第百八話 魔王の心臓
「そういえば、出来たんですよ。僕の研究成果」
「すまナい、まずおまエの研究分野を知ラん」
時は経ち、天道が全員に馴染んできた頃。教えられ、雑用をするだけだったはずのルルクが研究をしていたのだと、エルミュイユは初めて気付いた。本当に知らなかった。
酷いですよう、と言いながらルルクが研究成果とやらを取り出した。紫色の脈動する肉塊……形状は心臓に近い。屍肉の自分が言うのもなんだが、かなり気色悪い。
「悪魔の心臓、と名付けました。自信作です」
「どう見ても魔王トかそうイう“格”だろウこれは」
「じゃあ魔王の心臓にしときましょうか……」
「軌光さん、なんですかあれは」
「見ちゃダメだ! 殺され……死ぬぞ!」
通りすがりの軌光たちの失礼極まりない発言は、この際無視しておこう。というより、エルミュイユ的にもふと見かけたら目を逸らすレベルの見た目だとは思っている。
聞き出して見ると、ルルクの研究分野はエルミュイユと同じく死体研究。そこに神器学を練り込んだ、屍生神器学の研究分野の賜物が、この魔王の心臓らしい。
「最初から神器学を知っテいるアドバンテージをよク活かしているジゃないか。見直したゾ、ルルク」
「へへ……ありがとうございます。それでですね……」
いつの間にか研究者らしくなって、もう魔王の心臓がどういうものなのか説明したくてしょうがない、という様子だ。苦笑する。そんな変なところばかり似なくていいのに。
仕方ないから聞いてやろう。弟子としての成長を見てやるのも、師匠の役目だろう。なんだか微笑ましい気分だ。
「これは、接触と同時に吸収・適応を行う生きた擬似神器の一種である発明です。作成協力は軌光さんのネグレイル」
(俺手伝った覚えねえんだけど……無断……?)
「ちょっと短くなりましたが、まあ些事でしょう」
(どうやって切……え些事……? 結構命に関わるよ?)
エルミュイユからは、絶望の感情を滲ませる軌光の姿がよく見える。最近ちょっと扱いが雑になっている気がする。
それはそうと、もしルルクの言っていることが100%真実だとするならば……大発明だ。それも、世が世ならノーベル賞を四個か五個程度もらってもおかしくないレベルの。
そもそもとして、擬似神器の作成に成功している時点でもうエルミュイユを越えている。神の器、超常の権化。人の手でアレを作ることが出来ているなど、信じ難い。
「そレは……容量は当然、あるンだろうな?」
「いえ。これは、吸収したものを一度破壊、再形成し自身の周囲に纏わせる能力を持っています。これにより、内包しきれない容量のものも、無理やり力として保持出来るんです」
取り込んだものを内部ではなく外部に放出し、自身の一部として纏わせる。つまりはそういうことだろうか。
心臓の形状をしているのはそういうことか。核となる心臓の周囲に、取り込んだものを纏わせて肉体とする。そうすることにより、限界とは関係なしにものを取り込める……
「こんナもの……いつ作っタんだ。なンのたメに」
「隙間時間に、出来そうだったので」
戦慄する。隙間時間に出来そうだから、これを?
エルミュイユがどれだけの時間をかければ、これを作れるだろうか。擬似神器に挑戦したことはない、ということを除いても、異常としか言えない。恐怖すら覚える。
「……ルルク。そレを使う予定はアるか?」
「ありません! 師匠に見せたかっただけなので!」
「そウか……では、ソレはワタシが保管すルとしよう」
ルルクから、魔王の心臓を受け取る。無限に接触したものを取り込む擬似神器……危険などという次元ではない。
今はルルクが機能をオフにしているようだが、一度発動すれば誰にも止められない爆弾と化すだろう。こうして触れることすら不可能になる。とんでもないものを作ってくれたものだ。こんなものを、隙間時間に作るんじゃない。
「しかし……おマえは天才だったンだな」
「いやいやそんな! 僕なんかまだまだですよ!」
「才能だけナらワタシ以上だ。いヤ……或いは実力も」
初めて、心の底から敗北し、認めたのかもしれない。ルルクは天才だ。研究者として……恐らくは、誰も及ばない。
一度たりとも本格的な研究技術を教えたことはない。基礎的なことを教えて、あとは見て盗めとしか言っていない。それだけでこれを作るとは……いや、やめておこう。
これ以上は虚しくなるだけだ。
「おまえがコれなら、そロそろ天道の教育ヲ進めるベきかもしれナいな。あの子モ、研究者向きの頭をしてイる……」
「そうですね……ふふ、教育係は任せてください!」
言わずともそのつもりだ。
子供の出来ないこの体では、天道が思いの外可愛く思える。後継者として、良き研究仲間として……手をつけるか。
……子供、か。
「ルルク……おまえ、子供は欲シいのか?」
ふと浮かんだ言葉をそのまま口に出す。エルミュイユはただ諦めているだけで、欲しくない訳ではない。
そして、なんとかする方法も同時に思い浮かんでいた。子宮の機能を一時的に復活させるか、体外で受精卵を作るか。旧文明では忌避された手段も、この世界では関係ない。
一瞬驚いた様子のルルクも、すぐに首を縦に振った。
「……そうか」
紅茶を啜る。恋人らしいことを何も出来ていない……せめて、二人の愛の結晶でも出来れば変わるのだろうか。
そう思わない時はない。覚悟を決めて、エルミュイユは立ち上がった。




