第五十三話 無限の蓄積
「あ、死んだ。ねえ死にましたよヒィスさん!」
「……絆さん。その、要領を得ない発言はやめていただきたいのですが。この注意もう何回目ですか」
「死ぬの早かったな〜……もう少し粘って欲しかったなあ」
「私の意見聞く気がないなら黙っててくださいよ!」
あっはっは、と笑う青年を、褐色肌の女が睨みつける。売れない漫才か何かのようなやり取りをしているが、この二人は別に仲間という訳でも、明確な味方という訳でもない。
青年の名前は傍虎絆。かつて焔緋軌光と行動を共にしていた青年で、五柱の一つである【戦蓄神器】の使い手。
そして、女の名は【ヒィス・ラグ・バグズ】。殲滅組織アスモデウスの実質的トップであり、癖が強く言うことを何一つ聞かない幹部たちのまとめ役でもある苦労人。
彼らが話しているのはアスモデウスの執務室であり、その部屋はヒィスの自室も兼ねている。本来は仕事以外で誰かを入れることはなく、こうして不真面目な話をするなど言語道断なのだが……絆に対してのみは、話が別だった。
今後の方針的に邪険には出来ない。しかし、ヒィス個人としては心の底から出ていって欲しい。そう思いながら爪を噛んで、再び執務を開始した。絆は鼻歌を歌っている。
はあ、とため息すら漏れた頃……扉がノックされる。トントントン、とちゃんとした力加減且つ正しい回数ノックする者など、アスモデウスには一人しかいない。
「絆すわぁ〜ん? ちょーっと組織運営についてのお話をするのでぇ〜……退室していただけると嬉しいのですが〜!」
「露骨ですよねあなた……まあいいですけど」
丁度外で調べ物したかったんですよ〜と言いながら、絆は退室した。部屋にとっ散らかった食糧の食べかすやら何やらは、今は許してやろう。とにかく関わりたくない。
「失礼します……またいたんですか、あの人」
「仕方ないでしょう、ソレが見返りなんですから……」
入室してきた者の名は【紫雲灯】。アスモデウス幹部一……否、唯一の常識人であり、同時にヒィスにとっての癒しでもあった。儚げな雰囲気を纏う、美しい女だ。白が似合う、なんてことも考えたりする。
他組織の最近の動向を元にした、アスモデウスの今後の方針について簡単に話し合う。必要以上に干渉せず、逆に干渉されたら徹底的に潰す……現在は力を蓄えるべき期間であるアスモデウスの方針は、今までと何も変わらない。
「これぐらいですかね……言いたいんですか、愚痴」
「それはもうたんまりと。ええたんまりと」
話し合いが終わってすぐに退室しようとした紫雲だが、ヒィスの視線に耐えきれず話を聞くことにした。彼女曰く、優秀だが気の合わない相手が最もウザいのだという。
「何故あの人が戦蓄神器を……忌まわしい!」
「あの人だからこそ、でしょう。あれほど能力と相性のいい性格もありませんよ。寧ろ惹かれ合うレベルです」
戦蓄神器の能力は多岐に渡るが、一言で表すのなら“形を持った情報”だ。旧文明でいう【スマホ】に近い。
装備者及び戦蓄神器そのものが見聞きした情報を保存しておき、任意でそれを閲覧することが出来る。情報として記録した他神器の能力は、劣化版ではあるが使用可能で、戦闘における選択肢の多さは神具使いにも並び得る。
レギンレイヴに渡っていれば、あんな呆気ない終わり方はしていなかった……寧ろ、エスティオンすら越える組織になり得たかもしれない。それほどに強力な神器なのだ。
「絆さまは確かに性格が終わってますが、知識欲は私でも見習いたいレベルです。相性最高じゃないですか」
「ぐぬう……それは、そうなんですがねえ……」
「というか、欲しい情報はもう粗方得たでしょう。そろそろ切り離してもいいんじゃないですか?」
アスモデウスが絆と手を組んでいる理由は、“情報”だ。
本人曰く、エスティオンの手で強制的に戦蓄神器に適合させられてから、組織という概念そのものを信用しないようにしている。“手を組む”だけならギリギリ可能……とのこと。
そんな彼は現在、ある目的のために拠点を必要としているのだという。だが一から作るのは面倒なので、情報を提供する代わりにアスモデウスに住まわせて欲しい。
そう要求して来たのが一ヶ月ほど前。時間的に、神器適合直後だろうに……その胆力と状況把握能力、そして何より戦蓄神器に元々あった情報が欲しかったので、ヒィスはその要求を快諾し……今の厄介居候が完成した、という訳だ。
「絆さんは口が上手い……私が本当に欲しい情報は、まだ一割も得ていません。元が取れない……元が……」
「私たちに影響はないので、別に構いませんが……ヒィスさまの精神衛生上、早めの切除をおすすめしますよ」
それでは、と紫雲は退室した。普段はもっと話を聞いてくれるのだが、絆に関する愚痴を言いすぎたせいで最近はドライになっている。自業自得だが、悲しい。
仕方なく書類と向き合う。いつになったら、本当に必要な情報を絆から絞り出せるのか……ため息ばかりが漏れる。
「エスティオンとの大戦争に向けた情報収集。終わる気配の一つも見えないとは……はあ、虚しいですねえ……」
ペンの走る音が、部屋に満ちていく。




