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第五十五話 お疲れ様

 元々、部下に慕われている訳でもなかった。大した功績も挙げずに、ただ当時必要とされている能力を持っていて、且つその中で一番強かっただけ。それだけの男だ。

 事実、最上第九席第一席決定トーナメント開催と同時に告知された、ジェイツ・シルヴェスター辞任という情報は、誰の間でも拡散されずに消えていった。座から降りた者に用はないと、言葉はなくともジェイツの心には伝わった。


「ふう……なんだかな、分かっちゃいたが、悲しいな」


 誰もいない自室で独りごちる。埃を被るだけだった鏡を引っ張り出して、その中の自分と会話している。誰も聞いてないなんて、そんなのあまりにも悲しかったから。

 会議の後に聞かれた。本当に辞めるのか、と。相応しくないってのは前から思ってたし、そうだよとだけ答えた。

 それっきり、誰も何も言わなかった。気まずかったのか、単に何か言う必要がなかったからなのか……とにかく、最上第九席の仲間でさえ、言葉をかけてはくれなかった。


「これからどうすっか……フリーの狙撃屋として、世界を旅してみるか。はは、悪かねえなあ、それも……」


 ぐい、とグラスに入った酒を勢いよく煽る。何かの任務の報酬でもらった酒だ。度数がアホみたいに高く、酔いたい時はグラス一杯でベロベロさ! と黄燐は言っていたが……

 無駄に強い肝臓が災いして、酔う気配一つない。


「あーいたいた。よう、元気してっかよ、ジェイツ」


「……シェヴェルビッヒ。何の用だ、今更」


 アルコールの匂い漂うため息を吐くと、ノック一つせずにシュヴェルビッヒが入室して来た。最上第九席の中では、一番仲の良い男だ。それでも、ただの友人程度のものだが。

 勝手に座らせてもらうぜ、とベッドに腰掛ける。ソファに座るジェイツの対面に座る形となり、自然と目が合ってしまう。別にやましいことなどないのに……合わせたくない。


「どうしたよ、何をそんなに落ち込んでんだ?」


「落ち込むだろう、誰でも……」


「固執してる訳じゃなし、相応しくないと思ってたのはどこのどいつだ? 寧ろ、喜ぶべきじゃねえのか」


「っ……! おまえは……!」


 小柄なシュヴェルビッヒの胸ぐらを掴む。普段の彼とは違う冷えた瞳が、こちらを見下ろしている。

 すぐに頭が冷えた。彼の言うことは一つだって間違っていない。最上第九席の地位に固執していた訳ではないし、誰よりも自分が、この地位に相応しくないと思っていた。


「……そんなことを、わざわざ言いに来たのか」


「いんや、俺はただ別れと激励に来た」


 酒のボトルを手に取って、うげ、と呟いて置く。そういえばシュヴェルビッヒはアルコールに弱かった。忘れかけていたどうでもいいことだ……今は、大事なことに思える。

 大役だった。力不足だった。ずっと意識を張り詰めて、任務以外の全てがどうでもいいと思っていた。今回の恐慌星との戦闘だって、何か爪痕を残してやると思って臨んだ。

 結果が、これだ。最上第九席解任。今まで、なんで頑張って来たのか……分からなくなってしまう、こんなの。


「兎牙が言ってたぜ。おまえの援護、すげえ助かった。それ以外にも、たまにするお喋りが楽しかった」


「そんなの……はは、俺ちゃん、適当に相槌打ってただけだっつの……話したこと、なんも覚えてねえし……」


「後、これはゼロからだ。もっと鍛えろ……期待している」


 目を剥く。ゼロが……期待、している?

 あの怪物が、期待してくれているのか。こんな自分に。


「んで俺からも……楽しかったぜ。おまえは、最上第九席のムードメーカーっつの? いたら場が和んだ」


 それは空気を読まなかっただけだ。いつもなら、笑い混じりにそう言えたのに……今は、言葉がつっかえる。

 呆れるほどに、単純な男なのだ。自分は。たったこれだけの言葉で、報われたような気がする。こんなことで満足するような男は……結局、誰かの上に立つべきではない。

 ……そうか、気付いていたのか。他の最上第九席がどうかは分からないが、少なくともシュヴェルビッヒは。だから、たったこれだけのことを言うために……ここまで。


「ジェイツ。おまえがこれからどうするつもりかは知らねえし聞く気もねえが……俺たちからは、一つだけだ」


 何もない、空白な男。何も残していない、何かでかいこともしていない。誰の記憶にも残らない、薄い男。

 けれど。いずれ世界を救うのだろう人たちの記憶の中に、残ることが出来た。例え本心ではないとしても、彼らの役に立つことが出来た。彼らに賞賛してもらえた。

 それだけでいい。自分には、それだけで十分だ。


「頑張れ」


 番外に落ちた者を、気にかける者などいない。

 けれど彼は、彼らは友人として……送り出してくれた。ならばもう、いじけている暇なんてない。

 だって、最上第九席を辞めることになって、こんなにも落ち込んでいるのは……きっと、彼らと一緒にいる時間が楽しかったから。もっといたいと……思っているから。

 強くなる。もう一度、彼らの横に立てるように。


「任せろ」


 グータッチ。

 もう一度目を合わせて、彼らは笑いあった。

 月光の差す夜だった。

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