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第三十七話 融けて

時は僅かに遡り、軌光の攻撃が激化したあの時。

 激昂した【融滅】は防戦一方ではあったものの、合間合間に反撃を狙うようになってきた。常に浮かべていた笑みは消え、彼女の全てが殺意に支配されたような気がした。


 (こいつ……こいつ! 段々速くなってきやがる!)


 死体に活動限界は存在しない。

 【融滅】が人間と同じように行動するにあたって、彼女は自身にいくつかの制限を設けている。活動限界は存在していなくとも、耐久限界は存在しているが故に。

 その全てを解除していた。脳機能も身体能力も、その全てが全力全霊。それでも軌光と互角程度の実力だが……ある一点において、【融滅】は圧倒的に軌光に勝っていた。

 体力。【融滅】に活動限界は存在しない。


「邪魔だ邪魔だ邪魔ダ邪魔だ邪魔だ邪魔だ!!!」


 今だけは、名前も知らないあの黒フードの刀使いを恨む。余計なことを言ったせいで、【融滅】の攻撃が激化した。

 【融滅】の主武装は、肘の先から伸びている銀色の刃。なんの変哲もないように見えるが、光臨朧盾と断罪闇刀のシステムを流用した、分子配列の変わらないことによる“壊れない刃”。光臨朧盾に並ぶ、地平最硬度の物体である。

 名を、【絶ち捌き】という。

 それでも、【融滅】の筋力では剛腕神器を傷つけることすら出来ない。しかし、軌光にある種の縛りを課すことは出来る……剛腕神器以外で攻撃を受けてはならないと。


「ワタシは今すグ、あの男を殺さナくては!」


 よっぽど許せないらしい……“死を弄ぶ”という言葉が。

 だが、だが! 許せないのはこちらも同じだ!


「セレムを! カイムを! 暖かいあの人たちを!」


 軌光が【融滅】との間に、肥大化させた剛腕を落とした。巻き上げられた土煙が両者の姿を隠す……その直後、煙幕が跡形もなく消えるほど強く拳と刃がぶつかった。


「返せ! 貴様の奪った人たちを! 命を!」


「生きてイる人間に価値などあルものか! ルルクの、クリスの死を“繋げる”タめに! 全ての命は死に絶エよ!」


 火花が散る。神器であるから破壊されない剛腕神器と、人為的に作られた最硬度である【絶ち捌き】。制限解除による筋力の並行が、空間の軋むような拮抗を生み出していた。

 どちらが先に折れるのか。否、限界を迎えるのか。少なくとも【融滅】の筋繊維は、音を立てて断裂し始めていた。


 (脳が冷えてきたな……死を弄ぶというのはアチシにとって禁句だが、まあ別に今殺す必要もないか……)


 後退。突然殴る相手を失った軌光はバランスを崩して倒れかけた。視線だけは【融滅】から外さずにいるが、体勢は大きく崩れた。今攻撃されたら、対処出来ない……!

 それは、【融滅】も分かっているはずだった。しかし彼女は何もしない。鋭い視線でこちらの腕だけを見ている。


「……それ。もシかしてだケど剛腕神器だったリする?」


「だったらなんだよ、今は関係ねえだろうが……!」


「……そレもそうだネ」


 ここは逃げだな、と【融滅】は判断した。とんでもない勢いでこちらに接近している何者かがいる……多分、ずっとここ近辺で張っていたアルウェンティアだろう。だとしたら、万が一鬼蓋に何かあった場合も彼女の安全は保証される。

 エスティオンが完全に勢い付いている。流石に軌光如きに負けるつもりはないが、多少の損害は覚悟しておく必要があるだろう。そしてそんなものは断じて負いたくない。


「気になっタだけさ。もし本当に剛腕神器ナんだとしたラ、そうだね……ゼロと、斥腐が黙っテいる訳がなイ」


「最上第九席と……誰だよそれ。俺は知らねえぞそんな奴」


 違和感。有り得るか? そんなこと。

 エスティオン中央第零席、ゼロ。超常の力を持つ者として君臨する絶対的王者。周囲への影響を考えて、本当に手を出さないとエスティオンが、人類が滅ぶ……というような状況でしか動かない存在。普段はエスティオンの地下で眠る。

 剛腕神器が適合した。それはつまり、“始祖の子”が本格的に活動し始めたということと同義。何よりもそれを心待ちにしていたはずのゼロが……何故、何もしていない。

 分からない。だが、一つだけ分かることがある。


「こレからゼロと斥腐が、全てを取り戻シに来る」


「さっきから訳分かんねえことを……」


「だから。ヤっぱり、ここデ君を殺さなくテは」


 目標変更。焔緋軌光。

 鬼蓋はグレイディたちの相手で手一杯か……思ったよりも新人の成長が早い。こっちを助ける余裕はなさそうだ。

 まあ、どちらにせよもうじきアルウェンティアが到着するだろう。それまでに軌光を殺すのが……【融滅】の目標。


「アチシが一瞬逃げを選択シたのも、彼女たチが何かしていル上で“これ”だかラという前提の上ニ成り立つ選択肢」


 背後で爆発音。渡の斬撃がEvil angelの神器による攻撃を停止させた……もう、時間はあまりにも残されていない。

 その光に、【絶ち捌き】が煌めく。明確な、肌を刺すような殺意を滲ませながら、【融滅】は……やはり、嗤った。


「君は、こコで死ななクてはならなイ。アチシかどう、じゃナい……この壊れた世界ハ、再生されてはナらない」


「あ……? この世界が、旧文明みたいになるってことだろうが、それは。何がいけねえってんだこの野郎」


「……壊れてイる。だが、こレ以上なく安定シている」


 それが、今のこの世界。


「神の時代。人の時代に裏返ッてはなラない……決して」


 融けて。

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