第四十四話 選択肢
前例はある。+5所属、アルウェンティア。
彼女は、神器の能力が父親から遺伝し、その上で自身も神器を装備することで、二つの能力を同時に扱うことが出来るのだという。凄まじい特異性、二度とない現象だ。
それと同じだと考えるのならば……ディヅィが、非神器使いでありながら、この化け物みたいな再生能力を保有していることにも納得がいく。だが、そうなると今度は身体能力に疑問が生まれる。ただ鍛えただけでこうはならない。
サファイアと桃月は、最大基地外戦力として、だけではなく、それとは関係なしに数えきれないほどの敵と戦ってきた。その中で一番速い奴が……神器もなしにその速度を?
有り得ない。断言出来る。
「ふふ……この感情は、いつぶりでしょうか」
否定の連続。ディヅィが非神器使いであることは、この目で確認している。視覚異常が見受けられない以上、それは紛れもない事実……認めるしかない、彼女は非神器使い。
恐ろしい。恐怖という感情を忘れて久しかったが、今思い出した。このような存在がいるのだと。
そして、もう一つ湧き出る感情は。それは、圧倒的な……
「高揚感!」
横薙ぎに構えた腕は、一瞬停止を選択したが……ディヅィの再生を確認してから、最高速度で振り切られた。胴の中心を狙った薙ぎ、命中すれば上下半身の分断は必至。
流石にソレは看過出来ないのか、ディヅィはその場で跳躍した。膝から先が切り落とされるが、すぐに再生する。半身の再生は出来ずとも、四肢の再生は可能……厄介。
だからこそ、面白い。
桃月とアイコンタクト。コンビネーションの真髄を。
「ん。ほ。は。と。よ」
「おーほっほっほっほっほ! いつまで逃げられると思っていますの!? 攻撃しないと勝てませんわよ〜!?」
桃月は、ブースト機能を常時使用して攻撃している。狙うのは四肢の付け根、ディヅィの攻撃行動の要。
この短い戦闘で、サファイアたちはディヅィの弱点を既に見抜いていた。それは、その異常な再生能力に頼りすぎてしまう点だ。彼女は肉体の欠損を前提に戦闘している。
再生速度が落ちる様子はない。疲労する様子もない。恐らくだが、この再生には代償もデメリットもない。
構わない。このまま戦闘を続行する。
(遥が四肢を奪い、私は急所を狙い続ける。欠損から再生までのスパンはあまりに短く、ないに等しいですが……動きが鈍る一瞬は必ずある。そこで、首を落とす!)
足の付け根、腕の付け根を刈り続ける。ディヅィは、その時々で残された部分を使い、サファイアの攻撃を回避し続けているが……段々と、“許容”が始まった。
脇腹を抉られてもいい。頭部を掠めてもいい。それは選択かもしれないが、同時に“油断”でもある!
(……ここ! もらった!)
桃月が両足を刈った。体勢を崩して倒れるほどの時間もなく再生するが、ほんの僅かに動きが鈍った。そして、サファイアの低い身長の丁度前方に頭部が降りてくる!
なんの工夫もない横薙ぎ。それだけで、首を落とすには
「遥ァ!」
「ん。任せて」
まったくの予想外。ディヅィは、脚部を再生しなかった。再生のオンオフを切り替えられるのか。
自由落下により、サファイアの横薙ぎは空振る。しかし桃月の蹴り上げがディヅィの顎に命中し、再びジャストの位置に首が差し出される。返す横薙ぎで絶対に刈り取る!
可能性は。先程のように躱される可能性は。
(……ある! 脚部を再生すれば、この位置から再び跳躍することが出来る! それをカバーするには……!)
戦闘とは一瞬の選択の連続である。それ故に、事前に敵と味方の選択肢を頭に入れた上で、手札の整理をすることが最善とされる。基本的に戦闘を行わないレギンレイヴが生き残ることが出来ていたのは、この手札の多さにあったのだ。
そして、戦闘の最中に敵のみが選択肢を開示した場合。こちらが一方的に、増加した選択肢への対処を迫られる!
(こうする他ない!)
桃月の機械鎧が変形し、肩の部分から三本の砲塔が出現した。ディヅィの左右と上部に一発ずつ発射する体勢に入り、桃月自身もディヅィの心臓あたりに拳の狙いを定めた。
サファイアが頭部を落とす軌道で薙ぐ。桃月がそれ以外の全てをカバーする。絶対に殺すかダメージが入る。
結果は。
「流石に有り得ませんわよそれは!?」
脚部再生。同時に仰け反り、横薙ぎのサファイアの腕を掴み、踏み台にして跳躍。飛来した砲弾は横から手を添えて流し、天高く掲げた右足の踵を振り下ろす構えに。
馬鹿な。辛うじて体が追いついたとして、触れて無事で済む速度ではない。何故当たり前のように踏み台に出来る。
……そうか! 衝撃により手が吹き飛んだところで、即時再生によりなかったことに出来る!
再生速度のレベルが違いすぎて、思考が追いつかない!
「ちぃ……桃月! 広範囲防御!」
与えられたその一瞬は、慈悲にも近い猶予。
ディヅィの頭よりも高く掲げられた彼女の踵。当然ながら踵落としが来るのだろう。だが、サファイアは察していた。ただの踵落としではないのだろう、と。
接触。桃月の機械鎧が踵と触れ……その瞬間、粉々に砕け散った。旧文明のミサイルさえ防ぐ硬度の鎧が、だ。
(インパクトの瞬間……)
脚部の筋肉が異常に膨張した。
最早笑みが零れる。どこまで増えるのか? 超人的な身体能力、超速再生、ソレのオンオフ、加えて筋肉の操作。
後出しジャンケンとかいう次元ではない。
(久方ぶりの超強敵! ですわね!)
まだ終わらない。




