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第六話 神殺し

「お、持ってきてくれたね、ありがとう……ああ、すまない不慣れなもので。彼女たちの紹介がまだだったね」


 ひとしきり質問をぶつけて満足した。エスティオンに関する質問はいくつか答えてくれなかったが、聞きたいことはひとしきり聞けたので満足だ。女性隊員はそれなりにいる、と。これはかなり重要なポイントだろう。

 紅い宝石と、軌光にピッタリなサイズの服を持って帰ってきた女性二人組。偉く顔が整っている美人たちだ。


「まず彼女、身長高い方は月峰蘭炯つきみねらんけい。糸の神器を使う、集団戦闘のスペシャリストだ」


「よろしく。お前の体は随分と縛りやすかったぜ」


「そして、身長低い方が海華燈うみかあかり。この前衛的な服装は……まあ、目を瞑ってやってほしい」


「よろしくなのだ〜。私の言うこと聞くのだぞ〜」


 ふりふりと手を振る海華は非常に可愛らしく、また落ち着いた様子で軽く手首の先だけを振る月峰も……大人の余裕というものに満ち溢れているようで魅力的だ。

 それから、二人も交えての質疑応答が始まった。今までは漠然と【いい組織】だったエスティオンに関する情報が、どんどん詰め込まれていく。これはこれで、いい。


 (勉強はあんま好きじゃないはずなんだけどな)


 これが憧れパワーなのだろうか。

 途中、絆についても聞いたが……何も分からないそうだ。確かに当時の映像には絆の姿があったが、その後どこに行ったのか、に関しての情報はどこにもないらしい。


「まあ……神器に適合しているはずだから。必ずどこかで会えるさ。世界……特に今の世界は、とても狭いのだから」


「そうかな……そうだな。絶対また会えるよな」


 時間がどんどん過ぎていく。知識の交換は楽しいものだ、という絆の意見をようやく理解出来た気がする。この場合は交換ではなく、ただ与えられているだけなのだが。

 まだ小さい海華の頭がコクリコクリと傾き始めた頃、質疑応答は切り上げられた。先に寝かせてくるわ、という月峰と一緒に退室していく。去り際まで美しい人だった。


「じゃ、色々と手続きをしようか。着いてきて」


「あーそうだ、一つだけ聞き忘れてたことがあった」


 椅子から立ち上がる黄燐に声をかける。なんだい? と振り向く彼の顔は、見たことがないほどに優しげだった。


「エスティオンは俺たちを助けてくれるけど……その理由はなんだ? というか、エスティオンの目的はなんなんだ?」


 ずっと、それが疑問だったのだ。

 と言っても絆に言われなければ疑問にも思わなかったが、エスティオンが人々を助ける意味はないのだ。大した見返りも期待出来ず、ただ貸し与えることになんの意味がある?


「……君も、当然知っていると思うが。今の世界は、百余年の昔に焼き尽くされた。今も尚旧アメリカの大地に眠る災厄の化身……【魔神獣まじんじゅう】にね」


「知ってるよ。本当の世界はもっと人がいて、色々草とか生えてて、空も青いんだろ? 正直信じらんねえ」


 軌光にとって空とは、時折灰を降らす濁った天蓋。時折隙間から覗く光が、なんだか優しくて好きなだけ。

 青い、なんて……想像すら出来ない光景だ。


「エスティオンの目的は、この魔神獣を殺すこと。人のみで構成されたこの組織による、大逆転の神殺しだ」


 目を見開く。そんなこと、考えたこともなかった。

 だって、世界の広さは知っている。自分のちっぽけさは知っている。授業で使った地図とやらも、自分の大きさは針の先ほどもなかった。海というものも見たことがない。

 その果てにいる大怪物。これほど広い世界の全てを一晩で焼き尽くしたという怪物を、神を……殺すというのか?


「ふふ、怖気付いたかい? でも本気だよ。魔神獣の存在が確定した時から、エスティオンはずっと変わらない」


「は、はは……とんでもねえ、話だな」


「魔神獣を殺せるのは、同じく神の力を持った神器だけ。神器適合者である君を引き入れる必要があるのはそういうことなのさ。人手が多いに越したことはないからね」


 有無を言わさない決定はそういうことか。

 先程の質疑応答によると、現在エスティオンの構成員は一万人程度。しかし、その中で神器を使えるのは五百名ほど。この精鋭たちが、魔神獣を殺す鍵となるのか。


「大役だよ。といって、しばらくは可能な限り健康な子供を育てるための環境作り、人民救助をしてもらうがね」


「あ、なんでだよ。とっととブッ殺そうぜ魔神獣」


「……大した自信だね。しかし、人が足りない。そして海を渡る手段がない。悲しいことに、人類の性として……エスティオンに牙を剥く組織もいる。この枯れ果てた大地の上だけでも、課題は山積みだ。まだ魔神獣は殺せない」


 ちぇー、と舌を出す。まどろっこしいことや後回しが嫌いな軌光にとって、良い印象を抱ける話ではなかった。

 けれど、一つ疑問がある。エスティオンは軌光が生まれるもっと前から存在していた組織だ。それは、厳密にはいつからなのか? 一体どれほどの時間、足踏みしているのか?


「ざっと八十年。挑戦権は一度きりだ、まだまだ準備に時間をかけるつもりではいるよ。それがどうかした?」


「はー……それじゃいつまで経っても殺せないんじゃないかあ? 大事なのは準備より行動! そうだろ?」


「話を聞いてたかな……魔神獣に挑んだ時点でどちらかが滅ぶのは確定してるんだ。無謀な賭けには出られない」


「ん……まあ、そうかもなあ。そう言われるとなあ……」


 うーんうーんと首を捻る。そんな様子の軌光を見つめて、黄燐はため息を吐いた。これから忙しくなりそうだ、と。

 すればいいのに、と誰もが言う。けれどしていないからには、そこには出来ない理由がある。それを解消出来ないことに誰よりも悩んでいるのは……他でもない自分だ。

 だが、時間がないのも確か。戦力補充は、この少年が最後になるかもしれない……もう、旅立つべき時か。

 決して明るくはない未来を見据えて……

 黄燐は、もう一度盛大なため息を吐いた。

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