第四十九話 神の欠片
ジェイツと兎牙を助けて、サファイアと桃月の二人を助けて……ようやく恐慌星と対峙する。エスティオンによる仮称は赤鬼、だったか? まったくナンセンスな名前だ。
強さがなければネーミングセンスもない。何故彼女がエスティオンに執着するのか……甚だ理解出来ない。
「まさか、他組織がここ以上に終わっているのか……?」
「独り言、好きなんだね……何を言っているのかな」
兎牙との戦闘時は一切口を開かなかった恐慌星が、流暢に会話し始めた。旧友に語りかけるような穏やかな口調で、声にはあまりにもアンバランスな温かみがあった。
若い。声を聞いただけで、そう判断出来る。
「それに、イヴもどき。彼女はそんな口調じゃないだろう? 真似するなら、ちゃんと本人をリスペクトしないと……」
「すまんな、私はゼロだ。あくまで彼女の外見を借りているだけであって、本人の真似をするつもりはない」
ならいいんだけど、と恐慌星は笑った。それは、人間基準では“笑った”と判断していいかどうかも怪しいものだったが、ゼロからしてみれば、穏やかな笑みだった。
……懐かしい気がする。それはこちらも同じこと。確かに会っているのだろうが、あの頃は自我がなかった。
情報としての彼しか知らない。
「恐慌星。おまえは、何故ここで動いた」
「偵察だよ……僕にはスラヴァ……隷属星や、絶対星のような復讐心や使命感がないから……使い捨て、かな」
ここが、人類攻略の最難関だと聞いたから。そう告げて、恐慌星は黙りこくる。使い捨てという言葉は真実のようで、そして本人がそれを悪く思ってもいなさそうだ。
……知っている、知っているとも。そういう男だった。
「悪いことは言わん……神の欠片を、寄越せ」
「断る。流石に……譲れないものがある」
魔神獣誕生直前まで、時は遡る。
この世界に、【神】と呼ばれるエネルギー結晶体が降り注いだ。世界各地に散らばったソレは、【アメリカ】に集められ……そして、ある男に研究の全てが一任された。
彼は孤児院も経営している慈善家であり、国家そのものへの貢献度も高く……誰もが、神をこの世界のために有効活用してくれるのだろうと信じきっていた。
間違いだった。神を前にして彼は狂い、分割した神の欠片を子供たちに埋め込んだ……結果として、魔神獣と、そこに至ることが出来なかった、【なり損ない】の神が生まれた。ゼロの知識が正しければ……恐慌星は、三番目のなり損ないのはずだ。【恐怖】の異能を司る、人ならざる者。
「神の欠片は、僕たち神の能力の根源。そして、人間たちでいう心臓だ。いくらなんでも、これは渡せない」
「……全ての神の欠片を集めることで、ようやく魔神獣の命に手が届く。イヴは、確かにそう言っていたんだ」
あの十字架にかけられた少女は。
エスティオンにすら秘している情報である。余計な混乱を防ぐために言っていなかった……神が動き始めたら、言うつもりだった。恐慌星を殺してから教えるとしよう。
「渡せ。おまえになんの目的意識もないのなら、人類攻略は諦めて魔神獣殺しに協力しろ。問題はないはずだ」
「……僕は、神になったんだ。もう、人じゃない」
他の神について、どんな性格だったのか、という最低限の情報は与えられている。先刻恐慌星が例に挙げた、隷属星や絶対星といった神は……確かに、人類の敵なのだろう。
だが、恐慌星は違うはずだ。彼には、人類を恨む理由が存在していない。こうしてエスティオンに喧嘩を売った以上、ゼロに殺される運命からは逃れられないのだから……せめて人類に貢献しろ。そういった意味の提案だった。
恐慌星の頭上で、光輪が光った。
「僕は、人より弱い命が嫌いだった」
「残念だよ……恐慌星」
世界から音が消えた。
亜音速にすら突入するレベルの速度で繰り出される拳。それらが衝突することにより、両者を中心として大気が吹き飛んだのだ。真空となった空間に雪崩込む暴風が、竜巻を引き起こした……お互い、軽いジャブを繰り出していた。
「例えば蚊とか蝉とかゴキブリとかァ!」
地面を殴った。削られた大地の欠片が浮き上がり、恐慌星がまたそれを殴る。無数の礫となってゼロの肉体を穿つ……かに思われたが、その全てが撃ち落とされた。
逆に、ゼロは何もない場所を蹴った。その軌道上に真空の線が描かれ、恐慌星の胸元がパックリと開く。
「っぐう……そんな、弱い命が嫌いだったんだよ!」
ダラダラと血を垂れ流しながら、恐慌星がゼロの頭を鷲掴みにした。その手を握り、ゼロは無言で恐慌星を睨む。
エスティオンが未だに魔神獣攻略に踏み切ることが出来ない理由……戦力となる神器使いの輸送方法がないこと。どの程度の戦力があれば攻略出来るのか分からないこと。
眠っているだけの魔神獣に対して、まだこの二つの課題が残っている。しかし、神が動き出してくれたお陰で……後者は解決出来るのだ。神の欠片だけで全て逆転する。
なり損ないは、全てで六柱。その一つを、これより刈り取る。三番目の星……恐慌星を、ここで、殺す。
「私からすれば、おまえこそが弱い命だ、恐慌星!」
「命の模造品如きが、命の強さを語るなァ!」




