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第三十一話 裸族

「そうだ、次の訓練はボクが担当なんだった」


 一晩経って、軌光の怪我は完治した。剛腕神器が同化している影響か、異常なまでに治癒が早い……これは、組織として計画的に戦闘する場合は圧倒的なアドバンテージ足り得るチート能力だ。成長すれば更に化けるだろう。

 だが、レギンレイヴがもう他組織と争うことはない。気兼ねなく、軌光をより強くするために訓練するとしよう。


「そうだな……ボクは敵拠点に潜り込んで、重要な書類だったりアイテムだったりを盗むのが役割だったんだが」


 熱を発する神器でアイロンがけした衣服を軌光に渡し、食器類を片付けながら自分の役割を話す。

 レギンレイヴでは最も数が多い役職だ。それ故に、その部門の総括にまで成り上がったカイムは、普段はあまり目立たないが、何かあった時に最も頼られる幹部となっている。


「同じことをしてみるか。歩法はもう教えられたろうから、ボクは気配の消し方を教えて……後は実践だな」


 セレムは、軌光が回復次第戦闘訓練を再開するつもりだったそうだが、またこんな大怪我をするのは効率が悪い。必要なのは戦闘ばかりではない……と判断し、軌光の訓練内容をカイムに一任した。軌光にも不満はないようだった。

 気配を消す、と表現すると難しいことのように聞こえてしまうが……存外そうでもないということは、レギンレイヴの中では常識だった。基礎技術の一つであるとされる。


「人間、気配なんてそうわからんものだ。素人の尾行ですら気付くのは難しい。大事なのは、五感を誤魔化すこと」


 目、耳、鼻。人間が周囲の状況を把握するのに使う器官など、所詮この程度だ。その全てを掻い潜ることが出来れば、それはもう気配を消すことが出来たと言える。

 何かいる、というのが分かっても、五感に引っかからなければ“気のせい”で終わるのが人間の性。わざわざ難しく考える必要はない。気配を消すというのは案外簡単なことだ。


「視界に入らない、音を立てない、匂いを出さない。な、簡単だろ? じゃあやってみよう、部屋に入るとこから」


 そう言って、カイムは基礎的な理論のみを伝授してから軌光を追い出した。一緒に持たされた紙を見てみると、文字は分からないが、描いてあることは分かる……

 指定された部屋に行き、なんでもいいから盗むこと。


 (つってもなあ……言うはやすし? だぜ……視界と音はなんとかなるかもだが、匂いはどうすりゃいいんだ)


 何事もやってみてから考えた方が早いか。

 廊下ですれ違う人と挨拶を交わし、時折紙に描かれている部屋がなんなのか、どこにあるのか聞きながら歩く。皆軌光の状況は知っているようで、口々に応援してくれた。

 いい人だらけだ。いつか戦うことになる……なんてことがなくて本当に良かった。


「お、ここか……なーんか、嫌な予感がするな」


 そこは何の変哲もない部屋。居住区に位置しているので、誰かの個室なのだろう……が、他の部屋とは違う、なんというかその、いい匂いがする。

 様々な神器使いや物資が揃い、生活が充実しているエスティオンでも、部屋の匂いに関してはまだ問題が山積みとなっている。相当の労力と時間を割けば、部屋をいい匂いにすることは可能だが……エスティオンでさえそれなのだ。

 当然、組織によって神器使いは違う。エスティオンで出来ないことをレギンレイヴが出来ても不思議ではない。しかし他の部屋からは、こんな匂いは漂ってこないのだ。


 (ここだけ……そして誰かの部屋。ここがそんな力を割くやつったら、まあ一人しかいねえわなあ……)


 心の底から入りたくない。本気で鳥肌が立ってきた。

 だが、そう。そうだ。カイムから理論だけ教わった隠密技術が、今の焔緋軌光にはある。気付かれずに部屋に入り、気付かれずに何かを盗んで帰ればいい。それだけのことだ。


 (一、二の三で入る……よし、一、二の……!)


 鍵は開いていた。スルリと流れるような入室。

 予想通り、ここは飛燕の部屋。可愛らしい模様の布団にくるまって眠っているらしい彼女は、今の所こちらに気付く様子はない。すうすうと寝息を立てている。

 これなら問題はない。適当に、机の上に置かれていた資料を拝借して、もう一度スルリと退室すれば終わりだ。


 (あ、でもこの匂いをもう少し嗅いどきてえ……)


「んう……セレム兄さん? 何か、用、事……?」


 マズい、と本能的に理解した。

 油断、そう油断だ。普段狐依と綺楼、稀に響と同じ部屋で生活しているから、異性が同じ部屋にいるという状況に対して危機感というか違和感を覚えず、油断してしまった!


「……軌光? なんでここにいるの? あれ、私自分の部屋で寝てたはずなんだけど……うん、ここ私の……」


 どうする。完全に見られている。まだ眠たげな目だが、覚醒はすぐだろう。今すぐ飛び出したところで、敏捷性に優れた飛燕が見逃してくれるはずもない。逃げられない。


「あーっとお……これには、深い事情がなあ……」


「ちょっと待ってね、服着るから……何か用事があるならノックしてくれればいいのに……そんなコソコソと……」


 ん? 服着る?

 そう言えば黄燐から聞いたことがある。室内でのプライベート時間や睡眠時に、服を着ない……裸族と呼ばれる人種がいるということを。彼らは服を着ないのだと。

 それ自体責めてはいけない。何故ならそれらの時間は、何者にも犯されないはずの……一人の時間なのだから。


「服……服……? ふ、く……いやぁぁぁあああああ!!!」


 反抗する権利はない。

 凄まじい速度で繰り出された拳を、軌光は正面から受け止めてそのまま気絶した。彼の最後の記憶は……

 美しいまでの絶壁であった、と。

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