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猫にマタタビ

ランチタイムでの邂逅の数日後に行われた定例のお茶会で(今回はバーナード家にて)、わたしは婚約者のイグルスに釘を刺された。


「メル。学園では俺に不必要に近付くな、あまり目立つ行動はするなと言ったよな?」


「でも……あれはハンカチが勝手に飛んで行ってしまったんだものっ……仕方なくない?」


わたしが一応反論すると、イグルスはこれみよがしに大きなため息を吐いた。


「お前、目立つことによって他者から絡まれるケースが増えることをわかってるのか?」


「絡まれる?え、知らない人に?」


「そうだが……それを言ったら学園のほとんどの人間が知らない人になるな?」


「学園中の人に……ヒェェ……」


人見知りのわたしにとって、それは地獄絵図。

なんの罰?なんの苦行?


「それでパニックになって、皆の前で変化(へんげ)したらどうするんだ?」


「にゃっ?そ、それは困るわ……」


「だろ?俺がその場に居ればなんとか収拾するし、変化する前に事前に止められる。でも居ない時はどうする気だ?」


「そ、それは……」


「だから俺は学園に入学するのを反対したんだ。誰もが皆、《《先祖返り》》に理解があるわけじゃないんだぞ」


「だってぇ……わたしも一度は普通の女の子みたいな暮らしがしたかったんだもん……それにイグルスのお嫁さんになるなら(にゃっ♡)、少しは社交性も身に付けないとと思って……」


自分の“体質”を理解しているだけに、通学(それ)のせいで思わぬ窮状(ピンチ)に陥る可能性があると示唆されると何も言い返せなくなってしまうわ……。


しょぼんとする私を見て、イグルスは今度は小さくため息を吐いた。


「メルの人見知りは、猫の属性のによるものだとこの国の筆頭魔術師が言っていただろ?それが明らかになった時点でバーナード家(ウチ)はメルに表立った仕事はさせないと決めたんだ。茶会やパーティーには次期当主夫人として出席して貰うがそれは全て俺が同伴できる時のみだ。後は基本、邸に居ながら出来る仕事だけを…たとえば礼状や時候の挨拶を(したた)めてもらったりとかを任せるつもりだ。我が家には筆頭執事をはじめ、執事が三人いる。家政婦長だっている。だからメルに人前で何か責を負うような務めを課すことはないし、“借りてきた猫”になるような状況には絶対に置かない。したがって無理に社交性を身に付ける必要はないんだ」


ツラツラと言い募るイグルス。

わたしの人見知りを、よく知らない人間に対して抱く本能による警戒心だと理解してくれた上でバーナード家のみんながそう決めてくれたのは嬉しいけど……でも……それじゃあ……


「それじゃああまりにも情けないわ。わたしだってバーナード家の一員になるならみなの役に立ちたいもの」


わたしが不満を口にするとイグルスはボソリと言った。


「メルにはメルにしか出来ないことがあるだろ……」


「え?それはなぁに?」


あ、もしかしてネズミ捕りかしら?

猫の姿に変化(へんげ)したら出来るわね。

猫になれば夜目(やめ)が利くし、屋根裏部屋に入ってネズミを捕まえることも可能だわ。

確かにそれならこの家の、そしてイグルスのお役にたてるかも?


「……ネズミ捕りじゃねぇよ。どこの世界に妻にネズミを捕らせる男がいるんだ」


「やだうふふ。口に出してた?でもネズミ捕りじゃないならイグルスの奥さん(にゃっ♡)としてわたしにしか出来ない事ってなぁに?」


解らないことを率直に訊ねたわたしをなぜかイグルスはジト…と見つめて、


「まぁいい。結婚後に教えてやる」


とぶっきらぼうに言ってお茶を口に含んだ。

え~~キニナルわ~~。

今教えてくれてもいいのに~~。


わたしは心の中でそう思いながら、イグルスに続いてお茶を戴いた。


はぁ……美味し♡

猫舌のわたしに丁度いい温度。

さすがは幼い頃からわたしのことを知ってくれている古参のメイドさんが淹れてくれたお茶だわ。






ある日の放課後。

わたしは正門の所でナンシーと別れて、毎日バーナード家が手配してくれている帰宅するための馬車を待っていた。

時々渋滞に巻き込まれて、馬車の到着が遅れるのよね。

馭者さんも大変。なんだか申し訳ないわ。


今日のお夕食は何かな~。

チキンも好きだけどやっぱりお魚が好きなのよね~♪

ムニエルかな?チキンならソテーかな?フライもいいな♪


と、待っている間に今夜のおかずに思いを馳せていたわたしに、突然()()ルキナ先輩が声を掛けてきた。


「ねぇ、ちょっとあなた」


わたしはギクリとしてルキナ先輩へと視線を向ける。


「ル、ルキナ・フーバー先輩……ご、ごごごきげんよう……」


あぁまた(ども)ってしまったわ。

だって突然声を掛けられて、心構えが出来なかったんだもの……それにしても先輩、何故正門(ここ)に?放課後は執行部の仕事があるのでは?


身構えるわたしを、ルキナ先輩は値踏みするような目で見つめてくる。


「……あなた、確かお名前はメルシア・カーターさんだったわね?あなたのお父様とイグルスのお父様が学友だったとか。それでよくわからない幼い内に婚約が結ばれたんだって、人伝(ひとづて)に聞いたわ」


「そ、そうですけど……それがなにか?」


「ねぇ、あなたがワガママを言って無理やりイグルスの婚約者の座に収まったって本当?」


ま!質問に質問で返すなんてどうかと思うわ!

マナー違反だし失礼だわ!

わたしを見下しているのが言葉と態度に出ているもの!

ウ゛ゥゥ~~ッ……!(威嚇)


でも、幼い頃にわたしから結婚を迫ったのは本当のことなのよね。

それで喜んだ小父さま(イグルスの父)とお父様がノリノリになってトントン拍子に話が進んで婚約が結ばれたのよ……。


そんな調子で内なるわたしは饒舌で忙しかったんだけれど、実際に声に出しては言えないわけで。

目の前で黙ったままでいるわたしにルキナ先輩はため息混じりに言った。


「彼、なんだか可哀想だわ」


「え?か、かわいそう……?イグルスが…ですか……?」


「だって、ものの価値も分別もつかない年齢の時に勝手に伴侶を決められて……しかもそれが親同士が仲がいいからという理由だけであなたみたいな……」


「ど、どういう意味ですか……?」


「おまけにあなた、祖先が魔法生物で先祖返りなんですって?」


また質問に質問を被せてきたわ!

なんて失礼な人なのっ?

フーーッ!シャーーッ!


「それに極度の人見知りで他人と上手くコミュニケーションが取れないって言うじゃない。そんな役立たずな人間が大富豪バーナード家の次期当主夫人?ハッ、ありえないわね」


「で、ででも、イグルスも小父さまも小母さまもバーナード家の執事さん達も家政婦長さんもメイドさんも下男(フットマン)さんたちも料理長も出入りのお魚屋さんもみんなみんな、そんな事気にしなくていいって言ってくれてますっ……!」


「まぁ!あなたソレを真に受けてるの?本当に無能ねぇ。あぁ、無能だから厚顔無恥でいられるのね。私なら婚家の役に立てないなんて耐えられない。彼のために婚約を解消して身を引くわ。もっとバーナード家が繁栄するような良縁を願ってね」


「っ………!」


く、悔しいわっ……!

悔しいから先輩のそのスレンダーなボディを爪研ぎに見立てていいかしら?

バリョバリョとお爪を研いでもいいかしら?


でも……

悔しくてたまらないけど、ルキナ先輩の言っている事は正しい……。


バーナード家の次期当主夫人という立場は、知らない人の前では借りてきた猫になるわたしにとっては猫に小判。

猫の手も借りたいほど忙しい繁忙期にもなんの役にも立たない。

そんなわたしがイグルスに相応しくないなんて、猫も杓子も解っていることだから。


だけど……だけど……


俯いて何も言えないわたしの頭の上から、ルキナ先輩の鼻で笑う声が聞こえた。


「フッ……言い返さないところを見ると、自分でもよくわかってるんじゃない。それなら話は早いわね。あなた、今夜にでも親に婚約者辞退を申し出なさい」


その言葉を耳にして、思わず顔を上げたわたしの目に、冷たく嘲笑うルキナ先輩の顔が飛び込んでくる。


「……でもあなた、なんだか甘ったれてそうだから、自分から婚約解消なんて言い出せないんでしょうね……いいわ。私が手助けしてあげる」


「て、手助け……?」


な、何をするつもりなの……?

不気味な笑みを浮かべるルキナ先輩に、わたしはそら恐ろしさを感じた。


ルキナ先輩はポケットから小瓶を取り出してわたしに告げる。


「学園内で失態を犯して退学や謹慎処分にでもなったら、さすがにバーナード家としてもそんな醜聞を晒した嫁は要らないってなるでしょう?」


「な、なにをっ……する気なんですかっ……?」


わたしが思わず後退ると、ルキナ先輩は嘲笑しながら足を踏み出す。


「怖がらなくてもいいのよ?あなたにとっては()()()()()()()()素敵なものだから」


とそう言って、ルキナ先輩は小瓶の蓋を開けてわたしに向かって中身を振り撒いた。


─────え、コレって……


スンスンスン……コ、コレって……!


わたしが思わず反応を示したのを見届けて、ルキナ先輩は「せいぜい大いに羽目を外して醜態を晒してね♡じゃあ私は生徒会の仕事があるから。イグルスが私を待ってるの」

とそう言ってその場を去って行った。


わたしはすぐに鼻を押さえ息を止めて周囲に満たされた何とも言えない、抗えない芳しい香りを遮断する。


でも最初に思わず吸い込んでしまった香りで……

メロメロになってしまうにゃ~~!


「ふみゃぁぁん!(恍惚)」


ゴロゴロゴロ……!


ルキナ先輩が振りまいたのは、“マタタビ”だった。

そう。猫なら(猫型魔法生物も)誰しもメロメロのゴロゴロになってしまう禁断の植物……!


ふ、ふわふわするぅ~~!

これが魅惑のマタタビ効果なのにゃ~!

ど、どうしよう……辺り構わすゴロニャンしたいにゃん♡

すりすりゴロゴロしたいにゃん♡


頭がムズムズするぅ。

あぁ猫のお耳が出てきちゃう。

お尻がムズムズするぅ。

あぁシッポが出てきちゃう。


え~どうしようかにゃ~

困ったにゃ~

周りの人が驚いた様子でこちらを見てるにゃ~

え~でもとっても心地よいしにゃ~

もういいかにゃ~


と、ルキナ先輩に撒かれたマタタビのせいでわたしが理性を手放そうとしたその時……


「メルシアっ!!」


世界で一番大好きな声がわたしの名前を呼んだ。

そしてその瞬間に大きな体に包み込まれる。


「あ~……イグルスにゃ~~♡」


わたしは大好きなイグルスに会えたのが嬉しくて嬉しくて、

わたしを横抱きに抱き上げたイグルスの首に腕を回して抱きついた。


「ふみゃぁぁん……♡(感激)」




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