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第二十四話 そっち側

端的に言うなら、地下。それがレギンレイヴの拠点。

 飛行するムキムキ男の速度は凄まじく、軌光の動体視力を以てしてもその行程の全てを把握することは不可能であったが……軌光の捉え得る限り、その場所は地下だった。

 周囲にはレギンレイヴの諜報員、自身はムキムキ男に拘束されており、場所は逃げ場のない地下。加えて、何故だか知らないが体が動かない……完全な詰み。しかしそのような絶望的な状況においても、軌光の思考は楽観的なものだった。


 (どーすっかなあ……こっから逃げるのは無理だよなあ)


 なんとなく、殺されないだろうことは分かっていた。なにせ、痩せ細って、死を待つだけの生きた骸たちのような……殺意がない。あの、枯れて絶望した殺意が、どこにも。

 ガラクのそれとも違う。何かを奪おうとする人間の持つはずの感情が、彼らには一切感じられなかった。

 だから、軌光の考えるべきは生存ではない。どれだけ彼らを刺激せずにエスティオンに帰るか、だ。自分一人の肉体と頭脳を用いてソレを為すのは……かなりの難行だが。


「軌光殿。思考の世界に落ちるのはまだ早いでござるよ」


「誰のせいだと思ってんだこの野郎」


「野郎? 拙者、どこからどう見ても女でござるが」


「絶対そこじゃないよね」


 そんな間の抜けた会話をしていると、ムキムキ男が軌光を肩から下ろした。抱えている時に動けなくなるツボでも押していたらしく、その瞬間から体は元通り動くようになった。

 無言。その場にいる人間、およそ十数名……全員が、軌光を見つめたまま無言。軌光もまた、何も言い出せない。


「……狭霧ちゃん。本当に、本当に大丈夫なんだよね?」


「くどいでござるよ。これもう五回目でござる」


「そうか……うん、うん……俺も、覚悟を決めるべきか」


 小声のつもりのようだが、体が大きいせいか全て聞こえている。そういえば飛燕の下の名前は狭霧だったと、今更になって思い出した。あまりにも呼ばれる機会が少ない。

 ムキムキ男が周囲に視線を送る。そこに込められたメッセージは軌光には分からないが……多分、「大丈夫だって」、とかそこらへんだろう。なんとなく分かる。


「えっと……焔緋軌光くん、で合ってるよね?」


「うん。えなんでそんな他人行儀なんだよ。いや他人なんだけどさ。さっきまでそんなんじゃなかっただろ」


 さっきまで、と言っても……軌光が拉致された時のことだから、それなりに前なのだが。グレイディと言い合いをしている時は、こんなにも弱々しくなかったはずだ。

 後頭部を掻きながら、えーだのあーだの言っている……そんな状況じゃないと分かっていても、腹が立つ。


「えー……単刀直入に聞かせてもらうね、うん、えーとね」


「おまえじゃ話にならん、代われ。焔緋軌光、おまえは我らの姫君、飛燕狭霧の婚約者……その認識で正しいか」


 ムキムキ男を下がらせて、前に出てきた細身の男。いかにもな細マッチョで、眼光はムキムキ男より鋭い。

 だが、その発言はあまりに的外れというか……訳の分からないものだった。婚約者? というのは、あれだ……生涯共にいる友達の究極形みたいな……アレだろう。

 熟考する。しかし、返答はとうに決まりきっていた。


「ンな訳あるか」


「セレムこいつ殺そうぜ。姫が嘘つきだって抜かしやがったよ。そんなやつ生きてる価値ねえよな殺そうぜ」


「まあ待て。単に照れてるだけの可能性がある」


「いやマジで心当たりもなんもねえんだけど」


「殺そうぜこいつ」


「だから言ったのに。大丈夫武器なら用意してある」


「黙れ兄上たち。拙者もまだそんなことは言っておらん」


 あまりにも華麗な動作で行われた土下座だった。まるで流れる小川のような、リィカネルの戦闘用演舞のような、そうなるのが当たり前のような、ヌルヌルした動きだった。

 飛燕は一体どういう立ち位置なのか。この見るからに彼女より練り上げられた実力を持つ人たちを、一言で従えるこの女はどんな立ち位置にいるのか。いや、そもそも……

 レギンレイヴとはどのような組織なのか!?


「……申し訳ない。こちらにも事情があるのでござる。組織構造の説明がてら話しますので……さ、着いてきてくだされ。兄上たちはそこで二時間ぐらい土下座するように」


「「へへえ〜……」」


 (全員ロリコンとかそういう感じかここは……)


 飛燕の体型を一言で表すならちんちくりん。女性らしい凹凸など一切なく、身長も低く声も顔面も幼い。これに全面的に従っている集団など……ロリコン以外考えられない。

 前を歩く飛燕を見ながらそう思う。まさか、エスティオンに並ぶ組織の一つがただのロリコン集団だとは……


「失礼なことを考えている顔でござるな」


「ごめんなさい」


「少しは否定して欲しかったでござる」


 カツンカツンと、地下空間に足音が響く。人は確かにいるのに気配を感じられず、けれど視線は訪れる。不思議な感覚だ……諜報員としての腕は、練り上げられている。

 ロリコン集団だが。


「さて軌光殿……組織構造の説明は後でよかろう。まずは貴殿を拉致した目的を、話すべきでござろうな」


 くるりと振り返った飛燕の顔は、いつもと変わらない。

 ただ、少し頬が赤かった。


「拙者の婚約者になってくだされ」


「おまえもそっち側なのかよ!」


 人生史上最大音量のツッコミだった。

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