第四十話 鬼の蓋
(何も見えん、言えん、聞こえん……なんだ、これは)
何やらボソボソ言っているのは聞こえるが、肝心の内容が何も聞き取れない。あの五芒星の力か……発動したのはあの根暗そうな女か? よくもまあこんなものを隠していた。
しかも、味方も知らんようだったな。敵を騙すにはまず味方からということか? まったくもって忌々しい。
(まずは出方を見る他にないか……)
迎撃の準備はしている。それ自体はメインの能力ではないが、鬼蓋の手のひらから放たれる紫電は一切の予備動作を必要としない。この状態からでも放つことは容易。
攻撃に合わせて放つ。五芒星には回復効果もあったのだろうが、二度もこの紫電を喰らえば確実に心臓が止まる。要するにエスティオン陣営は……一撃で鬼蓋の息の根を止めない限り、死が待ち受けるのみの背水の陣である!
(………………来るか。馬鹿め、動く気配が丸わかり……)
鬼蓋が+5を設立する前に、何度も死線をくぐった。神器を使いこなせてなかったあの頃は、寧ろ死にかけるのが日常とも言えた。目、耳、鼻に頼る段階はもう終わっている。
小型の槌を振るったのだろう。空を切る気配と共に、何かが飛来する……記憶が正しければ神具か釘か……
どちらにせよ、紫電での迎撃は可能。撃ち落として
「残念ですけど」
綺楼たちのいる位置に紫電を飛ばしていた。それも、一面を制圧するような形で。どんな奇っ怪な軌道を描こうが、必ずこちらに向かって来る以上はそれで撃ち落とせる。
だが、違う。前提から違うのだ。何も鬼蓋に当てる必要はない。“五芒星が彼女の動きを封じたのだ”。
「下。もう忘れたんですか?」
二度目だ。前回よりもかなり大きな範囲で作った五芒星から伸びた手が、鬼蓋の全身を更に強く包んだ。今度は感覚だけではない……意識を、完全に奪うつもりでいる。
あとはグレイディの断罪闇刀で終わりだ。組織のトップである以上、緊急時の防御手段や逃亡手段はあるのだろうが、そんなものを使う暇なんて与えるつもりはない。完全に意識を奪うことが出来たと判断次第、グレイディに合図する。
(……微細な動きが……いえ、もういい。もう失って)
「神器殺しって知ってるかい」
冥王神器サートゥラス。普段は紫電を放つ使い方をしているせいで、勘違いしている者も多いその神器は……触れた神器の能力をコピーする能力を持つ。誰も知らぬ。
二度目の五芒星から出現した手は、鬼蓋の両手にも触れていた。瞬時に悟る……釘の能力を、コピーされた。
「……新異綺楼。おれは今猛烈に嫌な予感がしている」
「あっかんわーこれあかん。これ終わったわあっかんわー先に言ってくれんとなあそういうのはなあ終わったわー」
なんとも感情の篭ってない“終わった”だが、それは単純に篭める感情が見つからないだけだった。完全に想定外、というより予想しようのない能力だった。どうしようもない。
諦める以外にどうすればいいというのか?
ただでさえ、組織運営している二つ目の名を持つ者など扱いにくいことこの上ない。エスティオンにとって脅威となる可能性の高い者の能力は、基本的に把握しておかなくてはならないが……鬼蓋たち+5だけは分からなかった。
何せ、+5はこの世界唯一の“都市”。下手に踏み入って全面戦争にでも発展した場合、エスティオンの敗北は必至とも言えるだろう。なにせ、地平最高の“組織”がエスティオンであるとしても、地平最高の“都市”は+5なのだ。
それなら鬼蓋に攻撃している現状は問題にならないのか、と問われれば当然大問題だが……つい先刻、レギンレイヴとの協力を取り付けたばかりだ。アンタレスに音声もある。
レギンレイヴは、これからも組織として構成員と形だけを残し、エスティオンが困った時は協力する、という契約を交わした。ならば、契約を締結した組織を完全に滅ぼされた報復があったとしても問題はない。
正式な契約に基づいた攻撃行為……加えて、先に手を出してきたのは鬼蓋たちだ。話し合いの場に持ち込むことさえ出来れば、エスティオンが勝てる可能性は高い。
よって、そのことを今考える必要はなし!
というか、どれもこれもここを生き残ったらの話だ。さっきリィカネルにかっこつけて“帰ったら”なんて言った以上、こんな所で死ぬというのは何としても避けたいのだが。
「新異綺楼。一応聞くが、釘の能力はなんだ」
「打ち込んだ形によって効果は変わりますが、基本的に異界の者が対象にデバフをかける不可避の絶対攻撃です」
「なんだ、釘が必要なら奴には使えないじゃないか」
「……陣を刻めれば問題ないんです……雷だとしても……」
「終わった」
まさか、こんな。こちらがどんでん返しされるとは。
触れた神器の能力をコピーするだと……? そんな能力があってたまるかってんだ。もしあったら無敵だぞ。戦う敵が可哀想じゃないか。今のリィカネル部隊みたいにね!
「鬼の蓋をこじ開けたんだ。楽に死ねると思うなよ」
手を振りかざす。あの速度の雷が陣を刻み、不可避の攻撃をしてくるのだとすれば……どうしようもない。綺楼たちは何もかもを諦めて、その攻撃を受け入れた……
少なくとも、鬼蓋にはその光景が見えていた。
「……狐依さん。どんな夢を見ていると思います?」
「ちょっと間違えないで。夢じゃないわよ。これは……」
本の形をしている。
それが例え、異界の者に全身を包まれ、身動き一つ取れない者だとしても……その攻撃は、攻撃と認識することすら難しい。確かにコピーはされた……だが、そこで止まった。
「一つの現実の形よ」
胡蝶狐依。本の中に描かれた世界を現実にする能力。




