第五十八話 最終決定
「いや、いや。すまんね、御足労いただいて」
「いえ……あなたのお願いは断れませんから」
トーナメントに誰を推薦するのか。自分の所属部隊の人間は他の最上第九席に奪われ、頼みの綱の狐依と綺楼はそもそも出場しない。決め兼ねた兎牙は、とりあえず体を動かそうとのことでランニングに出ていた。
しかし、その途中に【幻凶】……鬼蓋に遭遇。丁度いい、話があったんだ、とのことで誰にも見つからない洞窟まで来ていた。そういえば、彼女の名前も名簿に載っていた。
「よく、黄燐さんがトーナメントの出場を許可しましたね」
世間話のノリで切り出す。
鬼蓋は曲がりなりにも+5のトップ。それが、他組織の最上第九席候補になるなど……黄燐が、血涙を流しながら拒否する様子が目に浮かぶが。どうやって通したのか?
「黄燐? 誰だそれは。儂はゼロと話をしたんだ」
「……ちょーっとお待ちくださいね」
アンタレスの端末に接続し、黄燐に通信をかける。
「黄燐さん、あの名簿って誰が作ったんですか」
『ゼロだよ。簡易的な面接はゼロがしてくれただろうから、ついでに任せたんだ。別に問題はないだろう?』
「確認作業って……しましたか……?」
『したところで、ゼロの決定は覆らないさ』
それはそうなのだが。とにかく、二つ目の名を持つ者が名簿に載っている理由は分かった。ゼロからすれば、等しく人間。組織とか実力差とか、そんなものは無関係なのだろう。
……大体分かった。鬼蓋がなんの話をしに来たのか。
「私に、あなたを推薦するよう頼みたい。ですよね?」
「察しが良くて助かるよ。頼めるかい?」
黄燐の真似をして、ため息を吐きたくなる衝動を抑える。
鬼蓋は……確か、リィカネル部隊を殺しかけたと報告を受けている。本心では、絶対に嫌なのだが……
+5への宣戦布告とも取れる行為を、無言で許してくれている鬼蓋への感謝も込めて、推薦するべきなのだろう。よくもまあのこのこ顔を出せるものだとは思うが、組織のトップにはこれぐらいの度胸が必要なのだろう。
「あなたが先日交戦したウチの部隊員に、再び危害を加えないようにしてくださいね。それだけお願いします」
「分かってる分かってる。儂は、ただレギンレイヴに手を出しただけだったんだが……何故か、エスティオンが攻撃してきてなあ。ああ、謝罪はいらんぞ。んん?」
そうなのだ。体裁的には、レギンレイヴを攻撃した鬼蓋と【融滅】に、何故かエスティオンが手を出したということになっているのだ。こっちが圧倒的に不利なのだ……!
レギンレイヴと友好的な関係だった、という理由がちゃんとあるが、それを示す証拠がないというのも事実。
「謝罪の代わりに、推薦してくれれば……それでいい」
出場選手一名決定。【幻凶】鬼蓋宗光。
――――――
「ふーむ……この名前、どこかで聞いたような」
カーテン全開、小窓も解放している。それだというのに、渡とタメを張るレベルで暗い自室の中で、斥腐は首を捻っていた。名簿の端に記載された、ある名前について。
そこに書かれた名前は、【傍虎絆】。焔緋軌光となんらかの関係があったような、しなかったような……
「思い出した! 戦蓄神器ではないか! こいつ!」
そうだそうだ、忘れていた。あの日焔緋軌光と一緒に強制適合させた、戦蓄神器の使い手。今の今までどこに行ったものかと思っていたが、ここで姿を現すとは。
斥腐黒雪が推薦する人間として、これ以上はないのではないだろうか。少佐に命令していたのは斥腐黒雪……その情報をどこにも流していない以上、誰だあいつは何故斥腐が? みたいな空気になるのだろうことは容易に想像出来るが……
一応、強制適合させたことに対する罪悪感がないではない。ここで、罪滅ぼしをしておくべきだろう。
「これは中々……くく、面白くなりそうだの……」
出場選手一名決定。傍虎絆。
――――――
以上八名。トーナメント出場選手全員決定。
流石に黄燐の堪忍袋を恐れたゼロの作成したトーナメント表を参照し、ここに各試合の対戦カードを記しておこう。
第一試合。運命が祝福した、復讐のための交戦権。
【融滅】vs飛燕狭霧。
第二試合。大地の申し子と、未知なる挑戦者。
リィカネル・ビットvsキャッツ。
第三試合。世界の全てを識る者と、世界の全てを視た者。
傍虎絆vs【楽爆】。
第四試合。楽園都市の支配者と、二つ目の超新星。
焔緋軌光vs【幻凶】。
二つ目の名を持つ者が三名出場する、異例の事態。加えて、ゼロによる調整は最悪の運命を祝福した。
因縁が、謀略が、それぞれの思惑が交差する、最上第九席第一席の座をかけたトーナメント。大波乱である。
軌光と飛燕によって撃破されたはずの【融滅】が何故生きているのか? キャッツとは何者なのか? 傍虎絆の実力はどの程度のものなのか? そして……
ただの神器部隊員にも関わらず、最上第九席からの認知度が高く、また単独で【融滅】を抑えてみせた、兎牙響に並ぶ二つ目の超新星……焔緋軌光とは、どのような男なのか?
誰もが期待に胸を膨らませる。
第一試合の開催日は、着々と迫っていた。
 




