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第四十二話 恐慌の星

「何度、見ても……ふ、ふふ、美しい……」


 エスティオン地下、広大極まる地下空間。照明の一切が存在しない、その闇の世界には……二つの、あまりにも似つかわしくない生命体がいた。不気味な笑い声が木霊する。

 一つは、純白の十字架に磔にされた少女。旧文明基準で言うならば、女子高生だろうか。傷一つない肌はきめ細かく、おぞましいほどに白いその色は死者を思わせる。

 そしてもう一つは……肉が腐り、鱗の隙間から何かが滴り落ちる巨大な生物……人は、其を【竜】と呼んだ。


「美しい、美しいよ……全身を包み込み彩る神器の数々……両目に首飾り、骨格と血管に加えて脚と尻尾、その背に生えた銀色の義腕、再生を続ける肉……そして、君の命ある限り神器を生み出し続ける……ふふ、子宮の神器」


 もう輝きを失った竜の爪が、カリカリと音を立てて少女の下腹部を撫でた。漏れ出す笑みは愉悦と歓喜に満ちていて、恋焦がれる存在の無防備な体を弄ぶ人間のようだった。

 しかし、不意に竜は呟いた。悲しい、悲しいと……


「歌と、呪いの神器もそこにある……なのに私は、君の声すら知らないんだ……ああ、こんなにも悲しい……」


 竜の体は既に腐っていた。鱗だけがその強さを示し、中身はドロドロと零れるのみだ。ゴボリ、と気色の悪い音を立てながら……ビシャビシャと床に肉だったモノが落ちる。

 そして、骨も砕けた。とうにその巨体を支えるものとしての役割を失っているソレらは、肉に混じって鱗の隙間から落ちていく。竜は、それを気にとめてすらいなかった。


「一度でいい、声が聞きたい……その目隠しを取って、微笑みかけて欲しい……それすら、贅沢なんだろうか……」


 少女の両目は、何かから覆い隠すようにして、黒い布がかけられていた。竜がそれを剥がすのは簡単なことだが、この少女がそう選択したのならば、勝手なことは出来ない。もどかしいもどかしいと、ずっと思いながら生きてきた。

 そして、声も。竜は誰よりも少女のことが好きなのに、竜は彼女のことを何も知らない……なんという悲劇か。


「……これが、君との最後の会話になるかもしれないな」


 名残惜しそうにそう告げた。竜の声は、老人のようで幼子のようで、女のようで男のようで……とにかく判別が出来ないが、そこに込められた感情はとても人間らしかった。

 竜としての威容を示していた鱗が剥がれ落ち、肉と骨も液体のようになって流れ落ち、そして最後には……眼前の少女と瓜二つの人型が残った。竜が、人間たちの中で過ごすために用意してある肉体であった。碧と紅の瞳が薄く開く。


「剛腕と戦蓄の起動に合わせて、遂になり損ないの神々が動き出した……最初は、記憶を失った恐慌の神」


 アルウェンティアの命令により、ただ帰ることしか出来ないリィカネル部隊+グレイディと渡は知らないことだが……エスティオンは現在、未確認の脅威に攻撃されていた。

 敵は単独。紅蓮の外殻を身に纏った人型であり、接近した偵察隊員が発狂しながら死亡したことを確認している……特に何かする素振りもなかったことから、エスティオンは対象が何らかの精神干渉系の能力を持っていると断定。

 現在は、基地に残った最上第九席……兎牙と、後方支援として、第一席の【ジェイツ・シルヴェスター】が対処している。ジェイツの神器は狙撃銃であり、対象の精神干渉の射程距離圏外……そして、兎牙の纏う鎧には、肉体以外にも精神を防護する機能がある。この二人が適任だった。

 また、海華燈及び月峰蘭炯の二名も、精神防護が完了次第出撃する。だが、それでもまだ……足りない。


「人為戦争前に神を減らしておけるのは、嬉しいことだ。この私が出向いて、神の一柱や二柱、さくっと殺してくるよ」


 エスティオンによる仮称はまだ決定していない……だが、竜は対象をこう呼んでいる……【恐慌星】、と。

 その存在を識っている。かつて、竜がまだこの肉体を得ていないほどの昔……恐慌星は、この少女と共にあったのだ。能力も性格も、何もかも知っている……だからこそ、出向く必要がある。この手で終止符を打ってやるために。


「全て目覚めている。君を含めて、無限から絶対まで。記憶のある彼らは、まだ手を出してくることはないだろうが」


 一部の者だけが知る、この世界の過去。

 魔神獣が世界を滅ぼした。しかし、その怪物に並ぶ存在が六柱……《なり損ない》の神がいることを知る者は。

 あまりにも、少ない。


「原初の神の従僕として、務めを果たしてくるよ」


 エスティオンにおける竜の名は。

 人型で姿を現し、隔絶した力で危機を退け、そしてまた誰にも知られぬ地下へと戻っていく。美しい白髪をたなびかせて、地平最強の存在たらんとする竜の名を、ゼロという。

 最上第九席の更に上。人間だけでは対処不可能な事案に対してのみ力を貸す……中央第零席の地位を与えられている。


「ゼロ。君の影に隠れた、もう一つの私の名だ」


 こうして、突如出現した神に対して、ある者が参戦の決意を固めた。エスティオン所属、中央第零席ゼロ。

 そして、ゼロだけではない。既に多くの者に知られた実力者も、未だ名の知れぬ英雄も……神の動乱に触発され、遂に動き始めようとしていた。前座、余興が始まる。

 激動の一日が始まろうとしていた。

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