第二十八話 継承
焔緋軌光救出作戦の実行はまだ先である。が……エスティオンの観測を続けているレギンレイヴは、彼らがいずれこの場所に訪れることを知っている。そして警戒していない。
到来と同時に焔緋軌光を返却する。そして、飛燕狭霧を渡す。それが、レギンレイヴ最後の仕事になるだろう。
「遠隔兵器を叩き込んでくる可能性は捨てきれない。だがこちらの観測はしているだろう……最初から外に出る」
危険は承知。だが、送り届けるよりは安全だ。
この拠点は移さず、レギンレイヴは活動を停止する。諜報機関として、この世から争いを失くすために、まだまだするべきことは残っているが……もう、終わりにする。
誰もが分かっていた。争わぬ者に楽園はない。飛燕狭霧を幸せにすることが出来たなら、もうレギンレイヴの価値はどこにもない。ただの帰るべき場所となる。
「その日が来るまで、軌光。君に俺の技術を継承する」
「よろしく頼むぜ。リィカネルたちにも教えてやんねえと」
最早組織として敵対する必要のない両者は、気兼ねなく情報を開示出来る。レギンレイヴは、焔緋軌光に恩がある。
総合組織であるエスティオンは、良くも悪くも浅く広くの組織。レギンレイヴのような、諜報の一点のみに特化した組織の技術は貴重なので、盗める時に盗んでおきたい。
「狭霧の憧れている、忍者……基本は、彼らの習得していたとされる技術が基本となる。まずはやってみようか」
抜き足差し足忍び足。敵に気付かれず接近するための、音を立てない歩法……ここに気配を消す技術まで加わった時、敵は夜闇の中で襲われているに等しい状態となる。
「上手いね、天性のセンスかな? では、次は……」
旧文明の武闘家の技術を。
基本的なのはやはり足運びだ。どんな攻撃も当たらなくては意味がなく、ある程度以上の使い手は無意識の間に、己が最も得意とし、敵が最も動きにくい間合いを調整する。
それを破壊する……名を【縮地】。身体動作ではなく、重心の移動を用いた超高速移動法……認識すら困難。
「これは一筋縄ではいかない。“歩く”という動作が余りにも当たり前であるが故に、塗り替えるのは難しいんだ。言うなら、“今日から呼吸を脳でしてください”というのと同じ」
「そりゃムズいわ。こっちは時間かけるしかねえな〜」
「やり方は全て教える。エスティオンに帰ってからも、いくらでも時間はあるさ。それに君は、まだ若い」
そしてそれ故に飲み込みも早い。本人はまだまだと言ってはいるが、この調子なら一ヶ月もかからないだろう。
剛腕神器とは随分相性がいいようで、底上げされた身体能力と天性のセンスが抜群に噛み合っている。
(気になるのはその適性……常時装備状態は肉体と脳に激しい負荷をかけるが、彼は何も気にしていない……)
努めて無視出来るようなものではない。単純な疲労から始まって、発汗、呼吸器系の乱れ、筋肉の痙攣や幻覚症状……最悪の場合は、血液循環が停止し、体細胞組織のほとんどが破壊されることもある。神器は危険な兵器なのだ。
だが軌光は、日常生活の中で……否、睡眠中でさえ神器と接続し続けている。だが本人にはなんの症状も現れていないのだ。これは、単に適性が高いというだけでは説明出来ない現象……言葉にするなら、“同化”と言っていいレベル。
……考えても分からないことか。一般的なデータというものが存在しないこの世界では、大半が例外と形容される。
“そういうこともある”。それで全てに片がつく。
「少し休憩にしよう。大丈夫、時間はいくらでもある」
「そうだな。飛燕の様子はどうだ? 元気か?」
「今は荷造りをしている。前よりもなんというか……大人びた感じがするよ。そう、俺のことを父さんと呼んでくれたんだ。俺はやっと……あの子の親になれたんだよ」
嬉しそうにそう語るセレムを見ていると……こちらも段々と嬉しくなってくる。プラスな感情の共有は、いつの時代も最高のコミニュケーションだ……時間もすぐに流れる。
セレムは、飛燕の反抗期、思春期が長かったが故に、今の彼女の成長がたまらなく嬉しいのだろう。いつもより紅潮して、早口の彼は……無邪気な子供のようにも見えた。
「っと……もうこんな時間。はは、君は話を聞いてくれるのが上手いから……ついつい話しすぎてしまう」
「冗談よせよ。気の利いた返事一つも出来てねえのに」
「いや、聞き上手というのはそうではないんだ……ふふ、君がたまに狭霧と一緒に遊びに来てくれると、俺たちも嬉しいな……いっそ、本当に結婚してしまうのはどうだろう」
飲んでいた水を噴き出す。まだ続いていたのかその話は。
ちゃんと断ったはずだ。それに、最初から嘘だと見抜いていたのなら、もうこの話題を出す必要すらないだろうに。
「いい夫婦だと思うんだが……駄目かな?」
「いや、そういうのはまだわかんねえし……そもそも、結婚っていう行為自体に意味はあんのか?」
「さあ……ただ、うん。幸せの一つの形ではあるだろうね」
セレムと軌光が同時に立ち上がった。
訓練の続行……ではない。一度に同じことを叩き込むというのは、軌光にはあまり向いていない……寧ろ、練習を重ねるよりも実戦で試す方が軌光には向いている。
だから今からは……軌光とセレムの手合わせの時間。
「うっし……手加減はしねえぜ?」
「戦闘は苦手だが、訓練なら忌避感はない……」
構える。そこに一切の隙はない。
(強い……!)
「軽く半日、眠らせてあげるよ」