第二十七話 百回目の嘘
「またボクたちに嘘を吐いたんだな……おまえは」
「カ、カイム兄さん……その……ごめん……」
「いいさ。今に始まったことじゃないし、おまえだけの責任でもない。おまえはボクたちの……“姫”なんだから」
記憶の中で、家族と言われて真っ先に思い浮かぶのは……父親のセレムと、オカンのカイムだった。どちらも甘いことに変わりはないが、接し方が……“そう”だった。
恥ずかしい。彼らのことを父と母と呼ぶことが、どうしようもなく恥ずかしい。だから兄さんだなんて、呼んで。
「カイム兄さん……私は、沢山、迷惑を……」
「今更だ。それと、一人称は“拙者”だろう? 旧文明の忍者は、どんな時でも精神を乱したりはしないぞ」
「兄さんたちに甘えて、酷いことを……して……」
「それも今更だ。それにボクたちは酷いとは思ってない」
「嫌がって、ウザがって……離れよう、と、して……」
「気にしなくていい。巣立ちの時が来ただけだ」
子と親の関係を意識して育てて……子が行く道を躊躇ってしまったのなら、その選択に罪悪感を覚えたのなら……それは、親の責任だ。子の選択を、親が否定してはならない。
今まで一緒にいてくれただけでいい。どこに行こうと何をしようと、それは子の勝手だ。たまたまレギンレイヴが拾っただけの……可能性を宿した、ただの子供なんだから。
「セレムが話を付けてくれている。おまえはエスティオンに行って、そこで成長しろ……顔は、たまに見せてくれるだけでいい。こんな世界に残された希望が……おまえだった」
「酷い……酷い、よ、カイム兄さん……そんなこと言われたら私は、どんな顔して、ここを出ていけば……」
「笑え。ボクたちは、おまえの花のような笑顔が好きだ」
これで、百回目の嘘だ。それっぽいことを言うために軌光たちを騙した分を含めれば、百一になる。
新米だから価値を示す必要がある、婚約者を連れてくる。それが嘘だということはすぐに分かった。でも、指摘して機嫌を損ねられるのが怖かった……親失格だ、情けない。
飛燕に必要なのはもう、親ではなくて、友なのだろう。
見つめる。その髪のセットに時間をかけているのは知っているが……今だけは、そうしたかった。ぐしゃぐしゃになるほど強く、彼女の頭を撫でて立ち上がる。目元を拭う。
「出発の日程は分からんが……それまでに皆に挨拶は済ませておけ。ボクの分は……今ので、済ませておいた」
手を振って出て行こうとする。気持ちの整理のためにも、今は一人の方がいいだろう……可愛らしくデザインされた扉に手をかけて、ドアノブを、捻って……
「お母さん」
振り返る勇気はなかった。
「ありがとう」
退室。言葉をかける勇気すらなかった。
「……父親では、なかったか」
その涙の起源は、間違いなく、喜びだった。
――――――
「君さァ……良くないよ、そうイうこと。ここはゼロでも生還は不可能レベルの罠とか仕掛けテるんだケど?」
「それは自信過剰だ。儂でも解除と進行を並行できた」
レギンレイヴ同様地下空間。燃えるような赤髪の、白衣を纏った女と……旧文明で言う“軍服”を身に纏った、やけにガタイのいい女。手からは紫電が迸っている。
悪魔のような笑みは両者共通。ただ、殺意の質が違う。
「それ以上進んダら殺すよ。死肉はデリケートなンだ」
「儂のメンタルもデリケートだよ。それ以上儂を挑発しやがったら殺す。二度目の死は味わいたくないだろう」
名を、鬼蓋宗光。二つ目の名を【幻凶】……楽園都市+5のトップにして、エスティオン指定災害級神器使いの一人。旧文明基準において、単独で国家転覆が可能とされる。
そしてもう一人……白衣を纏った女。地平最高位の研究者である蜃黄燐の唯一の師にして、既に死した生者。其が死を運ぶ様は融かし滅ぼす……【融滅】と称される。
一つ目の名を、エルミュイユ・レヴナント。
「……用件はなんダい? 君は何を言ってモ引き下がってくれナさそうだ……とっとと済ませテ帰ってくれ」
「では率直に。儂と……+5と手を組まないか」
「丁重にお断りサせていたダく。アチシはフリーだぜ? 何かあッた時、真っ先にアチシから潰さレてしまウ」
「+5が守る。それなら文句はないだろう?」
ピクリ、と【融滅】の死した表情筋が動いた。
何が目的なのかわからない……喋らせてみるか。
「エスティオン、アスモデウス、レギンレイヴ、+5そして二つ目の名を持つ者たち……現在この地平を支配しているのは、間違いなくこの五つ……そこは、分かるよな?」
「舐めすギだよ。で、それがどうかシた?」
「支配者の頭は一つでいい。二つ名持ちの内三名はエスティオンに与し、一つは儂……そしてもう一人がおまえ。まずは最も弱い……レギンレイヴから、共に潰そうじゃないか」
アルウェンティアがレギンレイヴの拠点を発見している。だが今そこには……焔緋軌光がいる。彼らに一度迷惑をかけてしまったから、彼らを傷付けるのはやめて欲しい……+5最高幹部の一人である彼女たっての頼みだった。
だから、今は何もしない。焔緋軌光がレギンレイヴを離れた瞬間に、【融滅】と共に塵も残さず滅ぼす。
「アチシがそレに協力するメリットは?」
「好きだろう?」
鬼蓋にとっては、その一言で十分だった。
そしてそれは、【融滅】にとっても。
「…………………………乗った」
悪魔たちの哄笑。死にゆく者への嘲笑でもあった。