第五十話 戦乱の最中
「……起キロ、妖姫星。恐慌星ガ戦闘ヲ開始シタ」
「ん、んうう……もうそんな時間?」
なり損ないは全てで六柱。しかし、その全てが団結し、共に行動している訳ではない……隷属星と妖姫星の名を冠する彼らは、主にこの二人のみで活動していた。
隷属星は、小さな蜘蛛のような外見をしている。無機質な声はその体躯に見合わず大きく、高慢な印象を与える、尊大な雰囲気を放っていた。青い六つの瞳が輝く。
妖姫星はその逆で、エスティオン基地すら遥かに上回る大きさの怪物だった。上半身は、両腕が鎌の形状をした、甲冑を纏った騎士……しかし、下半身は体色が黒くなった蟷螂のようだった。地響きを轟かせながら、起き上がる。
「恐ラクダガ、ゼロニハ勝テンダロウナ」
「どうして? ゼロって、イヴの……あの人形でしょう?」
「神ノ器ガ神ヲ越エルコトモアル……ソレダケダ」
彼らは今までどこで何をして、どうやって人間に見つからずにいたのか? そう問われると……少しズレた返答をしなくてはならないだろう。彼らは何度も発見されている。
ただ、その発見した人間全てを殺しているだけだ。全組織共通の立ち入り禁止区域……それは、彼らの拠点だった。
「フン、人間共メ。大元ノ神カラ分離シタ力の破片ヲ使ッテイルダケデ、ヨクモマアコンナニモイキガレルモノダ」
「相変わらずの人類嫌いだね……もう少し平和に行こうよ」
彼らは神である。ただし、なり損ないの。
神の世界。一部の人間がそう呼称するこの世界は、なり損ないたる彼らを知らずにそう呼ばれている。神の力の一端を与えられた器である、神器。ソレを以て、神の世界としているのだ。人類は、真の神の力を知らない。
隷属星並びに妖姫星。彼らの目的は人類の駆逐。そして、こんな紛い物ではない……真なる神の世界を作ること。
「待ッテイロ人間共。オマエタチガ疲弊シ、数ヲ減ラシ、弱リキッタ時……我ラノ牙ガ、オマエタチヲ喰イ殺ス!」
神が人類に勝てると決まりきっている訳ではない。
ゼロがいる。それ以外にも、人類の守護者は数多存在している……彼らがいる限り、下手な手出しは出来ない。
まだ牙を研ぐ。隙を伺う。それが隷属星の選択だった。
「まだ治ってなかったんだ……厨二病」
「ヤカマシイ」
――――――
また、二柱の神が目覚めた。恐慌星と殺し合いながら、ゼロにはそれを感知するほどの余裕があった。まだ目覚めて間もないこと、戦闘に不慣れなこともあり……単純な身体能力以外に、恐慌星の動きはてんで素人だった。
(神の形を模倣した神器……やはり、引き金はアレか)
剛腕神器が最後だった。神の欠片はなり損ないの神たちにだけ与えられている訳ではない……神の形を模倣した、五つの神器。ソレらにも、神の欠片は与えられているのだ。
ゼロと十字架にかけられた少女が、なり損ないの目覚めをずっと待っていたように……彼らもまた、待っていたのだ。自分たち以外の神の欠片が、完全に目覚めるのを。
(整理しよう。移動手段はこれからなんとかするとして、エスティオンの目的はこれより神の欠片の回収となる)
つまり、なり損ないたちを殺すこと。魔神獣攻略に向けてのエスティオンの目標は、コレになるだろう。
黄燐たち上層部がゼロの発言を信じるのかどうか……答えは分かりきっている。YESだ。中央第零席たるゼロの発言を無視し、疑う者など……エスティオンにはいない。
(そして、なり損ないたちの目的は……)
人類を攻略すること。人類側の神の欠片が全て目覚めたことで、彼らの今後の動きはある程度絞れるようになった。
恐慌星の偵察で、なり損ないたちは人類の実力を把握するはずだ。いつ行動に移すかは分からないが……いつか必ず、神の形を模倣した五つの神器を破壊しに来るだろう。
(来る決戦の時まで、焔緋軌光たちを守ること。それが私個人の今後の目標か……子守りは、嫌いなんだがな)
苦笑する。想像すると、随分間抜けな構図だ。
だがまあ、それを抜きにしても……一度こうして人間たちの前に姿を現した以上、焔緋軌光とは接触するつもりだった。何せ彼は、ただの人間ではないのだから。
地平で唯一……ではないが。真の意味で純粋な神の子。ゼロからすれば甥にあたる……軌光は、特別な存在だ。
(君の子供は、私が守るよ……)
「余計な考え事をするとは余裕だね」
「それほどおまえが弱いということだ、恐慌星」
頭部を狙って繰り出された突きを難なく躱し、逆にその腕を掴んで引きずり倒した。身体能力と膂力任せの雑な攻撃、これでは反撃してくださいと言っているようなもの。
首の上に脚を置き、固定。なり損ないは脊椎を砕かれた程度では死なないが、軽い脅しにはなる。
「もう諦めて死ね。私に神の欠片を――――――」
後退。本能が、回避を選択するべきだと叫んでいた。
「僕は、神になってようやく……自由になったんだ」
光輪が、攻撃的な光を放っている。違和感を覚えたゼロが自身の指先を見ると……ほんの僅かに、焦げていた。
超高速で繰り出された何かに掠ったのか。恐らく絡繰はあの光輪にある……ただ光るだけの玩具ではなかったのか。
「まだ、楽しみきれてない……!」
……ようやく、警戒が必要なレベルになった。
「真の神の力を見せてやる!」
 




