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第百十話 崩壊の始まり

「軌光さん、いつ帰ってくるんだろうなあ……」


 軌光の代わりに天道を寝かしつけ、ルルクは外で洗濯物を干していた。一人分減っただけで随分軽くなったソレは、ルルクの感じている喪失感を共有してくれているようだった。

 最初はただ食糧を分けた。すると何か礼がしたいと言って同行するようになった。彼はムードメーカーの極みのような明るい性格で、いつも自分たちの会話の中心にいた。

 エルミュイユと天道との会話はいつも通りだが、なんとなく盛り上がりに……熱に欠ける。面白くない。


「早く帰って来ないかな……」


 最近、少し天道の寝付きが悪い。一番心を許している軌光がいなくなったから、闇が怖いのだという。怖い夢を見やすくなったのだという。少し……理解出来ない感情だ。

 恐怖を感じることがない。これはダメだ、何か違うと分かっていても……それに基づいた心理反応が発生しない。

 以前までは、変に感情に揺さぶられることもない、便利な欠陥だと思っていたのだが……今は、少しだけ寂しい。天道のその感覚を、少なからず理解したいと思っている。


「ん……なんだろこの音。どこかで聞いた……」


 アレクトリアの基地を落としたことがあった。あの時は確か、そう……軌光の神器が、基地を丸ごと吹き飛ばした。

 ジャラジャラジャラジャラ、ドカン。鼓膜が破れたのではないかというほどに大きな音で、視界が赤と白で埋め尽くされるあの感覚。爆散とは正に、ああいうことを……


「なるほど。ふ……師匠の言葉を、覚えていますか」


 地平線の彼方から飛来する、熱を孕んだ赤色。


「どうせ殺すなら……全員。殺してくださいよ」


 暴走が始まる。


 ――――――


「なンだ今の音は! 何が……」


 爆音と共に、拠点の一部が吹き飛んだ。地下の研究室は無事だが、天道が音と衝撃で気絶した。第二波があった場合、拠点全体に伝播した衝撃で更に崩壊が加速する。

 それに、音の発生地点にはルルクがいたはずだ。そんなはずはない……想像したくないが、彼に何かあれば……


「ル、ウゥ……ァァァ……ルゥ……クゥ……」


 口の端から漏れ出る白煙。体内の温度が高すぎる。

 血管が浮き出ている巨躯。手のひらに握りこんでいるネグレイルは、触っていて熱くないのか、なんて……

 そんなどうでもいいことを考えてしまう。


「あ、ああ、あああああああああああ!!!」


 焦げ付いた肉の臭いは、もうあの時に嗅ぎ慣れた。

 知っている、“これ”を。この感覚を。この……絶望を。


「セイクリッドォォォオオオオオオ!!!」


 対抗戦不可生命体特効保有逆性生物兵器セイクリッド。

 其は生物兵器でありながら、作成時点で死亡している。しかし神器能力を応用した特性の保持により、そこから更に重ねられる死亡をトリガーとして蘇生することが出来る。

 これによりセイクリッドは死亡=蘇生という状態を保有することが出来、半不死身の生物兵器と化す……

 エルミュイユの叫びにも似た呼び掛けに応えて、研究室から飛び出すセイクリッド。生命維持装置がブチブチと音を立てて千切れ、同時に状態が死亡に移行する。


「ルァア……エ、ユィ、アァァァァアア!!!」


 唐突に出現したセイクリッドに驚いたのか、軌光のネグレイルがその首に巻き付く。死亡しているセイクリッドは当然ながら抵抗も何もせず、爆発が頭部を吹き飛ばした。

 獣のような反応速度。それで仕留めきったと思ったのか、軌光は棒立ちのエルミュイユに向かって駆け出すが……


「フ、シュァア……ハァァァァアア……」


 それよりも。セイクリッドの蘇生の方が早かった。

 荒々しい鱗に覆われた太い尻尾が、軌光の胴体を薙いで吹き飛ばした。一瞬その場に踏みとどまって抵抗した軌光だったが、いくら超人的な身体能力があろうと質量差には勝てない。何度もバウンドしながら、玩具のように転がる。

 手動操作の必要はないだろう。セイクリッドには、軽く考えて行動出来る程度の知能は与えてある。ここはセイクリッドに任せて、今は……今は、他のことを見なくては。


「ルルク……なあ、そんナところで何をしテいる……」


 指輪を。しているのだった。

 そんな話、一回もしてくれなかったじゃないか。ワタシはもっと……おまえのことを、見ていると思っていたのに。

 指輪をしていたのなら、一緒にしようと、お揃いの指輪をつけようと……そんなことを言ってくれたって、良かったじゃないか。なんで今頃……こんな姿になって、


「クリスには……父親の顔も見せラれないノか……?」


 誰だ。大事なこれからを奪ったのは、誰だ。

 ……嗚呼、考えるまでもない……ワタシだ。


「ワタシが……いてモいいと、言ったカら……」


 大事な大事なルルクを、クリスを。天道を守るためには、軌光がいてはならない。そんなこと分かりきっていた。

 何が、全員殺してくれるならそれでいい、だ。全然、これっぽっちも良くないじゃないか。湧き上がるこの感情の正体はなんだ。これは……抱いていいものではないだろう。


「……殺してやる」


 いいと言ったのはおまえなのに。


「殺してやる殺してやる殺してやる」


 それでもいいと言ったのに。


「絶対に……殺してやる」


 失わなくては分からないのか?

 次失えば、もう取り返しはつかないのに。

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