第四話 塵の上
(いやいやいや……アホか? 射出から接近まで一秒もなかったぞ……暴走状態とはいえ、トーシロの速度じゃない)
身体能力のみでの制圧をするつもりだったが……やめだ。ハンドサインで、第三席にも作戦変更を伝える。
第四席は、ズボンの両ポケットに手を突っ込んだ。一見軌光を舐め腐っているような態度であり、事実軌光もそれを油断と捉えて接近する……だが、即座に過ちだと悟った。
「見せてやるよ。本当の神器の使い方ってやつをよ」
四肢が切断されていた。グチャビシャと塵に落ちる。
軌光は、先程と同じように腕を生やして後退。足の治りが遅いところを見るに、やはり“腕”に特化した性能か。
「いいか? ただ暴れるだけが神器の使い方じゃない」
第四席が、ゆっくりと腕を抜いた。
光を反射して煌めく、無数の糸がそこにはあった。両手の指は十本だというのに、そこから伸びている糸の数は百ではきかない。視界の中に収めることすら不可能な量だ。
本能で悟る。作戦も何もなく、ただ突っ込んだだけでは勝てない存在なのだと。この女は、この無数の糸を自由自在に操る力を持ち……同時に、その糸は触れただけで肉を切り裂くような硬度を持つ。変幻自在の切断のプロ、ということか。
「ほら、かかってこいよ。好きなだけ相手してやる」
トントン、と足を鳴らす。ボクシングで言うフットワークを刻みながら、第四席は余裕の態度で軌光を挑発した。
剛腕神器に支配された軌光は、両腕から噴出させる黒炎の量を増やしながら跳躍した。正面から攻めてはならない。恐らくは、全方位がこの女の縄張りなのだろう。
ではどうするか……女には、同行者がいた。
「……ま、そうか。今のお前は戦闘も殺しも目的じゃない、脅威の排除こそが目的だ。当然そう選択するだろう」
ある研究員から教えられたことを思い出す。
神器を暴走させた者には二タイプある。目的も何もなく、目につく全てを壊し尽くす破壊タイプと、襲ってくる脅威のみを排斥する拒絶タイプ。こいつは典型的な後者だ。
これらは神器そのものの性質に大きく依存するが、本人の人格の影響も大きいのだという……優しい男なのだろう。
「姫。予定通りに、意識の刈り取りは頼んだぜ」
「任せるのだ。物理で私が負けることはないのだ」
空中で拳を振りかぶり、軌光は第三席の小さな体目掛けて振り下ろした。轟音が鳴り響く……しかし。
第三席は無傷。
「さあ、どうする……うむ! “下に飛べ”!」
第三席が、勢いよく叫んだその時だった。
軌光の拳を真正面から受け止めていた。その点を中心としながら、軌光の体が弾けるようにして地面に埋もれていく。
「どうだ〜? かっこよく物理法則を書き換えてやったぞ」
両腕を突き立て、抗う軌光……だが、第三席が触れることで圧力は更に大きくなっていく。やがて骨の砕け散る音を立てながら、神器に汚染された軌光の両腕は弾けた。
「うーむ、それでも意識を手放さないのは見事なのだ」
「よくやった姫ェ! あとはあたしに任せなァ!」
その瞳には、まだ抗う意思が宿っていた。
しかし、天から降ってきた槍のような第四席の踵が、軌光の首筋に叩きつけられる。嫌な感触が伝わった。
数瞬、藻掻いた後に……軌光は完全に沈黙した。
「……うむ! 完全に意識を失っているのだ!」
「うし! 最近で一番骨のあるやつだったな!」
第四席の糸で軌光の体を拘束する。剛腕神器との相性がとんでもなく良いようで、弾けたはずの両腕はもう元通りになっていた。元々再生に特化した神器なのかもしれない。
身長の高い第四席と、幼稚園児のような身長の第三席。まったく似通っていない凸凹コンビだが……その実、相性は最高だった。第四席が屈んで視線を合わせ、グータッチを……
「っ……!」
後方に、蜘蛛の巣のようにして糸を展開した。第三席も同じ方向に向けて手を突き出す。最高レベルの警戒だ。
同じ方向を見据え、動かずに相手を待つ。二分、三分……五分ほど過ぎ去った後に、ゆっくりと警戒を解いた。
「姫、感じたか? 姿は見たか?」
「見えなかったのだ。でも、これだけは感じたのだ……」
地の底から這い出たような、殺意を。
数kmは離れていたように思う。肌を突き刺すような感覚が、あれほど深かったということは……その殺意の対象は、今制圧されている軌光ではなく、自分たちか。
誰かに恨まれるようなことをした覚えはないのだが……無数の戦場を生き残ってきた二人でも感じたことのない、死神の鎌が首に据えられているのではないかというほどに濃密な殺意だった。対応が遅れたら殺られていたかもしれない。
「……嫌な予感がするぜ。こいつの発見から、今までの全てが変わっていく……なんか、そういう運命みたいなもんを感じる。実際、ここまで暴走したやつは初めてだしな」
「のだ。襲われたらたまんないのだ、早く帰るのだ」
そうしよう、と言って第四席は気絶した軌光を担いだ。凄まじい速度で駆け出し、エスティオンへと向かう。
こうして、少佐による強引な剛腕神器の適合により、暴走状態に陥った軌光は……本人も気付かぬ内に制圧され、エスティオンに拘束された。絆の姿はどこにも見えない。
これから彼らの辿る運命は……まだ、誰にも分からない。