第五話 これから
「ん……なん、だ……俺は、何が……」
「あ、目覚めた? 良かった良かった、もう二日だよ」
知らない天井だ、という言葉はギリギリ飲み込んだ。何せ目隠しをされているせいで視界は闇一色である。
どうやら、全身を拘束されているようだ。まともに動かせるのは口だけで、指一本たりともまともに動かせない。どんな拘束をすれば、こんなにも厳重に縛り上げられるのか。
柔和な声だ。恐らく男性。物腰穏やかといった感じで、カチャカチャ音がしている……実験でもされるのか?
「えーとね、記憶はあるかな? 大体暴走した人は記憶を失くしてるんだけど、万が一もあるから確認させてもらうよ」
「記憶……うーん、少佐に神器もらって、付けられて、そっからの記憶はないな。いきなり縛られてらあ」
「うんうん、正常だね。じゃあ、何から説明しようかな」
決まってないなら、こちらから聞きたいことがいくつかあるんだが……そう言おうと思ったが、遠ざかっていく男の足音を聞いて口を噤んだ。発言権はないらしい。
遠くから声が聞こえる。女二人分の声。
「これから、だろ。あいつにとっちゃ急な話だ」
「のだ〜。状況とかはおいおい、神器とかそこらへんのことが分かってないとたぶん意味わかんないのだ〜」
「それもそうだね……彼のこれからについて話そうか」
話が一段落したようで、男の足音が近付いてきた。
どうせなら女の人と話したい……という言葉はギリギリで飲み込んだ。そんな贅沢を言える状況ではないのだろう。
「さて、聞こえていたと思うけどね。申し訳ないけれど、君が今まで通りの生活を送ることは不可能に近い」
「いいよ別に、執着があるような生き方じゃなかった」
「……そう。では、話がスムーズに進みそうだ。ああそうだ自己紹介がまだだった。僕の名前は蜃黄燐という。旧アジア圏、中国という国の血を引いている」
「いや知らんけど……」
いかにも学者らしい、頭の良さげな名前をしている。軌光はそう思いながら、いや名前は関係ないなと一人でツッコミを入れた。孤独だと、こうも気が狂ってしまうものなのか。
人がいても、気軽に話せる人がいない。こういう時に、よく絆に言われていた、君はコミニュケーション能力に優れてはいるが根は人見知りだ、という言葉が突き刺さる。
「と言っても、流れる時間の中で変わった名前だよ。あまり深い意味はないから、気軽に黄燐とでも蜃とでも呼んで欲しい。君の名前は……焔緋軌光か。うん、いい名前だね」
「学籍見たな? 一方的に知られてるのは気に食わないな」
「はは、すまない。大丈夫、これから知っていけるから」
グッドコミュニケーション。心の中で親指を立てた。
そして、薄々勘づいてはいるが……自分は神器と適合してしまったのだろう。それ自体は喜ぶべきことだが、肝心のここはどこお前は誰だ状態は未だに解消していない。
先程のカチャカチャ音からして、解剖でもされるのだろうか。こんなところでこんな終わり方はしたくないのだが。
「うん、じゃあ。君は今日からここ……エスティオンに所属してもらうことになる。それで問題はないかな?」
「大歓迎だありがとう。俺の夢が随分容易く叶ったよ」
神に感謝を。エスティオン所属の少佐に関与した時点で淡い希望は抱いていたが、実現すると喜びは格別だ。
ウチへの所属が夢だったのか、嬉しいなあと呟く黄燐の声が急に温かみを帯びた気がする。身内と判断するだけで、こうも聞こえ方が変わるものなのか……
「では色々と用意するものがあるから……海華くん、月峰くんはアンタレスと……隊服を持ってきてくれるかな」
「へいへい。一応あいつらにも声かけとくよ」
「ありがとう、気が利くね。君は僕と質疑応答タイムだよ」
少し低めの方の女の声が聞こえると同時に、全身を縛り付けていた拘束が解けた。目隠しも何もかも急に外されたので脳が混乱する。上下が分からなくなる感覚は初めてだ。
一瞬、ドアの向こう側に消えていく二人の女性の姿が見えた気がした。随分と身長差のある二人だった。いや、そんなことよりも自動開閉式のドアが実在していたとは。
「何から何まで見慣れない、といった様子だね。どうぞ、なんでも質問してくれ。可能な限り答えるよ」
「俺の好物なんだけどよ、砂の石焼きって知ってるか」
「どうしようまとも枠に対する接し方やめようかな」