第三十八話 滅びて
二つ目の名を持つ者たちの中で最も極端な存在である。
全戦力を単体にぶつけるか、全戦力を広範囲にぶつけるかの二種類以外に存在しない。そして、【融滅】の主戦力であるEvil angelが渡によって足止めされている現状……
彼女の実力は、半減どころの話ではない。
(だが、それでも……残りの全てをかければ届く)
硬質な音と火花を散らしながら、【融滅】の高笑いが轟いた。地下から数えきれない量のゾンビが出現し、同時にその全てが軌光に襲いかかる。腐敗臭が鼻を壊した。
無我夢中で剛腕神器を振るう。そのあまりの量故に、いくら肥大化させた剛腕神器を出現させたところで、途中で動きを止められる。こいつらは、無秩序のようでいて統制の取れた動きでこちらを殺そうとしてくる……群体として活動する単体なのだ。これが、常に待機していたのなら。
まだ、【融滅】は全力の欠片すら見せていなかった。
(俺は、最初から全力だったってえのに……!)
潰せど潰せど、ゾンビは補充される。こんな時、自分の発想力のなさが頭にくる……“腕”で何が出来るのか?
きっと意味がある。この神器が、“拳”ではなく“腕”であることには……必ず。セレムの神器は拳だった……この世に、ほとんど同じようなものが二つあることには、必ず。
意味があるはずだ!
(レギンレイヴ流戦闘術の基本は……)
足運び。重心。合わせ。関節の連動。力の流れ。
セレムに言われるまで、意識したこともなかった。ただ力任せに、出来ることをしていた。
『それでいい。出来ることをするのが大前提だ』
けれど、まだ上を目指すのならば。それでも届かない場所に行こうとするならば。一つ一つを、優しく包むように。
力だけではどうしようもないことがあるのだと。
「【発――――――」
分かっている。死んだ人は帰ってこない。どれだけ唐突でどれだけ呆気なくて、どれだけ冒涜的でも……命ある全てに対して、唯一絶対の平等こそが“死”なのだから。
でも、平等だから許せるのかと問われると、そんなことは絶対に有り得ない。理屈と感情は違う。
彼は強くて、とんでもなく強くて、でもいつも誰かと比べて弱いと言っていた。自分は弱いから、守れるものも少ないんだって笑った。その時は、まさかと言って笑った。
今なら分かる。あれほど多くの人に慕われて、あれほど強く飛燕を愛して。そんな人が、自分を弱いと言って……力を使わずに、あれだけ多くのものを守っていた凄さ。
セレムは凄い人だった。もっと、生きて欲しかった。
飛燕に幸せになって欲しいという願いを、彼女が聞き遂げたのは……きっと。あなたに、もっと笑って欲しかったからなんだから。あなたがいない幸せに、意味はないのだから。
「【――――――勁】!」
だから、この一撃は、【融滅】を殺すためではない。
セレムが最も得意としていた技だった。強固な防御の内側にダメージを通すための技……そして、彼の防御手段であった、“衝撃を流す技術”。組み合わせることだって出来る。
群がる死肉の群れの向こう側に、【融滅】が立っているのが見えた。焔緋軌光が、レギンレイヴの技術を受け継いだ者として果たすべき責務は……これで、終わった。
(肉体の全てを、己に力を貸してくれる全てを、使い切ること! 何一つとして、出し惜しみはしないこと!)
巨大な砲弾が死肉の群れを蹴散らしたように、【融滅】の視界は空洞を捉えていた。ゾンビたちをもう一度地下から湧き出させるまでの数秒……思考も、動作も停止する。
軌光はそこで倒れた。体力の限界もあるのだろう……しかし、本当の目的はそうではない。真に【融滅】の命を終わらせるべき“彼女”に、道を譲り渡すこと。
「ッ! しまっ」
「貴様はァァァァアアアアアア!!!」
飛燕狭霧は、自身の神器に対してそこまで相性が良い訳ではない。身体能力強化の割合もそう高くなく、それ故にレギンレイヴ流戦闘術を最大限活用していた。
一連の動作を目で追うのがやっとだった。恐ろしいことに飛燕は、軌光が戦闘している間……ただ見ていただけではない。
(この弾丸……酸性の毒が混じっている! そして!)
水筒の水に血液を混ぜ、極限まで増やした質量を、限界まで、否、限界以上に圧縮した。放たれる速度は音速すら突破し、正確に【融滅】の頭部を照準していた。
それだけではない。
(この超速度の弾丸に、“自身が着いて行っている”!)
通常の毒は、既に死体である【融滅】には通用しない。それ故に、この弾丸には彼女を“融かし滅ぼす”ための酸性の毒が含まれていた。受けてはならない……躱すしか。
なれば、動きは絞れる。所詮【融滅】は、上下左右前後のどこかにしか動けない……その全てを狙えばいい。
「ここで! 完全に滅びて死に絶えろおおお!!!」
「クッッッ……………………ソがあああ!!!」
選択は前進。こちらはいくら肉体が欠損したところで補充出来る……予想外の衝突で、バラバラに砕け散るがいい!
だが、飛燕の行動は【融滅】の想定を軽く上回った。背骨に沿って、くないの刃で背中を切り裂き、そこから溢れ出る血液を操って……【融滅】の肉体を完全にホールドした!
頭部が砕け散る。同時、騎士は到着する。が……
赤き旗を掲げた騎士が、悪魔に微笑むことはなかった。
滅びて。




