表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
112/117

第百十二話 そして、終わり

拠点に戻ると、クリスは死んでいた。セイクリッドが地表まで出てくる際に破壊されたのだろう。仕方ない。セイクリッドは、出来る中での最善を尽くしてくれた。


「……天道。良かッた、生きてイたんダな」


「エルミュイユ、さん……一体、何が」


「軌光は……おマえには、執着を見せナかっタな」


 やめろ。それはただの八つ当たりだ。

 言ってはならない。天道は何も悪くない。


「オまえが……友達だからナのかな」


 視線を合わせることが出来ず、目を逸らす。瓦礫の中に埋もれたテーブルを引っ張り出して、その上にドカリと音を立てて座った。視界の端で、天道が怯えていた。

 これからどうしようか。いや……考えるまでもないか。焔緋軌光はまだ生きている。ならば、殺さなくてはならない。


「天道。おまエはこれカらどうスる。ルルクは死んだ。お友達の……ふっ、軌光もイなくなッた。どうスる?」


「僕は……僕に、継がせてください。あの人のことを」


 やけにはっきりとした声だった。視線を向ければ、決意を決めた目をしていた。まっすぐにこちらを見ている。

 ルルクが死んだというのは……なんとなく、分かっていたことなのだろうか。それでも泣いたり、悲しむ様子を見せないのは……意地か。それとも、その機能を知らないのか。


「僕が好きな、憧れたあの人のことを……継ぎたい」


「イいさ……丁度、おまエに教育を始めル時期だった」


 魔王の心臓は、既にセイクリッドを取り込んでいる。ルルクもクリスも……失った全ては、もうここにある。

 普段は地中に隠しておこう。焔緋軌光がこちらに干渉してくるのかどうかは知らないが、少なくともあのようなものを連れている者は、この地平にそういないだろう。

 そして、軌光の細胞も取り込んである。奴の構造を完全に解析するために……あの悪魔も、取り込んでしまった。


「名前を……つケなくてはなラない」


 拠点は移す。もうこの場所にはいられない。

 どこに行こうか。どこでもいいか。


「ワタシの天使と……あの悪魔が、混在しテいる」


 アレを殺すために、死した人生を捧げよう。


「ああ、いけない……ワタシがこんなでは、ワタシの天使が悲しむ……笑う笑う……イ、ヒヒ、イッヒヒヒヒヒ!!!」


 名前。魔王の心臓では、かっこうがつかない。

 天使と悪魔がそこにいる……Evil angel。


「行こうか、天道。イッヒヒヒヒヒ! アチシの新シい旅の始まりだ……楽シもう! 楽しんでイこう!」


 そして、時は流れる。


 ――――――


「ワタシの下で学んだ天道は……ワタシたチのことを忘れるたメに。世界を取リ戻すたメに。何度も何度も名前を変エながら、苦しミながら、ゼロとエスティオンを作っタ」


 今の名前は、蜃黄燐。貝のように固く閉ざした心は、今再び軌光とエルミュイユがぶつかった今……何を思っているのだろうか。もう何も……思うことはないのだろうか。

 いや、違う。軌光ではなく【楽爆】。そして、エルミュイユではなく……【融滅】だ。黄燐のつけた名前だ。


「思い出したか? あイつは今も……おまエのことを友ト呼んでいル。まだ、あの日ノおまえダと信じてなァ!」


 刃が食い込む。【楽爆】の口から血が溢れた。

 皮肉なものだ。あれから全てを知った。完成品の焔緋軌光に、今……最大の失敗作は、死ぬ原因を作られたのだ。

 ようやく命に手が届く。ようやくこの悪魔を殺せる。


「さあ、言い残すコとはあるか。イや、あるはずだ。必ズあるはずだ! ワタシたちに何カ、言い残すこトが」


「ねえよ……俺ァ、おまえたちに何も言えねえ……」


 刃をつきつける【融滅】の手に、Evil angelの触腕が絡みついた。もう、そうする必要はないと言わんばかりに。

 世界を知らぬまま死んだクリス。軌光のことを友だと信じて死んだルルク。死んでも尚醜く生き残った自分だけが……彼らのための復讐を果たせる。だというのに。

 復讐しなくていいと言うのか。そんな、ことを。


「だが、それでも、ワタシは……!」


 (それでいい……おまえは、間違っちゃいねえ)


 動脈を、骨を断ちながら刃が命に迫る。段々と遅くなっていく視界の中で、【楽爆】は確かに笑って見せた。

 誰も間違っていなかった。いてもいいと言ってくれたあの時、【楽爆】は確かに嬉しかったのだ。あの日あの時あの場所で言ってくれたことは……何も、間違いじゃない。

 正解はない。もしかすると全て正解で、全て間違いなのかもしれない。今はもう……遠い幻想の世界のことだ。


 (なあ、ルルク……すまねえな、全員殺せなくて)


 約束を、果たせなくて。

 【楽爆】の血が冷たくなっていく。俯いて刃を引き抜いた【融滅】の頭に、ふと……大きな、手が乗せられた。

 もう言葉を話すことも出来ない。けれど、その安らいだ表情は……僅かに動いた口角は、その思いを告げていた。


「っ……!」


 最後にもう一度、その心臓に刃を突き立てる。

 あの日焼き焦がしたその場所は……まだ傷付いていた。


「残念だ、【楽爆】。残念だ……ワタシの、焔緋軌光」


 倒れる巨躯を、悲しみと共に見つめている。

 これで、全て失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ