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第三十話 差

(叩き込み続けろ……! 絶対に止まるな!)


 最初から、セレムと同じ練度で技を放つことは諦めきっている。どう考えても不可能だ。レギンレイヴを作った時からその技術を磨いている彼と、つい最近組織に所属したばかりの戦闘の素人……何故並び立てると思うのか?

 しかし!

 唯一並べるもの、それは体力。常に神器と接続している軌光は、無論トレーニング等もその状態で行っている。つまり基礎体力が同期より高い。セレムと同等レベルだ。

 それを活かす。蓄積したダメージはアドレナリンで誤魔化して動き続ける。程度の低い技をとにかく叩き込む!


 (少なくとも、ブチ込まれている間は動けねえ! 次にセレムを動かしたら、その瞬間に俺はブチのめされる!)


 直立したまま急所を守り続けるセレムを、掌底と拳で襲い続ける。誰よりもその技の恐ろしさを知っているセレムは、当然躱し防ぐ……けれど、それで構わない。

 そうしている間、攻撃されることは絶対にない。ダメージは必ず蓄積しているのだから、何もされなければ勝てる!

 技を。セレムの動きを止め続けるための技を!


 (……おかしい。なんだ、この違和感は)


 だが、気付く。セレムは直立しているのだと。

 自身に置き換えて考えた場合、いくら不完全とはいえ身体内部を破壊する技を受けて、まったくの直立不動など有り得るだろうか? 否、人体はそんな便利な構造をしていない。

 では、セレムは、何故。そんなにも動かずに。


「ふむ、少し遅かったね。これも教えていたはずだが」


 レギンレイヴの戦闘技術は、厳密には旧文明から拾ってきたものだ。そして、数千年の歴史を持つ旧文明は、その間絶え間なく行われてきた人類同士の戦争を“楽に”、そして“被害を少なく”するための研究を惜しんだことはなかった。

 その中に、攻撃以外の技術があるのは寧ろ当たり前。その攻撃的な性格と、内臓が傷付いたことによる正常な思考回路の破損が……その防御技術を、完全に失念させていた。

 それは、防ぐためのものではない。耐えるためのものではない。そもそもとして、ダメージを負わないための。


「名前はないんだがね。経験するしかないんだ、これは。一方向から流れる衝撃を、体外に排出する技術」


 例えば、直上から殴られた場合。当然体外の痛みを完全に打ち消すことは出来ない。けれど、脳に流れるはずのダメージ……衝撃を、それ以外の場所にズラすことは可能。

 正中線に沿って、与えられた衝撃を下方へ、下方へ。万物を受け止める、堅牢なる大地へと流すことが出来れば。ほんの僅かな皮膚の痛みだけが、自身に影響することとなる。


「今、俺の背中には何もないからこそ……より、やりやすいとも言える。“何もない”は“何かを足せる”ということ」


 ダメージを足している。軌光から与えられる、莫大なダメージを……何もない背後の空間に足し続けている。

 自身には不要な、破壊のためのダメージを。


「筋は悪くなかった。冷静な思考を保てれば完璧だったよ」


 振り下ろされた手刀が、軌光の意識を奪う。

 闇の世界へと落ちていった。


 ――――――


「起きたか。初心者にしてはよくやった方だ、おまえは」


「カイム……そうか、俺負けたのか」


「勝てるかバカ。よく粘った方だよ、マジで」


 いくら戦闘が本領ではないとはいえ、腐ってもレギンレイヴのトップ。たかだか一隊員に負けるものか。

 いや、まあ、エスティオンは総合組織であり、神器部隊だからといって戦闘特化の人間が揃っている訳ではないと言われれば……そうなのだが……そういうことではないだろう。


「ほら無理するな。息吸って……吐いて……うし、せーの」


 カイムが背中に添えた手に身を任せて、上体を起こす。背中をベッドの端に預けて、テキパキと世話をするカイムをぼーっとしながら見つめた。まだ視界がぼやける。

 布団をかけ直し、向いた果物や粥を食べやすい場所にズラして、氷枕の形を変えて座った状態でも頭を冷やせるようにする。頭の裏にクッションを敷いて痛まないように……


「手際が、いいな……慣れてんのか?」


「狭霧は昔、体が弱くてな。よくこうして世話をしていた」


「なんだか……俺にはいねえけど、母親みてえだな……」


「おまえもか。おまえもボクを母だと言うのか」


 悪い気分にはならないが、少し複雑な気分になる。

 いつも不安だ。今だってそう。これは病人への対応としては正解だが、損傷の激しい怪我人にしていい対処なのだろうか? 軌光は本当に、安らぐことが出来ているのだろうか?

 他のことを知らない。学ぶことを待ってくれるほど、世界は優しくない。だから、いつまでも他のことが出来ない。

 これでいいのだろうか。


「ありがとな、カイム……すげえ、楽だよ……」


 熱い何かが込み上げてくる。

 そう、そうだった。こんな不安を抱えながら接している自分のことを、おまえたちは母と呼んでくれた。

 本物の母は、最初から女だった訳じゃない。子を産んで、その手に抱いて、自分の子だと認識したとき……初めて母となる。ならば、これでも、母と呼んでくれるなら。


「んだ……泣いてんのか?」


「ふっ……母とは涙脆い生物なんだ」


「不便な生き物だな」


「ついでに髪から雷も出せる」


「“かみ”だけにってなははは、カスの嘘を吐くな」


 この組織にいて良かった。

 心から、そう思えた瞬間だった。

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