第百五話 友達
「や〜な気分だぜまったくよォ」
不快感を滲ませながら拠点へと帰ってきた軌光。本物の焔緋軌光が完成したから名乗るな、と言われても……それ以外の名を持っていない。これからどう名乗ろうか。
そんなことを考えていると、ふと拠点入口の前に誰かが立って居るのが見えた。子供……天道か。
(全然喋らねえから苦手なんだよな……)
エルミュイユとは少しだけ喋ったようだが。変に真面目で頑固な性格だ、ということしか分からない……どう接するのが正解なのだろうか。人生経験の少なさが悔やまれる。
いや、分かっているのだ。人と人の交流に、正解も何もないということは。それでもこう、探してしまうというか
「すいませんでした」
最初に口を開いたのは天道だった。
小さな頭をちょこんと下げて、聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量でそう言った。何に対して謝っているのか分からない……無理やりついてきたことだろうか。
「ずっと、あなたのことを……粗暴でがさつで、乱暴者の怖い人だと思っていました。ただの……偏見でした」
「俺は今ので結構傷付いたけどね」
「仲間の……エルミュイユさんたちのことを考え、行動出来る人でした。あなたも……尊敬に値する人でした」
一つ一つ、考えながら喋っているのだろうか。途切れ途切れで、元々別だった言葉を繋ぎ合わせているようだ。どこか他人事のように感じるのは、喋り慣れていないからか。
別にそんなつもりはないのだが……その場での最善を考えただけのことだ。あの時のエルミュイユたちにミュルズと戦うだけの準備はなかったし、ネグレイルの火力が思いのほか高く、単独で殲滅出来ると分かったからそうした。
それだけのことなのだが……ここまで大袈裟に表現されると照れる。悪い気は、全然しないのだが。
「今までの無礼を、失礼を許してください」
「別に怒っちゃいねえがよ」
「そして、その……僕の、友達になってください」
「おっと急展開」
友達。新鮮な響きだ。
まさか謝罪の流れで友達になってくれ、と言われるとは思わなかったが……これまたどういうことだろうか。
「あなたとは……いい友達になれると、思うんです」
「拒否る理由もねえが……なんでそう思うんだよ」
「同じぐらいの頭の良さだと思うので……」
「さてはめちゃくちゃ馬鹿にしてんだろおまえ」
ここまでくると、怒りとかそういったものより先に呆れが来る。ため息を吐きながら苦笑して、天道の頭を撫でた。
ワシワシと、頭を揺らすようにして撫でていると……気が抜けたように、天道は笑った。恐らくエルミュイユも見たことのない、子供らしい、純粋無垢な笑み……
(んだよ。ただのガキじゃねえか)
頭の良さ云々は全力で否定させてもらうが……
確かに。いい友達にはなれそうだ。
――――――
「……天道も、チゃんと成長するンだな」
「素直な子ですから。悪いと思ったら謝りますよ」
拠点内のリビングで紅茶を啜りながら、エルミュイユとルルクが会話する。帰ってくるなり、天道が外で軌光を待つと言って飛び出した時は何事かと思ったが……
彼なりの誠意の表現方法だったのだろう。対等な友達だと言われた軌光も、満更ではなさそうな顔をしている。
「ああそうだ師匠。丁度二人ですし、ちょっといいですか」
「なンだ藪から棒に。いイ研究成果でも得らレたか?」
「いえ……なんというか、これからに関する話です」
ピクリ、と眉根が動く。口を横に結んで、紅茶を置いた。
二度救われた恩義、色々教えてもらった恩義。ルルクの目線から考えれば、エルミュイユについていく理由など所詮この程度のものだ。別れを切り出されてもおかしくない。
元々、雑用係や助手としてしか扱っていない。天道が加わった今、無理について行く必要はないと判断したか。
(二人でないと出来ないとは、そういうことだろうな)
悲しいものだ。しかし、出会いがあれば別れがあるのが人生というもの。彼の選択を尊重し、ここでお別れとしよう。
「そウか……今まで世話にナったな。せめテ軌光に話は」
「え、なんの話です? なんでお別れムードなんです?」
「……違ウのか?」
「違いますよ。僕は師匠大好きっ子ですから」
よくそんなことを恥ずかしげもなく言えるものだ、と心の中で呟く。恐怖の欠如も関係しているのだろうか。
ふと、気付く。お別れ系の話ではないと分かって、自然と口角が上がっている。嬉しいと思っているのか? 別れを悲しいとは思うが……別れずに済むことを、嬉しい、と?
最初は死にかけのガキ。次に会った時も同じようなもの。救ってみれば、いつの間にか一緒にいるのが当たり前になっていた。そんな行きずりの存在と一緒にいられて嬉しいと。
「師匠。僕は……あなたのことを、魅力的な人だと思っています。人として……そして、女性として」
「……そういうことはあまりポンポン言わない方が」
「師匠じゃないと言いません、こんなこと」
ルルクの目は、見たこともないほど真剣だった。
本気なのだ。アメリカにいた時、何度か告白されたことはあるが……果たして、こんな真剣な男はいただろうか。
「僕はあなたを愛しています。エルミュイユ・レヴナント」
今にして思えば、そう。
この瞬間が、【融滅】の運命を決めたのだろう。
 




