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第二十五話 家庭の事情

「待ってくだされ。これは家庭の事情というやつで」


「事情もクソもあるかついてけねえぞそろそろ!」


 ステイステイ、と両手で軌光を静止する飛燕。まずは聞いて欲しいでござる、と彼女の説明フェーズが始まった。

 レギンレイヴは本来諜報組織ではなかった。

 トップである【セレム】は類まれなる戦闘能力を保有していたが、人を傷付けるのは嫌いな質であり……神器使いでありながらそのようなスタンスの人間は珍しく、次第に同じような思いを抱える神器使いが集まるようになっていた。

 初めは慈善組織……しかし、この世に溢れかえる生きた骸たちは数え切れず、彼らを救うことは出来ないと考えた。そして、切り替えたのだ……新たな戦争を防ぐ組織へと。


「それが諜報組織レギンレイヴの始まりでござる。拙者が加入したのは……創設から数年が経過した時のこと」


 この世界では珍しいことではない、親に捨てられた子。任務中にセレムによって発見された飛燕は、レギンレイヴに拾われ、蝶よ花よと大切に育てられたのだという。

 彼らと同じく争いを好まず、世から戦争を失くしたいという志を持った飛燕は、頑としてこの世界に足を踏み入れさせようとしないセレムたちから技術を盗み、今ではその実力を認められて、軽い任務を任せられるほどだという。


「……ま、レギンレイヴの歴史は分かったよ。で本題は?」


「え、分からんでござるか?」


「なんで分かると思ったんだ逆に」


 仕方ないでござるねえ……と、再度口を開く飛燕。何故こちらがおかしいみたいな反応をしているのか。


「拙者はこの組織の姫なのでござる。しかしなあ、それ故に兄上たちのちょっかいが激しく煩わしい……なので、貴殿を婚約者ということにして、そろそろ独り立ちしようかと」


「おまえの反抗期に俺を巻き込むんじゃねえ!」


「えーでも、そんな感じの人がいるってのはもう言っちゃってる訳でえ……もう従ってもらうしかないっていうか……」


「まだってそういうことね! 騙されたわクソ!」


 めちゃくちゃだ。正式な発表はしてないからあの場では違うってだけで、そんなんほぼ強制ではないか。

 というか何故そうなった。どこから計算の内なんだ。まさかエスティオンに捕まった時からとは言うまいな……そうだとしたら、自分たちの死闘は一体なんだったのか。


「悪いが、俺は魔神獣を斃して世界を救う。おまえの旦那をやってる暇はねえんだ……他を当たってくれ」


「であれば……拙者をエスティオンに正式加入させてくださらんか。そうすれば、何も問題はなかろう?」


 目を剥く。こいつは本気でそう言っているのか?

 仮に最初からそのつもりなのだとしよう……エスティオンにわざと捕まり、どんな方法かは知らないがレギンレイヴの人間と連絡を取って婚約者がいると嘘を吐き……そして、今本人にそうするよう強要している。うーん頭がおかしい。

 込み上げてくる感情は当然怒り。だが……それは、自身に強要された事柄に対するものでは断じてなかった。


「おまえは、ここの人たちに大切に育てられて、任務を任されるぐらい頼りにされて……こんなに可愛がられて」


 躊躇なく土下座した二人の姿を思い浮かべる。

 その形がどんなに滑稽に見えても、それは彼らの中では正しい愛情表現なのだろう。こうすれば飛燕が喜んでくれると思っているから、あんなことを即行動に移せる。

 どうしようもなく愛されている。赤の他人であるはずの飛燕のことを、ここの人たちはこれ以上なく愛している。

 それを、こんな。


「一時の感情で、それを全部捨てるつもりかよ」


「違う。拙者はただ、彼らの過干渉に嫌気が差しただけでござる。しばらく距離を置いて、また帰ってくるでござるよ」


「……おまえ、いつからこれを計画してた? 誰に相談してやったんだ? なんのつもりで俺らの前に姿を現した?」


「拙者の独断で。貴殿らにあの場で言ったことは全て嘘……この場を作り上げるため、頑張ったでござるよ」


 煮えたぎるような怒り。

 あのムキムキ男は、セレムと呼ばれていた。レギンレイヴは基本的に高い戦闘能力を持たない……グレイディと対抗出来る程度はあるが、リィカネルたちもいたあの場で喧嘩を売るのは、並大抵の度胸や勇気で出来ることではない。

 きっと、飛燕に頼まれて、彼女をレギンレイヴに連れ去るために命を張った。可愛い飛燕のために。

 争いを嫌う彼が、そこまでやってくれたのに。


「親不孝とか、そんなもんじゃねえぞ……! 俺はおまえらのこと知らねえけどよ、それは絶対間違ってる!」


 こっちの都合ガン無視で婚約者に仕立てあげたことは、今はどうでもいい。そんなことは些事だ。

 軌光は親の顔を知らぬ。親の愛情を知らぬ。ただ、リィカネルのことを可愛がってくれる人たちを見ていた……彼らの向ける愛はきっと、親心のような、そんなもの。

 断じてこんな、騙す形で、仇にして返すべきではない。


「頭冷やせ。そんな最低なやつに……なっちゃ、だめだ」


 呆然とする飛燕を置いて、来た道を戻る。

 愛は与えられるものだ。望んで受けるものではない。ただそれは、愛してくれた人たちを蔑ろにしていいという免罪符にはならない。勝手に与えてきて、その分の恩を返せなどというのはおかしい……それは、幼児の理論に等しい。

 人に愛されること。それがどれだけ特別なのかを知らずに生きていては……人としての道を外れてしまう。


「焔緋軌光。こっちだ、こっちに来い」


 ふと通路の脇から声がした。向くと、セレムの顔。

 申し訳なさそうな顔をする彼の誘いを断ることも出来ず、軌光はその道へと足を踏み出していた。

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