第百十四話 大人の都合
「なんつーか、こんな一方的な決定ってあるんだな」
一部始終を見ていた軌光は、驚きに支配された表情でそう言った。軌光は一応、謎の多い人間だ。+5で何かあってもいけないので、黄燐の健康調査を受けているのだった。
「喋れたら少しは変わったさ。実際、+5とは何もないが仲が良い訳でもない。出来れば断りたい話だった」
言ってしまえば、大人の都合だ。これが個人対個人の話ならば、言葉を封印されていても手を出せた。だが、組織の最重要人物のことを考えなければならないともなると……
手は出せない。交渉道具は口だけで、アルウェンティアはソレを無理やり封じることが出来る……チートだチート。
「軌光くん。もう他の最上第九席には話しているが……今回の爆破事件、犯人は+5だと思っている。彼らは何か企んでいることを前提に、慎重に行動してくれるよう頼むよ」
「……任せとけ。俺が神器部隊を守ってやるよ」
頭の回転や作戦立案では、軌光はてんで役に立たない。しかし、それも適材適所というものだ。そういうことは、シュヴェルビッヒや斥腐あたりに任せておけばいい。
正面からの戦闘力で言えば、軌光は既に最上第九席の大半を凌駕している。一体何が彼の戦闘力を底上げしたのかは知らないが、恐らくは兎牙と正面からいい勝負が出来るだろうと黄燐は思っている。流石に斥腐やゼロには劣るが。
後は……使命感。一度こうすると決めたら絶対にする気合いが、実力が、何より使命感が……軌光にはある。
「最悪、戦闘にもなるだろう。ゼロは地下で眠るらしいからね……君と兎牙くん、斥腐くんあたりが大事になる」
「なんだ、ゼロは来ないのか。残念だぜ、共闘したかった」
ゼロは基本、基地を離れないさ。そう言って、黄燐は軌光の背中を叩いた。特に異常はなし、剛腕神器との接続も良好。十分に動けるだろう……戦闘も問題なく行える。
+5……軌光同様、謎が多い組織だ。この世界で唯一、旧文明と同じレベルの文明を築きあげた、【幻凶】の楽園とも称される基地はあまりに有名。最早都市だな、アレは。
一度しか見たことはないが、エスティオンでは百年経っても勝てそうにない文明レベルだった。
「ん、迎えの時間だね……一応アンタレスでの補佐や通信は行うし、現地での最上第九席会議も定期的に開いてもらう予定だ。何かあったら、すぐに報告してくれよ」
「おう。ま、軽く楽しんで来るわ」
「心配だな……頼むよ本当に。君は第一席なんだから」
――――――
「外壁が見えてきたにゃ。もうすぐで着くにゃよ」
「うお〜すっげえ! こんなん見たことねえぜ〜!」
軌光を他の最上第九席の目の届かない車に乗せたことが間違いだったのだ。一応保護者枠でリィカネル等もいるにはいるが、彼らも心はまだ子供。軌光を止める余裕などない。
精神的に大人な綺楼も、移動に疲れて眠っている。はしゃぐ飛燕とリィカネルを見て、狐依もニコニコしている。
「……焔緋軌光。本当に最上第九席第一席なのか?」
「なんだ疑ってんのか〜? 実力は本物だぜ!」
「……ほう。随分と思い上がった小僧だな」
少し前、勘違いで襲いかかったことに対する謝罪は済んでいるし、今回のことで行動には示した。故に対等に接する、というのは事前に言われている。軌光的に、少し上から目線が入っているような気がしないでもないがそこはそれ。
何を〜? と振り返り、助手席にいるアルウェンティアを睨みつける。すると、彼女が普段戦闘に使っている旗の先端が……目と鼻の先にあった。あと数ミリで、当たる。
「いつか」
「話しかけた時からだ。多少の敵意も出していた。この程度にも気付かず実力は本物? 笑わせてくれるな、小僧」
アル姉はいつも厳しいにゃね、とハンドルを握ったキャッツが笑った。それでも、目は笑っていない。彼女もアルウェンティアと同じように思っているのだろう。
(……よく見抜いたな。軌光boyの危うさを)
視線だけ送って、そのやり取りを見守るリィカネル。
確かに軌光は、正面からの戦闘には強い。だが、奇襲や策略ありの戦闘には……めっぽう弱い。基本的に、頭を使うということそのものが苦手なのだ。強いはずもない。
最上第九席になったからには、他組織との戦争の際に前線に立つことも増えるだろう。その時、必ずしも敵が正面から来るとは限らない……搦手に対して、軌光は弱すぎる。
(+5……戦闘技術でも、エスティオンを上回っているか)
恐るべきはその観察眼。発言や簡単な動作のみで、軌光の思考法則や戦闘の癖を見抜いたのだろう。普段行動を共にしているリィカネルたちでようやく気付くものを。
何故こんなことを言い出したのか分からないが、アルウェンティアほどの強者の言葉。軌光にもさぞ響いて……
「いい度胸じゃねえかおまえかかってこいや! +5にも訓練場とかあるだろうが着いたらそこ行くぞゴラァ!」
「駄目だよ軌光boyそういう反応は違うよ軌光boy」
「ふっ……精神面もまだまだ小僧のようだな」
「なんで油注ぐのアルウェンティアさんは」
「にゃっふふ、アル姉はマイペースが売りにゃ」
「騎士ベースでそのパターンなことある?」
ワイワイと騒ぎながら、車は+5へと進んで行った。




