轟音。地下からまた、あの巨大な口が。

 メインウェポン、Evil angel。確かにその牙の先端は崩壊しているが……視界内に全容を捉えることすら不可能な巨体に、飛燕の作った毒素はほとんど作用していない。

 瞬時に【融滅】から離れて回避。同時に思考する。

 有り得ない、と。


 (イカれてるって、そういうことじゃないだろう! これを使うつもりだったのか……人が、いる場所で!)


 他にも違和感はある。いくらEvil angelが地下を高速移動出来ると言っても、当初彼女が予想していたであろうエスティオン基地とここの間には、相当の距離があるはずだ。

 どうやって移動させた。どうやって、どうやって……


「何か勘違いしテるねえ、君。確かにアチシは“この戦闘”では油断しタし、この毒素は正直予想外ですラある」


 Evil angelの体内から、万全の状態の【融滅】が出現していた。衣服の状態から見るに、スペアボディ……今度は鼻と口を防護する繊維を纏っている……毒素は無意味。

 死体が呼吸をするのかは甚だ疑問だったが、自分自身の姿にすら執着を持っていない化け物が、わざわざ人間の形をしているのなら、何か意味があるのだろう。人の仕組みに寄せている可能性は高い……だから、呼吸器からの侵食によって作用するようにした。そこも予想外だったのだろうか。

 新たに出現した不死の軍勢も、呼吸器系を防護している。この拘りも、なんらかの勝利の糸口に……


「でモさあ、アチシだッて馬鹿じゃナいんだ」


 パキ、と音がした。飛燕の首元から落ちた何かが、彼女によって踏み潰された音……それは、見ているだけで吐き気がするような動きをしている、死体のような何かだった。


「相手はレギンレイヴの残党。情報収集ぐラいするさ」


 小型屍機。


「次からは視覚共有機能も付ケるよ。何か作ってルのは知ってたけど、黄燐から情報が漏れルのを恐れたのかな? 侵食性の毒素に関スる話が、全然なかっタからさあ。二回も同じ手段でやラれかけるトか、ちょっと屈辱ダなあ」


「……屍、機? だってさっき、私がおまえの情報を持っていることに驚いて、知らない、様子で……」


「あ! 気付いタ!? ねえ気付いチゃった〜!?」


 若干イラついた様子だった【融滅】の表情が、声が、楽しげに歪む。先程までの全てが演技だったのではないかというほどに、おぞましく、醜く、変貌していく。

 ソレは、人の形をした悪魔。わざわざ人の姿に寄せて己を形作り、地平に絶望と破壊をもたらす怪物である。そしてその存在は、おぞましくも人の心を理解すらしている。

 楽しげな夢を塗り潰す。それが最も“クる”のだということを、理解しているのだ。この紅い髪をした怪物は!


「アチシの上を行ったつもリで戦って、決めゼリフまで吐いて、強気に出て! ぜ〜ンぶ見抜かれテた気分は!?」


 全て嘘。待機所で渡に言った、試合場が屋外であることを知らないような言動も。思考までそちらに寄せた、飛燕にはもう何がないのであろう、という予測に基づいた油断も。切り札であるEvil angelが来ないという飛燕の予測、それが的中しているかのような静寂も……全て、何もかもが。


「今どんな気分なノかなァ! 君は!?」


 飛燕狭霧は全てにおいて負けていた。

 足元に這い寄る、無数の死体。抵抗する気力すら湧かず、尻もちをついた。表情には最早、なんの感情もない。

 私は、最後の、神々の、遺された、もの。

 だから。人なら、殺せる。

 けれど。


「ねえ! 教えてよォ!」


 敵は。

 神をも殺し得る、怪物だった。

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