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第百十六話 その時は

「そろそろ+5に着いた頃ですかね〜?」


「そうだね。変に喧嘩売ってないといいんだけど」


 研究員用の作業室で、黄燐とその部下が言葉を交わす。アンタレスの適合者である黄燐は、その場に端末や本体がなくとも、情報共有が出来る……彼が最高幹部たる所以である。

 こちらの音声が入ってもいけないので、今は音声機能は全カットしている。映像はあっても、音声はない。


「私、一つ思ったんですけど〜」


 作業を一時中断して呟き、部下が作業室の壁に映像を投影した。ソレは、少し前に出現した赤鬼……恐慌星の映像。


「神器部隊……ウチの戦力が軒並みいないこの状況で、またこんな襲撃があったらどうするつもりなんです〜?」


「ゼロも、周辺に最大基地外戦力も待機している。彼らがいて対処出来なければ、その時は……どうしようもないさ」


 作業の手は止めず、映像を一瞬視界に収める。エスティオンが一切予想出来なかった、突発的な形を持った災害。ゼロが手を焼く様子は……本当に、初めて見た。

 ゼロと、斥腐……あの二人だけは、恐慌星のことを知っている様子だった。というか、恐慌星という名前はゼロから聞き出したものだ。ゼロは確実にあの怪物を知っている。


「神器部隊にも休息は必要さ。まあ、勤勉な彼らのことだから、現地でも戦闘訓練は欠かさないんだろうけど……」


 ははは、と小さく笑う。どこの組織もそうだが、神器使いに負担をかけすぎている。こんな時ぐらい、休んでくれればいいのに。その機会をくれたことだけは、+5にも感謝している。どうせ……休みなど、しないのだろうが。


「それ〜……本気で言ってます〜? 黄燐さん〜」


 もう作業に戻っている部下の目を、チラリと見る。


「黄燐さんも分かってますよね〜? この盤面は、+5の思い描いたソレそのものだってことぐらい〜」


 元々、それは最上第九席たちに伝えてある。あくまで推測に過ぎないが、多少強引であっても、神器部隊を+5に閉じ込めることが彼らの目的なのだろう、と。

 だが、その上で黄燐は思っている。これは滅多にない休暇の機会であるのだと。神器部隊の安らぎの時になると。


「大丈夫さ。彼らは+5の陰謀で潰れるような、弱い人間じゃない。寧ろ、+5の方を叩きのめすかもしれないよ」


 誰よりも神器部隊を信じている。恐らくは、神器部隊たち本人よりも。彼らはエスティオンの誇る強者であると。

 何年見てきたと思っている。何度世代交代したと思っている。何人の死を見届けて来たと思っている。積み重なった自負と期待に、彼らは必ず応えてくれる。


「だと……いいんですけどね〜……」


 憂いを帯びた部下の視線に、黄燐はただ苦笑を返した。


 ――――――


「では、皆さんは私が案内致します。ついてきてください」


 軌光及びリィカネル部隊、それに加えていくつかの部隊を先導するのは、タンバリンと呼ばれたメイド。人間ではないらしいが、とてもそうとは思えない滑らかな動きだ。

 ただ歩くだけでも、足音を立てず、体幹はブレず、そういった所作に一切興味のない軌光でも、洗練されていることが分かる。思わず感嘆のため息が漏れる程度には。


「……珍しい名前ですね、タンバリンって」


 歩きながら建物の説明をするタンバリンに、ふと綺楼が話しかけた。普段の彼女からは想像も出来ない、冷たく低い声だった。視線も、心做しか鋭く見える。


「私は人ではなく、戦闘用メイドです。製造時、鬼蓋さまに耐久力テストも兼ねて頭を小突かれた際……」


「カァーーン! と、とても大きな音が響いたもので」


「なんで声帯増えたの?」


「失礼。こちらの方が分かりやすいかと」


 叩けば鳴るからタンバリン。安直を通り越して悪意すら感じるネーミングセンスだが、鬼蓋らしいと言われれば鬼蓋らしさを感じないでもない。どうかしているとは思うが。

 声帯を増やしてまで返答してくれたタンバリンに、綺楼は素っ気なく「そうですか」とだけ返した。タンバリンはそれを気にする素振りも見せず、基地の紹介を続ける。

 やがて、基地の半周ほどを回りきった頃、一度休憩することとなった。各々感想を語り合い、ワイワイとはしゃいでいる。そんな中、端の方で次に紹介する場所を考えているタンバリンの横に、綺楼が音もなく座った。冷たい瞳。


「ディヅィさんを攫ったメイド。カスタネット、という名前だったと記憶しています。これも……珍しい名前ですね」


「ディヅィ・エフェクト。【楽爆】の遺産ですか。どこぞの不審者に奪取されたと聞きました。大変でしたね」


「そういえば、サファイアさんの話では」


 ゾワリ、と背を這う怖気。反射的に綺楼の方を向いたタンバリンの視界には、人とは思えぬ“ナニカ”がいた。


「叩けば鳴るから云々と、言っていたそうですね」


 新異綺楼。黄燐と同様の手術をその身に施した、半分人間を捨てた生物。その性格の過激さ故に立場はなく、秘されし最終兵器とされている……そして。

 彼女自身、エスティオンを守る意思を持っている。


「……時間です。基地の紹介を再開します」


 綺楼が行動に移す前に、基地中に鐘の音が響き渡った。

 タンバリンが立ち上がる。舌打ちをして、「次は逃がしません」と囁いて……綺楼もまた、立ち上がった。

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