第四十五話 継ぐ者
臨時最大基地外戦力、二つ目の名を持つ者の一人。
一つ目の名は誰も知らぬ。ただ、神の子であるとされる。
「俺ァ、何かを残したり、継がせるタイプじゃねえんだが」
名を、【楽爆】。壮年の、筋肉質な男である。
少し、彼の話をしよう。
彼はエスティオンが観測した、最初の二つ目の名を持つ者であり、瞬間的な爆発力ではゼロをも越えるとされる。獰猛な笑みを浮かべながら敵を狩る、狩人とも称される。
その体躯からレギンレイヴトップ、セレムとの関係性を問われることが多いが、彼らにはなんの共通点もない。
神器は爆裂神器ネグレイル。物体との接触と同時に、装備者の意思一つで広範囲に爆発をもたらす鎖状の神器。彼ほど神器が馴染むと、爆発規模の操作も自由自在であり……やりようによっては、エスティオン基地を一撃で消し飛ばすほどの爆発を起こすことも可能であると、本人は語る。
「俺ァ特殊だからよ、この歳になるまで、自分がどこで何してたか……ゼロにブチのめされる前の記憶が、ねえんだ」
彼がそう語るように、過去の【楽爆】は自我のない怪物の如く暴れ回っていた。エスティオン含む多くの組織に大打撃をもたらし、この時、アスモデウスの前身である【バルゼベブブ】という組織も壊滅状態に追い込まれた。
それを鎮圧したのがゼロであり、どこの組織も手も足も出なかった【楽爆】を、単独で制圧したのだった。以降は強制的に、臨時最大基地外戦力の位置に付けられている。
「罪滅ぼしってのかな。俺のこの……悪魔みてえな力は、俺の代で終わらせるべきだ。本気でそう思ってたんだぜ?」
「今は違う……そう言いたいんですか、【楽爆】さん」
ギイ、と音を立てて……【楽爆】に関する資料から目を離した黄燐がそう言った。「今は昔ってやつだ」と笑う【楽爆】に、意味違いますよそれ、と冷静に返す。
ゼロによると、名称は恐慌星。ソレが訪れる少し前のことだ。本当は軌光救出作戦のサポートをしたかったのだが、【楽爆】がいつになく真面目な雰囲気だったので、部下にアンタレス経由の観測だけ頼んで対応していた。
恐らくだが、【融滅】による介入でアンタレスからの情報が得られなくなっているそうだが……解析しない限りどうしようもない。今は渡たちを信じることにした。
「俺が見つけたってえより、あっちから来た。俺ァ普通に散歩してただけなんだが、いきなり襲いかかってきてな?」
とりあえず叩きのめして、面倒だから殺そうとも思ったのだが……その少女は、【楽爆】ですら見たことのない特異な能力を持っていたのだ。神器を用いない超速再生。
加えて全身のバネが鍛え上げられており、筋肉密度や操作能力が半端じゃない。思わず、魅入られていたのだ。
「で、俺んとこで育てることにした。逸材だぜありゃ」
「そういえば前、跡継ぎとか娘とかなんとか言ってましたね……まあ、【楽爆】さんが何をしようと、エスティオンが介入することは基本的にありませんよ。基本的にね」
「おう、そこの基本じゃないとこの話を……しに来たんだ」
ですよねえ、と盛大なため息を吐く黄燐。
彼も分かっている、自分が何をしようと、エスティオンはあれこれ口出ししてくる組織ではない。それにも関わらずこうして話に来ているということは……何か、口出ししなくてはならないようなことを、しようとしているということ。
大体これ以上なく面倒なことを言ってくる。前はエスティオンの周りに畑作りたいから耕していいか、とか……
「そいつな、俺の言うこと一個も聞かねえんだ」
「はい」
「いっつも襲ってくるのを返り討ちにしてよ、なんつーのかな……経験して、俺の技術を覚えさせてるんだ」
「……何故? あなたは何故それを選択したのですか?」
「いやあ、俺は強えからよ。これから強くなるやつの育成をしてみたかった……それだけだ。深い理由はねえ」
またため息を吐いて、そうですかと呟いた。
罪滅ぼしも兼ねて、この力を残すつもりはない……黄燐の記憶が正しければ、【楽爆】は確かにそう言ったのだ。何かを残したり継がせるタイプではない、とも言っていた。
してみたい。そんな、興味本位の欲求で書き換えられるほど弱い信念だったのか。この人は、本当に……
「でだな。もう俺が教えられるもんはねえってほど叩き込んだら……丁度昨日か一昨日だったかな? 逃げやがった」
「……で? 嫌な予感が止まらないとだけ言っておきます」
「あいつなあ、戦意っつーの? これから戦います! みたいな雰囲気出してるやつにとりあえず襲いかかる習性があるんだよ。多分、ずっと一人で生きてきたからだな」
まあ、よくある話だ。この世界では、何も持たない者の方が多い。周囲の人間全てが敵であり、少しでも敵意や殺意といったものを滲み出している者は先に排除するのが基本。
その少女も、そうなのだろう。珍しいことではない。
「あー名前言ってなかった。くっくく、俺が最大限洒落た名前付けてやったんだ……ディヅィ・エフェクトって名前だ」
「はあ……まあ、うん。センスを感じる名前ですね」
「うん。でな……そのー、な。エスティオン所属の奴に襲いかかったら、すまんな。それだけ言いに来たんだ今日は」
制御不能の、【楽爆】の技術を受け継いだ少女。加えて、彼ほどの強者が魅入られるほどの素質を持っている。
……対処出来るのは、最上第九席級だけではないか?
「分かりました……ん、アンタレスから……はい、ああサファイアさん。え何、黒髪の女に殺されかけてる?」
「やっべ帰るわ俺すまんな!」
そう言って、【楽爆】は逃げるように帰って行った。
次会ったら精神的に殺す。そう誓い、黄燐は作戦司令室に急いだ。




