第六十話 友との再開
「お、対戦表じゃねえか。どれどれ俺の相手は……ん!?」
皆訓練だの研究室や最上第九席だのに呼ばれているとかなんとかで、リィカネル部隊の部屋には軌光以外の誰もいなかった。暇を持て余し、部屋の中で戦闘訓練を始めようかと思い始めた頃……ふと廊下に出ると、対戦表を見つけた。
事前に月峰から話をされたことで、自分がトーナメントに参戦することが出来るのは分かっていた。対戦相手が、知っている人間だといいのだが……そう思いながら見ると、そこには。随分と懐かしく、そして憎むべき者の名前があった。
「うーん……ツッコミ所が多いっつかなんつーか……」
まず、【融滅】と【幻凶】の名前。間違いなく、レギンレイヴを全滅させたあの二人の名前だ。帰ってきてから、黄燐に確認を取っているから間違いない。故に理解不能。
いや、【幻凶】はまだ分かる。アルウェンティアに回収されていく姿を、しっかりこの目で確認しているから。
問題は【融滅】だ。あの時確かに、絶対に再生出来ないであろうレベルまで潰したはずだが……まあ、黄燐に聞けば分かるか。難しいことは極力考えない方針で行こう。
「問題はこっちだぜ……マジで言ってんのか、これは」
第三試合……傍虎絆の名前。にわかには信じがたい。
エスティオンに加入してから、その名前を聞いたことはなかった。どこかで元気にやっているだろう、と思っていたのだが……こんな所で、直接名前を目にすることになるとは。
他組織からも参戦する都合上、出場選手は当日招集なのが悔やまれる。もし事前に集合する必要があったなら、そこで積もる話もしたかったのに……ひたすら残念だ。
「ちょっと黄燐に聞きに行こうかな……うん、行こ」
「軌光boy。少しいいかな。話があるんだけど」
走り出そうとしたその時、背後から声をかけられる。ハキハキとよく通る声、そして人を呼ぶ時の独特な言語。
迷うはずもない、我らがリーダーリィカネル・ビット。
「お、もう用は終わったのか。なんだ話って」
「ここじゃなんだから……少し、訓練場に行かないか」
そう言って、リィカネルは歩き出した。なんだかいつもと雰囲気が違って、元気のない彼の姿は……どこか、昏い雰囲気を纏っていた。このままではいけないと思うような。
訓練場で、飛燕が度を越した訓練をしている。リーダーとして、体を壊さないように言ってくれ……訓練場に向かう途中、世間話のノリでそう言ったのだが、返ってくるのは気の抜けた生返事。リィカネルは完全に生気を失っていた。
それ以降は二人とも言葉を発さず、訓練場に到着した。飛燕は休憩室にいるようで、軽く手を振ると視線だけ寄越してくれた。帰還してから、彼女も彼女で元気がない。
「さて、軌光boy……君に一つ、聞きたいことがある」
「おうなんだ。俺に答えれることならなんでも答えるぜ」
そう返答した瞬間、軌光は無意識の内に剛腕神器を顕現させていた。リィカネルも同様に槌を巨大化させ、虚ろな目を向けている。これは……間違いなく、“本気”だ。
「僕には、何があるのかな」
衝突する。なんの捻りもない殴打。横から急襲した槌の側面は、かつて飛燕がアドバイスした通りに尖っている。まともに受けては穴が開く、軌光は瞬時にそう判断した。
回避。限界まで上半身を折り畳み、地を這うように回避する。避けられたからいいものの、当たれば……死んでいた。
「おいおいリィカネル……冗談じゃすまねえぜ?」
「……すまない。君を信用しての行為だった」
軌光が僅かに戦意を滲ませると、リィカネルは槌をネックレスの形状に戻した。もう攻撃してくる気はないようだが、一応剛腕神器の再顕現がいつでも出来る状態にしておく。
「君には、その戦闘センスがある。飛燕ladyの格闘術と神器を併用した戦闘スタイルは、既に完成している。綺楼ladyは黄燐公認の期待の新星で……狐依ladyは、僕が手も足も出なかった【幻凶】の動きを完全に停止してみせた」
ブツブツと、吐き捨てるように言葉を並べていく。様相のみならず言葉にも生気はなく、視線はどこを見るでもなく泳いでいる。素人目にも理解出来る……危うい精神状態。
何かがおかしい。どれほどキツい任務の後でも、リィカネルは明るく振舞っていた。他の全員が疲れ果て、言葉一つ発さない状況でも……場を明るく保つため、喋り続けた。その彼がこんな……こんなにも、暗くなっているなど。
「僕には何がある? リィカネル部隊なんて大層な名前を付けられて、リーダーに任命されたのに……僕には、他人に誇れることなんて何もない。お飾りのリーダーだ」
「お、おいリィカネル……」
「でも、でもね軌光boy……いや、焔緋軌光!」
不意に声が大きくなる。休憩室で水分補給している飛燕の肩が、ビクリと震えるほどの声量だった。
「僕はこの地位を譲らない。譲れない、絶対に!」
「どうしたんだよいきなり……何言ってんだよ……」
困惑して、こんなことしか言うことが出来ない。宙を泳ぐ手から感情を読み取ったのか、リィカネルは自嘲するように笑った。少し急すぎたかな、と呟いた。
「少し、僕の話をしようか。なんで僕が……」
リィカネル・ビットはリーダーである。
絶対不変。誰よりも前を進み、道を示す存在である。
「リーダーに固執するのか」
但し、着飾った、偽りの。




