第百十二話 そして、終わり
拠点に戻ると、クリスは死んでいた。セイクリッドが地表まで出てくる際に破壊されたのだろう。仕方ない。セイクリッドは、出来る中での最善を尽くしてくれた。
「……天道。良かッた、生きてイたんダな」
「エルミュイユ、さん……一体、何が」
「軌光は……おマえには、執着を見せナかっタな」
やめろ。それはただの八つ当たりだ。
言ってはならない。天道は何も悪くない。
「オまえが……友達だからナのかな」
視線を合わせることが出来ず、目を逸らす。瓦礫の中に埋もれたテーブルを引っ張り出して、その上にドカリと音を立てて座った。視界の端で、天道が怯えていた。
これからどうしようか。いや……考えるまでもないか。焔緋軌光はまだ生きている。ならば、殺さなくてはならない。
「天道。おまエはこれカらどうスる。ルルクは死んだ。お友達の……ふっ、軌光もイなくなッた。どうスる?」
「僕は……僕に、継がせてください。あの人のことを」
やけにはっきりとした声だった。視線を向ければ、決意を決めた目をしていた。まっすぐにこちらを見ている。
ルルクが死んだというのは……なんとなく、分かっていたことなのだろうか。それでも泣いたり、悲しむ様子を見せないのは……意地か。それとも、その機能を知らないのか。
「僕が好きな、憧れたあの人のことを……継ぎたい」
「イいさ……丁度、おまエに教育を始めル時期だった」
魔王の心臓は、既にセイクリッドを取り込んでいる。ルルクもクリスも……失った全ては、もうここにある。
普段は地中に隠しておこう。焔緋軌光がこちらに干渉してくるのかどうかは知らないが、少なくともあのようなものを連れている者は、この地平にそういないだろう。
そして、軌光の細胞も取り込んである。奴の構造を完全に解析するために……あの悪魔も、取り込んでしまった。
「名前を……つケなくてはなラない」
拠点は移す。もうこの場所にはいられない。
どこに行こうか。どこでもいいか。
「ワタシの天使と……あの悪魔が、混在しテいる」
アレを殺すために、死した人生を捧げよう。
「ああ、いけない……ワタシがこんなでは、ワタシの天使が悲しむ……笑う笑う……イ、ヒヒ、イッヒヒヒヒヒ!!!」
名前。魔王の心臓では、かっこうがつかない。
天使と悪魔がそこにいる……Evil angel。
「行こうか、天道。イッヒヒヒヒヒ! アチシの新シい旅の始まりだ……楽シもう! 楽しんでイこう!」
そして、時は流れる。
――――――
「ワタシの下で学んだ天道は……ワタシたチのことを忘れるたメに。世界を取リ戻すたメに。何度も何度も名前を変エながら、苦しミながら、ゼロとエスティオンを作っタ」
今の名前は、蜃黄燐。貝のように固く閉ざした心は、今再び軌光とエルミュイユがぶつかった今……何を思っているのだろうか。もう何も……思うことはないのだろうか。
いや、違う。軌光ではなく【楽爆】。そして、エルミュイユではなく……【融滅】だ。黄燐のつけた名前だ。
「思い出したか? あイつは今も……おまエのことを友ト呼んでいル。まだ、あの日ノおまえダと信じてなァ!」
刃が食い込む。【楽爆】の口から血が溢れた。
皮肉なものだ。あれから全てを知った。完成品の焔緋軌光に、今……最大の失敗作は、死ぬ原因を作られたのだ。
ようやく命に手が届く。ようやくこの悪魔を殺せる。
「さあ、言い残すコとはあるか。イや、あるはずだ。必ズあるはずだ! ワタシたちに何カ、言い残すこトが」
「ねえよ……俺ァ、おまえたちに何も言えねえ……」
刃をつきつける【融滅】の手に、Evil angelの触腕が絡みついた。もう、そうする必要はないと言わんばかりに。
世界を知らぬまま死んだクリス。軌光のことを友だと信じて死んだルルク。死んでも尚醜く生き残った自分だけが……彼らのための復讐を果たせる。だというのに。
復讐しなくていいと言うのか。そんな、ことを。
「だが、それでも、ワタシは……!」
(それでいい……おまえは、間違っちゃいねえ)
動脈を、骨を断ちながら刃が命に迫る。段々と遅くなっていく視界の中で、【楽爆】は確かに笑って見せた。
誰も間違っていなかった。いてもいいと言ってくれたあの時、【楽爆】は確かに嬉しかったのだ。あの日あの時あの場所で言ってくれたことは……何も、間違いじゃない。
正解はない。もしかすると全て正解で、全て間違いなのかもしれない。今はもう……遠い幻想の世界のことだ。
(なあ、ルルク……すまねえな、全員殺せなくて)
約束を、果たせなくて。
【楽爆】の血が冷たくなっていく。俯いて刃を引き抜いた【融滅】の頭に、ふと……大きな、手が乗せられた。
もう言葉を話すことも出来ない。けれど、その安らいだ表情は……僅かに動いた口角は、その思いを告げていた。
「っ……!」
最後にもう一度、その心臓に刃を突き立てる。
あの日焼き焦がしたその場所は……まだ傷付いていた。
「残念だ、【楽爆】。残念だ……ワタシの、焔緋軌光」
倒れる巨躯を、悲しみと共に見つめている。
これで、全て失った。




