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第三十二話 好きなの?

「ご、ごめんね、悪いのはカイム兄さんだったね」


「いや……これは俺にも責任がある……」


 飛燕の独特な喋り方や振る舞いは、旧文明の“忍者”を模倣したもの。オンオフの切り替えは彼女自身の中ではっきりと線引きされていて、あの服を着ている時は忍者モード、それ以外は普通の女の子モードなのだと。

 ピンク色の可愛らしい寝間着を纏い、ごめんねごめんねと繰り返す飛燕を見つめ始めて、もう三十分は経つ。裸を見られたショックと混乱した脳が、“ごめんね”を言わせ続けているのだ。そろそろ罪悪感が限界突破しそうになる。


「飛燕、もう、もういい。もうやめてくれ」


「あ、う、ごめんね……謝りすぎちゃって、ごめんね……」


「うん、じゃあ俺はもう行くから」


 カイムを一発シバいておく必要がある。既に持っていく許可は得ている資料を掴んで立ち上がる……が、飛燕が服の裾を引っ張った。視線を向けると、涙目で俯いている。

 ……まだ殴り足りないということか。謝っていると、途中で腹が立つ……分かる、その気持ちは十分理解出来る……

 気の済むまでこの頬を差し出そう。“漢”の決意を決め、飛燕が殴りやすい位置に顔面を差し出した。が、彼女はそんな軌光の頬を押して、元のように座らせただけだった。


「えーとこれは……飛燕さん? どういうことで?」


「その……えっと、ね……言っておきたいことが、ね……」


 死ぬのか。そうか、殺されるのか。そりゃそうだ、うら若き乙女の裸を見ておいて、生還するのがおかしい。

 ありがとうエスティオン、ありがとうレギンレイヴの優しい人たち。俺、魔神獣ブッ殺して、世界を救うつもりだったんだけど……どうやら、ここまでみたいです。

 そういやあ……魔神獣を殺したところで世界が元に戻る訳でもない。これから先の未来を見据えるなら、何故魔神獣を殺す必要があるのだろうか……復活した時困るから? ははは、黄燐が言いそうなことだなあ……

 いかん。現実逃避が楽しすぎる。


「ありがと、ね」


「なんだおまえ露出狂だったなら最初から言ってくれよ」


「本当に殺すよ?」


「切り替えの速さどうなってんの?」


「私……怒ってくれる人が、すごく、新鮮で」


 どうやら真面目な話らしい。こちらも思考を切り替える。

 それはまあ、見ていれば分かる。レギンレイヴにいれば、飛燕がどれだけ愛されているのか、どれだけ甘やかされながら育ってきたのか分かる。姫というのは比喩ではない。

 この部屋の匂いがいい例だ。きっと、レギンレイヴ全員が協力して作ったのだろう……凄く、いい部屋だ。


「正直、軌光のことが怖かったんだ。なんで怒るのか、頭では分かってても、心が全然分かってくれなくて」


 でも。


「怒ってくれなかったら、もっと大事なものを私の手で壊しちゃうところだった。だから、ありがとう、軌光」


「お、おう……へへ、なんか照れるな」


 今にして思えば、おかしな激情だった。飛燕がおかしいということだけは分かっていて、まだレギンレイヴの人たちがどんな性格をしているのかとかも分かってなかったのに。

 ただ、彼らは家族だった。それだけのことで、なんとかしなくてはならないと思ったのだ。放っていてはいけないと。


「俺には家族とか、いねえけどさ……誰かが好きでいてくれるっていうのは、ほんと、凄いことなんだぜ?」


 だから、手放してはいけない。自分が愛している誰かが離れていくことが悲しいように、愛してくれている人もまた、自分が離れていくと悲しむのだから。

 リィカネルたちと出会ってから、そう強く思った。絆と会えなくなってから、その実感が強く湧いた。


「おまえはこれからエスティオンに来るけど……帰ってくる場所はずっとここにある。大事にするんだぜ」


「うん。うん……わかってるよ、ありがとう……」


 なんだか説教臭くなってしまった。真面目な雰囲気は嫌いじゃないが、ふざけた雰囲気ほど得意でもない……視線を泳がせながら頬を掻いて、口笛を吹いて立ち上がった。

 まだカイムに対する怒りは消えていない。本人も想定していなかったのかもしれないが、一発シバかなくては。


「ねえ軌光、自分を好きでいてくれる人を大事にしろってことを……言いたいんだよね、君は」


「ん、ああそうだぞ。俺も俺を好きでいてくれる人を……」


「私さ、あんまり得意じゃないんだ、その……色んな人に優しくするっていうか、そういうの……一途だからさ……」


 一途とはそういう意味ではなかったはずだが。

 人には色んな性格がある……大勢の人に同じような対応をするのが苦手という人も当然いるだろう。ずっと気を遣い続けるのは疲れる……それは軌光だってそうだ。


「うん、まあ……それがどうかしたか?」


「これだけ、聞いときたいんだけど……軌光はさ」


 赤く染まった頬、虚空を見つめる目。少し躊躇い、唇を震わせてから……意を決したように、そう言った。


「軌光は私のこと好きなの?」


 これがリィカネルや黄燐、狐依や綺楼や響だったなら、好きだぞと即答出来た。でも、飛燕を相手にすると……


 (なんでだ?)


 すぐには言葉が出なかった。

 簡単に言ってしまってはいけないと、そう思った。

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