第十三話 レギンレイヴ
其の示す名は、【神々の残された者】。彼らは神の代理人として、地平において一切の戦争を、略奪を許さない。
けれど、否、だからこそ、力を持たない。彼らの武器はひたすらに“情報”であり、流血は有り得ない。磨き上げた情報収集能力は、エスティオンの情報班が足元にも及ばない。
「という事前情報があったんだが、はて間違いはどっちだ」
「拙者でござろうなあ……いやはや、新人でござるもので」
艶のある漆黒の髪が闇夜に泳ぐ。特殊な金属によって編まれた鎖帷子は網目が細かく、露出の少ない服装は旧文明で言う【忍者】を思わせる、見るだけで身軽だと分かるもの。
しかし、アンバランスな手錠がそれを台無しにしている。
「拙者の名前は飛燕狭霧。レギンレイヴの新米諜報員でござるよ。そちらの名前を教えてくだされ」
「俺は焔緋軌光、あれがリィカネル・ビットで、胡蝶狐依に新異綺楼。エスティオン所属だ、よろしく」
手を差し出すと、これはこれはと頭を下げながら飛燕も手を差し出した。女性らしい柔らかい手の感触が新鮮で、少しドキマギする。人はこんなにも柔らかくなれるものか。
飛燕を早々に発見出来たことで、軌光たちの試験は既に合格していると言ってもいいだろう。情報収集を優先するということで、バラバラで調査しているリィカネルたちの分の紹介も先に終わらせておいた。無論名前以外は明かさない。
レギンレイヴの諜報員を確保したとなれば、報酬も莫大なものになるだろう。飛び級だって有り得る。警戒は最大限にして、逃げられないよう接し方はフレンドリーに……
「あー、この手錠に使われてる鉱石……なんでござる? ただの鉄ではござらんよなあ。鋼を作る技術をお持ちで?」
「知らねーけど、特殊合金だとかなんとか言ってたな」
ほほー、と飛燕は興味深そうに手錠を見つめている。これはエスティオンの最先端技術を組み込んだ手錠で、アンタレスによる承認がなければ鍵を差し込んでも解除されないという、最高の防御性能を持っている逸品。
いくらレギンレイヴの諜報技術が一級だと言っても、これは抜け出せない。加えてこいつは新米、同じく新米のリィカネル部隊に見つかるほどのド素人。絶対に抜け出せ……
「ところで軌光殿、囮戦法というのはご存知か」
スルリ、と首筋を撫でる手の感覚に気が付いた。
視線だけを下方に向けると、いつの間にか手錠が地に落ちていた。首から伝わってくる感触で、飛燕の中の何かの骨が繋がったのが分かる……関節を外して抜け出した?
「拙者は新米でござるからな、組織に拙者の価値を示すにはどうすればいいのか、必死に考え抜いたのでござる」
トン、と針のような何かが首に刺さる。麻痺毒。
ただの麻痺毒じゃない。立ったまま動けなくするもの。これではリィカネルたちに向けて声を出すことすら。
「そこで。単独で任務を完遂し、ついでに現れるであろう他組織の人員を拉致することにした。囮は拙者で釣られた獣を仕留めるも拙者。いやはや軌光殿……」
エスティオンでも実用化が進んでいる、拘束用の糸が全身に巻き付けられていく。流石は諜報機関といったところか、その動作はあまりに淀見なく、華麗で、素早い。
全身の拘束に五秒とかからない。飛燕はにっと笑って、軌光の体を担いだ。体重差の影響か、少しよろける。
「騙しやすくて助かったでござる。彼らは貴殿が拉致されたことに気付かず、また拙者の用意した偽の情報をウキウキで持ち帰るでござるよ……任務大失敗でござるなあ!」
「いや、そうはならない。君を倒せばいいだけだからね」
突如、飛燕の真下の地面が大きく盛り上がった。三階建ての建築物ほどの大きさまで肥大化した土塊は、飛燕の細い体をがっしりと包み込んで停止した。凄まじい硬度。
衝撃で飛燕から解放された軌光は、リィカネルがしっかりとキャッチする。腕の中の軌光に華麗なウィンクを送った。
「これは……あの距離で、どうやって気付いたでござる?」
「あんな大声出されたら誰でも気付くよ」
「しまったァ! 拙者の詰めの甘さが出てしまったァ!」
軌光は知っている。リィカネルの神器だ。
蒼星神器ガイアネル、という。大きさを自在に操れる槌の形状をした神器で、触れた地面を操ることが出来る。普段はネックレスとしてぶら下がっていて、それが神器だとは気付きにくい。今は彼の身長と同じ大きさになっている。
麻痺している軌光を横たわらせ、狐依たちに回収するよう指示。リィカネルは、一人で飛燕に立ち向かうつもりか。
といって、拘束は済んでいる。そう心配することもないと言えるのだろうか。相手はレギンレイヴ、一人は危険……
「そんな顔をしないでおくれ、軌光boy。忘れたかい?」
土塊の頂点で「ぬおー!」と叫んでいる飛燕を見据えながら、リィカネルは不敵に微笑んだ。
「僕はリーダーだ。君たちを守り、敵を倒す」
狐依たちに回収されながら見つめるその背中は、とても逞しく、頼りがいがあるように見えた。
「特等席で見ていたまえ。僕の華麗なる大勝利を!」
槌を振るう。同時、土塊から脱出した飛燕も、胸元で“くない”を構えて戦闘態勢に入った。表情は真剣そのもの。
本当の試験が始まろうとしていた。
 




