第四十六話 継げないものは
「遥、後退。ちょっと時間かける想定で行きますわよ」
「……了解。指示は任せた」
防御用に展開していた機械鎧を纏い直し、警戒心を更に強めながらサファイアと桃月は会話する。ディヅィは二人から数m離れた位置に立ち、襲ってくる気配はない。
出方を伺っている、と考えるのが妥当。今のところは一進一退の攻防、二人いるこちら側に対処するのが……ディヅィにとっては最も安全な策なのだろう。だからこそ厄介。
カウンターを合わせられるのが一番面倒なのだ。全力の攻撃も加減した攻撃も悪手になってしまう。
(……これが偶然だとしたら、運がなさすぎますわね)
現実逃避だということは自覚している。
一度整理すると、サファイアたちの勝利条件はディヅィを戦闘不能にしてエスティオンに向かうこと。並びに、現在エスティオンを襲撃している怪物を撃退すること。
ゼロか【楽爆】あたりが出てくれると嬉しいのだが……アンタレスが破壊されたせいで、あちらの状況が掴めない。
(最上第九席二名が対処していて、その上で招集されるほどの脅威。ディヅィは恐らく……それと、同レベル)
一応、海華と月峰も特殊な防護を施してから参戦する予定なのだという。問題は、それまで耐えられるかどうか、なのだろう。斥腐と三馬鹿は何をしている、暇だろうどうせ。
最上第九席第五第六第七、そして第九席。別任務に行っているのか? いつもいつも、肝心な時にいない……
(っと、これ以上の現実逃避は危険、ですわね)
現実逃避は弱者のすること。
サファイア・ヴァイオレットは強者である。
「遥。トンツートントントトトントンツー」
「了解」
それは、前進よりも“発進”という方が正しい。
桃月の拳が、ディヅィの正中線を捉えた。手を添えて逸らされるが、それに合わせて上段蹴りを一発。背を逸らして避けられると同時に、ジャブを五発程度叩き込んだ。
別に重要器官を狙った訳ではない、腰も入っていない軽い打撃。当然ながらディヅィは躱そうともせず、それを受け止めた。恐らくは、そこから反撃するつもりなのだろう。
甘い。
四肢が弾け飛んだ。先刻まで見せていたブースト機能は、視認可能な炎を肘先や手首から放っていたが……本来、視認不可能な超風圧を放つことによりブーストとするのだ。
サファイアの移動は既に完了している。上だ。再生までの一瞬で、ディヅィを中心とした半径10m以内を殴る。
当たらなくてもいい。選択肢を潰すのが目的だ。
「ツー」
再生した両腕でサファイアの拳を受け止めた。しかし、その腕がまた砕け散る……その刹那を決して見逃さない。
サファイアからの指示を復唱した桃月がその砕け散った腕の断面を握りしめた。ディヅィのまったく動かない表情筋が、ほんの少しだけ、驚愕に歪んだような気がした。
「く、くく、私たち、そこまで馬鹿ではございませんわ」
ブースト。桃月の、首を狙った上段蹴りが目にも留まらぬ速度で繰り出される。桃月は両手を使えないが、ディヅィには両腕が“ない”。そして、唯一反撃に使える可能性の残されている脚に関しても……既にサファイアが刈っている。
「再生出来ないようにすればいいだけですわ〜!」
接触。最早斬撃と言っても差し支えない速度、角度から襲い来る、ブースト込みの桃月の蹴り……ディヅィの細い首では受け止められるはずもなく、骨の砕ける感触、皮膚と肉が千切れる感触が機械鎧越しでも伝わってきた。
確実に殺している。首が落ちる。
そう、思っていた。
「は〜〜〜〜〜〜???」
間抜けな声が漏れている。しかし、止められない。
ミヂヂ、という肉の断たれる音が、サファイアにすら聞こえていた。だが、ディヅィは……予想を遥かに越えていた。
蹴りの衝撃に合わせて、全身を捻って回転させたのだ。蹴りの衝撃が強すぎたが故に、外部よりも先に内部が破壊された……そう、見かけだけでも、首はまだ繋がっているのだ。
皮膚の内側を再生出来るのか……着地した時点で首を鳴らしているところを見るに、再生は可能なのだろう。
(そんな……そんなことがあってたまるもんですか!)
命中の瞬間、確かに両脚がなかったのだ。桃月の蹴りの衝撃だけで全身を捻ったのか? まさか、そんな化け物地味たこと……身体能力お化けの桃月ですら不可能だぞ。
既に四肢は再生した。首も治っているのだろう。トントンとステップを刻んでいる……攻勢に出るつもりか?
……いいだろう! こっちだってカウンターが出来ない訳じゃない、寧ろ二人がかりのカウンターで圧倒してやろう!下手に攻めに出たことを、後悔させてやる……!
(さあ来なさい! 私たちはどんな攻撃でも)
ひたり、と冷たい感触があった。首。
桃月のフォームと酷似した、ディヅィの上段蹴り。接触を理解出来たのは、脳が本能的に危険を察知しているから……
「……ッヅァ!」
模倣。ダメージはかなり残るが、ディヅィの化け物地味た動きを模倣する。なんとか回転して衝撃を逃がした。
後方から桃月の正拳。ディヅィは、その腕に両脚を絡めて回転し、跳躍。再び踵落としを選択した。機械鎧の展開は間に合わない、桃月は両手でそれを受け止めた。
(……まさか、まさかこいつ!)
そして、その腕を掴む。踵落としの衝撃で浮かび上がった地面の破片を下方に蹴り込むことで、桃月の脚部による防御は出来なくされていた。先程と逆の構図。
(私たちの動きを、完全に再現している!)
あの【楽爆】の技術を継いだのだ。
ディヅィ・エフェクトに、継げないものはない。




