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第二十六話 それでも

「ワガママな子だろう。そして自分勝手だ」


「……意外だな。ちゃんと見えてんのか、そういうとこ」


 セレムの個室で、向かい合って話していた。一応敵対組織のトップと対談している訳だが……礼儀とかそういうのが必要な話ではないということは、分かりきっている。

 セレムの顔はずっと悲哀に満ちている。親代わりとして飛燕を育てた彼の、積もりに積もった後悔が伺える。


「あの子は賢いから……分かってくれると思っていた。けれど甘やかしすぎたんだな……難しいものだ、子育ては」


「よくやったさ。俺だったら、とうの昔に死なせてた」


「はは……ありがとう。少し救われた気がする」


 セレムが、自分で淹れた紅茶を啜る。軌光も同じようにした。この図体で、随分と美味い紅茶を淹れるものだ。

 部屋の中は、恐らく旧文明の記録装置……カメラを使って撮ったのだろう、飛燕の写真が貼られまくっていた。若干狂気を感じるが、これもまた彼の愛の形なのだろう。


「まず……済まなかった。あの子の嘘に付き合わせてもらって……すぐ送り返すよ。謝罪も、俺の口から、ちゃんと」


「いいよそんな。俺は別に気にしてねえからよ」


 そうか……と呟いて、セレムは立ち上がった。立ち並ぶ棚から一冊の本を取り出し、頁を捲る。狐依の話では、本とは貴重なもののはずだが……百冊はあるように見える。

 軌光は文字が読めない。だから、それがなんの本なのかは分からないが……すり減った背表紙や手垢のついた頁を見ていると、なんだか少しだけ……暖かい気持ちになってくる。


「アルバム、というそうだ。思い出を写真に撮って、それを保存しておくための本の形式……これを見て欲しい」


 そう言って差し出した頁には、まだ幼い頃の飛燕の写真がびっしりと貼られていた。子供らしい、純新無垢な笑み。


「俺たちはこの子が好きだ。大好きだ。この子が望むように生きて欲しいし、そのためなら裏切られてもいい」


「それは愛情じゃなくて甘やかしだ。あんたらの無条件で無遠慮な愛情しか知らんあいつは、同じように幸せも知らん」


「ふふ……カイムと同じことを言うな、君は」


 カイム。あの細身の男のことだろうか。

 愛おしそうに写真を撫でる。その写真は、飛燕が初めてセレムの名前を呼んだ時のものであり……彼にとって、生きる理由にもなっている、思い出の写真。

 もう、しばらくセレムと呼んでくれていない。兄上たち、と無造作に呼んで……ぞんざいに扱われている。


「子供にはそういう時期があるんだ。親に育てられた子供は寧ろ……ああなるのが自然だと、旧文明の本にあった」


「ここは旧文明じゃねえ。俺の知ってるだけでも、旧文明は甘ったるい世界だ……その基準で考えるべきじゃない」


「困ったな……君は、正しいことしか言わない」


「あんたが分かってても口に出してねえことを言ってやってるだけだよ。カイムとやらも、多分、同じ気持ちだ」


 この男は、よくやったと思う。こんな世界で、旧文明と同じ水準の教育が出来たことを誇ってもいい……けれど、それはこの世界における正解では断じてない。

 そろそろ甘えを捨てて愛するべきだろう。飛燕の幸せのためにも……まあ、セレムも分かりきっているだろうが。


「……一つ、お願いがあるんだ」


「なんだ」


「レギンレイヴはもう、先が短い。エスティオンと並ぶ組織だなんて評されているが……トップである俺が、最大基地外戦力一人に喧嘩を売るだけで、冷や汗が止まらなかった」


 あの場には、他にも複数の仲間がいたにも関わらず。争いから離れて久しいセレムは、あの短時間で何度も死を覚悟していた。この命にかえても飛燕を守り抜くと誓った。

 ここまでやれたことは奇跡なのだろう。アスモデウス、エスティオン、+5に……二つ目の名を持つ者たち。彼らが支配するこの地平のどこにも、戦わぬ者の楽園はない。

 滅びゆくだけのこの組織に……飛燕はいるべきではない。


「身勝手なのは分かってる。ここで放棄するべきではないということも分かっている。きっと、君たちの邪魔になるだろうことも分かってる……でも、それでも俺たちは……」


 雫が、写真の上に落ちた。


「あの子に、幸せになって欲しいんだ」


 どうすれば彼女は幸せになれるのか。甘ったれた精神性を捨てて、自分の足でこの世界を歩いていけるのか。

 セレムたちでは分からなかった。分からなかったからこうなってしまった。エスティオンの、他の組織の人を巻き込んでまで願うようなものではないのかもしれない。でも。


 それでも。


 たった一人の少女の幸せを、身勝手に願いたい。


「愛してんなあ。とんでもねえ愛し具合だなあ」


 そして軌光は、それを羨ましく思う。

 そんなにも強く人を愛せることを。こんなにも強く愛してくれる人がいることを。心の底から羨ましく思う。


「飛燕狭霧の、エスティオン加入を認めて欲しい」


「任せとけ。あいつは俺たちが面倒見てやるよ」


 笑みを以てそれに応えた。

 彼らの元にいては、きっと。飛燕にこれ以上の幸せは訪れないのだろう。ダメだと分かっていても、甘やかしながら愛し続けてしまう彼らは、誰かに託す他に道がない。

 その役目を引き受ける。リィカネルや黄燐や……それ以外の人間が拒否しようと、絶対に黙らせる。

 子がいつか親から巣立つように。親もまた、子を送り出さなくてはならないのだ。どんなに辛い別れだとしても。


「俺は婚約者らしいからな」


 彼らの愛を、無駄に終わらせないために。

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