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第六十四話 第一試合

「調子はどうダ、相手は強いが……勝てそう、カ」


「策は練っています。運要素は、かなり強いですが」


 選手控え室にて、飛燕とその推薦者である爆は試合前の最終確認をしていた。ここで選手が棄権する、と言えば相手は不戦勝となるが……当然、飛燕にその気はない。

 飛燕も初対面の相手は苦手なタイプだ、が……対戦相手である【融滅】への憎悪が強すぎるが故か、爆のことなど眼中にないようだった。柔軟をしながら、彼の問いかけへ生返事をする。瞳は既に、この後の第一試合しか見えていない。


「対戦相手の【融滅】は、二つ目の名を持つ者ダ。しぶとく生き残ってきた最上第九席からの助言としては……」


 あまりいい記憶ではないが……爆は、一度だけ【融滅】と戦闘を繰り広げたことがある。生存特化の能力である彼は、何かと強敵相手の戦闘に駆り出されやすい。

 恐ろしい敵だった。斃しても斃しても蘇る不死の軍勢、必死に抗う自分たちを嘲笑う【融滅】の声……遙か後方で咆哮するEvil angel、そして終わりの見えない戦闘そのもの。何もかもが地獄で、世界の全てが融けていく感覚がした。

 勝とう、などというのは傲慢だ。飛燕のような若い者があの化け物と戦うのなら……考えるべきは、一つ。


「生き残れ。それだけでいい」


 飛燕が、視線だけを寄越した。


「いいえ」


 しかし、そこに感情はなかった。


「殺します」


 ただ、殺意だけが。


 ――――――


「今回の試合場は屋外なんダねえ、豪勢だ」


「……」


「こレならEvil angelも実力を発揮でキるだろうねえ。連れてクれば良かったよ……会場準備の黄燐様々だね」


「……」


 本来【融滅】は敵。特に渡は、焔緋軌光救出作戦の終盤においてEvil angelを切り刻んだ前例がある。結果的に敗北寸前まで追い込まれたが、【融滅】にとっては……

 我が子を傷付けた大敵のはずだ。いくら推薦者といえど、何故こんなにも話しかけてくるのか……


「そンなの決まっテるじゃなイか。嫌がらせダよ、ただノ」


「……無断で人の心を読むんじゃない」


「イッヒヒヒヒ! すまナいねえ、君が可愛いモんだから」


 あと今のは読心じゃなくて推測だ、と楽しげな様子の【融滅】が付け加えた。非常に不愉快且つ何一つとして喜ぶべきことではないが、調子は万全のようだ……忌々しい。

 このトーナメントは、頭のおかしいことに対戦相手の殺害が許可されている。恐らくは、二つ目の名を持つ者と戦う選手に対する運営側からのボーナスなのだろう。殺す気で行かないと、傷一つ付けられない可能性は大いにある。


「おっト、そろそロ時間だ。じゃ、楽しんデくるよ」


「そこは……勝ってくる、ではないのか」


「なんダ、勝って欲しイのかい?」


「まさか」


「イッヒヒヒヒヒ! だろうねえ」


 扉を開け、【融滅】が笑う。非常に不快な笑みだった。

 しかし僅かに……別の、暗い感情があるようにも見えた。


「安心すルといい。楽しんデくるだケだから」


 ――――――


「殺害アリ、場外判定ナシ、武器アリ時間切れナシ!」


 黄燐がゼロから対戦表を渡されたのは当日だった。方々から指摘を食らい、しかし直す気はなく、だが黄燐の堪忍袋が破裂するとどんな目に合わせられるか分からない。

 そんなゼロの取った行動がコレだったのだ。今頃ゼロは、十字架の少女と同じ空間で寛いでいることだろう。


「一切の責任は取りません、始め!」


「運営側の最高責任者が言っていいのかそれ」


「やかましい! 最高責任者はゼロじゃボケ!」


「おー口悪い口悪い」


 二人の戦闘がどの程度苛烈になるか分からず、用意された試合場は屋外。遠見が可能な神器を使い、エスティオンの人間は基地から試合の様子を眺めている。

 胃薬を飲んだ黄燐も、なんだかんだ楽しみにしている。飛燕の心境を考えると不謹慎極まりない感情だが、実際楽しみなものは楽しみなのだ。心臓の鼓動が幾分か速い。

 実況は蜃黄燐、解説は月峰蘭炯でお送りしております。


「【融滅】……一つ、一つだけ聞きたいことがある」


「おヤ、忍者ごっこハしないノかい。面白くナいねえ」


「何故レギンレイヴを潰した。なんの理由があって」


 両者、試合開始から一分が経過しても戦闘態勢には入っていない。腹の探り合い……というより、この場合は飛燕が確認しておきたいだけなのだろう……彼らの死んだ意味を。

 目を瞑る【融滅】。飛燕のために、真面目な回答を考えてやる……なんて気はさらさらなく、彼女の思考は。

 どう答えたら一番面白いのか?


「うーン……まあ、ちョっと考えたラ分かるんダけどさ」


 しかし、ちらりと顔を出した嗜虐心が邪魔をする。

 いいか、この試合における会話は……面白さではなく、どれだけ虐められるかで考えよう。とすると……


「一番弱かッたからジゃない?」


 ピン! と指を立てて、朗らかにそう言う。さて、家族を失った相手にこう言われた飛燕狭霧はどんな反応を……?


「ああ、良かった」


 顔の下半分を覆い隠していた布を、より強く押し付ける。ゴボン、と凄まじい体積の水が動いた音がしたが……今のはなんだ? まさか、事前に策を仕掛けていたのか?

 ああいや、どうでもいい。何をしてこようが対処出来る程度の実力差はある。今考えるべきはそこじゃない。

 なんて言った? “良かった”?


「間違ってない」


「…………………………へえ」


 一皮剥けた、と言うべきか?

 第一試合、開始。

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