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第百十五話 文明的な楽園

楽園の知識は頭にあるが。

 苦しみがなく、喜びと嬉しさと快楽に満ちた極楽浄土。そこには神が在り、人々は笑い、慈愛に満ちた生活を送るのだとされている。少なくとも、そこに一切の苦しみはない。


「【幻凶】の楽園……これはなんか、違うわね……」


 だが。厚く固く高い城壁に囲まれた+5拠点、通称【幻凶】の楽園は……そんな狐依の知識とは、かけ離れた場所であった。楽園に、こんなにも“人間”を感じるものか。

 入場門でキャッツと門番らしき男が軽く言葉を交わし、すぐに基地に入ることが出来た。随分機械的なものだった。

 知識でしかなかったものばかりだ。立ち並ぶ街路樹、謎の半透明の容器に入った飲み物を啜りながら歩く人々、首が痛くなるほど見上げなくては頂上の見えない……ビル。


「外と比べたらそりゃあ、楽園でしょうけども」


 狐依としては、これを楽園と認めたくはなかった。機械的で、人間の要素に溢れていて、笑顔こそあれ、それはこの高い高い城壁に囲まれた文明に依るものだから。

 もっとこう……理由のない笑顔こそが楽園だろう。人間が人間のために作り上げた世界など、楽園ではない。


「儂たちの方から楽園と名乗ったことはない。ただ、おまえたち外の人間が……勝手に、楽園と呼び始めたのさ」


 乗っかったのは事実だがね? と、言いながら、鬼蓋がガレージに足を踏み入れた。妙に綺麗なウインクだ。

 そういえば、鬼蓋は+5のトップだったか。第一席である軌光の乗った車がガレージに入ったことで、後続の車もゾロゾロと入ってくる。全員、鬼蓋を視界に入れた瞬間一度驚いて、すぐに納得する。鬼蓋が+5の人間だったと。


「全員揃ったかね? じゃ、一応挨拶だ。トーナメントじゃあ世話になったね。何、世の中助け合いだ。災難だったと聞いてるよ……しばらくは、ウチでゆっくりしていってくれ」


 両手を大きく広げて、歓迎の姿勢を示す鬼蓋。一歩踏み出そうとする月峰を手で静止して、代わりにシュヴェルビッヒが前に出た。最上第九席の、交渉二大巨頭。

 月峰は喧嘩っ早い。特に、エスティオン以外の人間が相手の時は。こういう時はシュヴェルビッヒが出る。


「エスティオン神器部隊を代表して、感謝する。未曾有の災難だったが、迅速な対応だった。神器部隊はこのことを忘れない。いつかまた、恩返しさせてくれると嬉しい」


 おまえもキレてんじゃねえか、ボソリと呟く月峰。にこやかに握手をしてはいるが、両者とも敵対心剥き出しだ。

 なんの思惑かは知らないが、+5があの爆発を仕掛けたことはほぼ確定と見ている。アルウェンティアたちのタイミングが、あまりに良すぎるのだ。確かに以前からエスティオン基地近辺をうろついているのは観測しているが、周期をどう計算しても、あの時あの場所にいる理由がない。

 それを隠して、鬼蓋は言っているのだ。世の中助け合い、などという世迷言を。強引極まる方法だが、エスティオンを+5に閉じ込めたいのだろう……それが黄燐の予測。

 だから、シュヴェルビッヒはこう返した。よくもまあやってくれたな。いつか完璧な仕返しをしてやるよ、と。


「……ああ、待ってるよ。それじゃ、早速今後寝泊まりする場所に案内……と、行きたいんだがね」


 何人かの若い隊員は、この基地……否、都市に興味津々といった様子で、視線を忙しなく動かしている。

 表面的には友好関係を結んでいるのだ。その好奇心を、無下にする理由はない……鬼蓋が、パチリと指を鳴らした。


「ウチの幹部は五人いる。ソレに加えて儂がいるから+5ってのが組織名の由来で……むう、どうでも良さそうだな」


 何気にこの説明が楽しみだったんだが……と肩を落とし、鬼蓋は自身の背後に立つ幹部を一人ずつ指さした。


「知ってるやつは簡単に。幹部最古参、アルウェンティアと新参のキャッツだ。仲良くしてやってくれ」


 ザン! と音を立てて旗を掲げ、もう片方の手を胸に当てるアルウェンティア。固いにゃねえ……と呟き、キャッツは頭の上に手を掲げて、猫のポーズを取り、一度鳴いた。


「……こいつなりの挨拶だ。次に、このジジイはハーフグラス。主に基地内のインフラ整備や団体を取り締まってる」


 聞き覚えのない単語に疑問符を浮かべていると、一歩前に出た初老の男性が深々と頭を下げた。半分に欠けたモノクルが特徴的で、キッチリした執事服が格好いい。


「で、このメイドがタンバリン。馴染みがないだろうが、人工知能を組み込んだメイド人形だ。この基地を守るための戦闘メイド長で、それっぽく見せる感情機能がある」


 言うなればホムンクルスだな、という鬼蓋の言葉と共に、タンバリンと呼ばれたメイドは美しいカーテシーをしてみせた。その由来を知らぬ者でも、気品を感じられる所作だ。


「そして……」


「私はドールハウス。そこのタンバリンを初めとして、この基地の非人間は全部私の子だ。よろしくねぃ」


 小柄な、科学者然とした女が前に出た。声は確かに大人の女性だというのに、外見は子供……不思議な感覚だ。


「じゃ、幹部の紹介も終わったことだし……こいつらが、エスティオン諸君にこの基地を案内する。楽しんできな」


 歓声があがる。+5での一日目が始まった。

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