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第五十九話 【融滅】の仕組み

既に死亡している。それ故に殺されることがなく、またあらゆる“生物”を想定した戦闘訓練を積んでいる者たちにとっての天敵足り得る。加えて、その頭脳と軍隊。

 死を恐れぬ死体の群れは、壊れて肉の一片になろうと動き続ける。その材料は生物の死体であり、世界崩壊時にソレは大量生産されている。【融滅】の優れた頭脳と研究施設がある限り、彼女の軍隊が尽きることは有り得ない。


「その代償に、本体の戦闘能力が低い。それが【融滅】さ」


 黄燐が知る限りの【融滅】に関する情報。それらを全て話し終え、眼前に座る少女をそっと見つめた。

 飛燕狭霧。トーナメント第一試合で【融滅】と戦う少女であり、本来ならばこのような情報を与える行為は禁止なのだが……相手は【融滅】、二つ目の名を持つ者だ。

 このぐらいなければ、逆に不公平というものだろう。


「いやあしかし、驚いたよ。いくらゼロが人間に興味がないとは言っても、まさか二つ名持ちを参加させるなんて」


「黄燐殿。拙者、どうしても気になることがあるでござる」


 う、と声を詰まらせる。以前、正式な隊員ではなかった頃に見せた、あのおちゃらけた雰囲気はない。表情は真剣そのもので、目には既に【融滅】に対する殺意が宿っている。

 それもそうだ。家族同然だったレギンレイヴを、【融滅】に皆殺しにされたのだから。飛燕からしてみれば家族の仇であり、名前を聞くことすら不快だろう。エスティオンに帰還して、正式な隊員になってからは……また同じようなことが起きないように、と休む間もなく訓練を積んでいる。

 何度も止めようとした。いくら神器による強化があっても無茶な訓練量だ。しかし、止めたら殺す……雰囲気でそう物語っていた。彼女の置かれた境遇を考えると、部外者でしかない黄燐は何も口出しできない……見ているしかなかった。


「あの時、拙者と軌光殿は確かに【融滅】の頭を潰した。アルウェンティアの邪魔が入る前に、胴体も切り刻んだ」


「聞いているよ。映像もある……凄惨なものだね」


「では何故! 【融滅】は生きて、参加している!」


 ガタン! と豪快に椅子を蹴って立ち上がる。彼女の怒りはもっともだ……到底、納得出来るものではないだろう。


「説明しよう……簡単に言うと、彼女が【融滅】だからだ」


 既に死亡している。そして、死体の研究者である。

 【融滅】とある程度の交流がある黄燐は知っている。今地平に生きる者が認識している【融滅】の姿は……本来の彼女のものではない。確か、四代目か五代目のはずだ。

 彼女が適合した神器は、屍肉神器ネクロハーデス。死後能力が発動する稀有な特性を有し、それは装備者が死亡した際、記憶や身体能力等を引き継いで蘇生させるというもの。


「蘇生してから彼女は、自分の思考回路や身体動作を改善し、それに伴い見た目も変えていった。つまり……」


 自分の姿に執着がないのだ。

 どんな姿でも問題はない。記憶があり、行動原理があればそれは【融滅】だ。姿かたちは問題にならず、寧ろ敵を騙せるという点においては可変の外見は武器ですらある。


「回りくどい……結局! 奴は何故生きている!」


「流石の【融滅】も、あれほど切り刻まれれば肉体の維持は不可能。二度目の死は避けられない……アレが【融滅】ならば、の話だがね……うん、理解出来たようで何よりだ」


 驚愕に固まった飛燕の表情を見て、頷く。

 そう。【融滅】は単体ではない。


「スペアボディ、というべきか。彼女は、自分の記憶や思考回路をそっくりそのまま複製したスペアを所有している」


「そん、な……そんなズルい話が、あってたまるか!」


「あるんだよ。それが、二つ目の名を持つということだ」


 誰もがそう言う。地平に五人、二つ目の名を持つ者。彼らがどのようなことを為し、どのような力を持つのか。それをこうして口にしただけで、有り得ない……有り得てはならないという。だがそれは、逆に舐めているというものだ。

 二つ目の名は飾りではない。畏怖、敬意、そういった感情や、無数の犠牲の上に成り立つ二文字。それほどに遠く、有り得ざる存在だということを……認識するべきだろう。


「チート。理不尽。そんなのおかしい。ズルい……それが二つ名だ。復讐しようというのなら、それを理解したまえ」


 蜃黄燐という一人の人間として、飛燕の復讐を応援したいとは思っている。それで彼女が、この先の人生で前を向くことが出来るのなら……絶対に、そうすべきだからだ。

 しかし同時に、現実を知るべきだとも思っている。彼女が刃を向けようとしている相手は、感情を持った天災だ。たかが人間の一感情で、喧嘩を売っていい相手ではない。例えそれが、向こうから始めたものなのだとしても。


「まだ聞きたいことはあるかい? 何でも答えるよ」


「いや……いえ、もう、大丈夫。拙者は、訓練に戻る……」


 どれだけ無謀なことをしようとしているのか、理解したようだ。今の一瞬で絶望し、フラフラした足取りで訓練場へと向かった。その背中に黄燐は、静かに頭を下げる。

 一人の人間として。その覚悟に幸があることを願う。

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