ランチタイムの邂逅(メルシア視点)
大変!なぜか突然、わたしのハンカチがイグルスの元に飛んで行ってしまったわ。
ナンシーにグイグイ手を引かれて近づいて行くと、ハンカチを拾ったイグルスにナンシーが声を掛けた。
「すみませぇ~ん!風でハンカチが飛ばされて~!」
と、シレっとした様子でそう言ったナンシーは次にわたしの背中を押す。
「ほらアンタのハンカチでしょ。拾ってくれたバーナード先輩にお礼を言わなきゃ」
「え、え、え、」
イグルスだけなら良いとしても、執行部の皆が見ていると思うと人見知りが発動して緊張してしまうわ。
ほら、手から変な汁が出てきた……。
それでも学園でイグルスの側に近付けたのが嬉しくて、わたしは頑張って頬を染めながら彼に言った。
「あ、ありがとう。……ご、ごめんね?なんかハンカチが急に……」
そんなわたしの視界が急に塞がれたような感じになる。
執行部のメンバーを隠すようにイグルスが立ち塞がったせいね。
でもなぁぜ?わたしに仲間を見られるのが嫌なのかしら。
長身で痩身だけど程よく筋肉質な体格(にゃっ♡)のイグルスにそうやって立たれると、チビなわたしはすっぽりと覆い隠されて前が見えなくなってしまう。
だけどそれは執行部の面々からもわたしが見えないということでもあり、人見知りのわたしにとっては有り難いかも。
拾ったハンカチをわたしに渡しながらイグルスが言う。
「……メルシア、まだこのハンカチを使ってるのか」
歯型の付いたハンカチを受け取りながらわたしは頷いた。
「うん。だってイグルスに貰ったお気に入りのハンカチなんだもん」
そう。このハンカチはわたしの八歳のお誕生日にイグルスにプレゼントしてもらったものなの。
わたしの宝もの。
もしわたしが死んだら、棺の中に必ずこのハンカチも入れてもらうつもり。
そんな大切なハンカチをきゅっと胸元に引き寄せるわたしに、イグルスはジト目を向けた。
(あぁ!ジト目も素敵!その顔を写真に収めたかったわ!)
ゴロゴロゴロゴロ…
「もうボロボロじゃないか。新しいの使えよ」
「え、イヤよぅ。傷んだところはちゃんと繕ってるし、おばあちゃんになっても使い続けるつもりなんだから!」
「はぁ……お前は相変わらずだな」
嘆息しながらイグルスそう言った時、彼の背後から執行部の紅一点であるルキナ先輩がひょっこりと顔を出した。
「イグルス、どうしたの?何か困りごと?」
“イグルス”っ!?ファ、ファーストネーム呼びっ……!
いつからっ?な、なんて図々しいのかしら!
(文句なんて絶対言えないけど)
フーッ!シャーーッ!
内なるわたしが威嚇するのを他所にイグルスがルキナ先輩に答える。
「いや、何でもない。風に飛ばされたハンカチを拾って渡しただけだ」
「そうなのね。まぁ可愛らしい女の子ね、あなた一年生?」
くっ……!同性のわたしでも目が眩むような美スマイルを向けられて、思わずたじろいでしまうわ。
それでもなんとか返事をしたけど、
「は、は、はははいっ……」
と、吃ってしまった。
は、恥ずかしいわっ……!
そんなわたしをルキナ先輩もそして後ろにいる執行部の皆も笑った。
「はははっ!めちゃくちゃ吃ったな!」
「うふふ。やだ私たちが先輩だからって緊張してるの?可愛いわね~」
え?可愛いっ?わたしがっ?
美少女のルキナ先輩にそう言われてしまうとさらにテンパってしまうわ!
「か、かわっ!?かわっかわっ!?」
「あはは!この子面白いわね」
「声が裏返っちゃってるぞ」
「よく見たら顔も可愛いよな」
ルキナ先輩やいつの間にかわたしが見える位置まで移動していた執行部のメンツがわたしのことをとやかく口にすると、それを聞いたイグルスが小さく舌打ちをした。
「メルシア、ハンカチを回収したならさっさと行け」
不機嫌を露わにして言うイグルスにわたしは思わずビクッとしてしまう。
だってイグルスはいつもぶっきらぼうで俺様だけどこんなに怖い顔をわたしに向けないもの。
今のイグルスはなんだか苛立っていて……かなりご機嫌ナナメだわ。
そんなイグルスに笑いを収めたルキナ先輩が軽い調子で言った。
ちょっ……!絶妙な斜め角度具合から見上げるそのあざとさ!
お、恐ろしい……!
「ダメじゃないイグルス~。下級生には優しくしてあげなきゃ~。あなたがそんな言い方だから怖がって吃っちゃってるんじゃないの~?」
「コイツは昔から人見知りなんだよ」
イグルスがルキナ先輩にそう答えると、彼女は首を傾げて不思議そうに訊ねた。
「あら?その言い方じゃまるで前々から彼女を知っているみたね」
「知っているも何も、コイツは俺の婚約者だ」
「………え?婚、約者……?」
イグルスのカミングアウトを聞き、ルキナ先輩の顔色が変わる。
後ろにいる執行部の一人、イグルスの古くからの友人である貴族令息が言った。
「あぁその子が。話には聞いていたがちっとも紹介してくれないからイグルスの妄想かと思っていたぞ」
「妄想とはなんだ」
「もしくは都市伝説?」
「おい」
執行部の仲間であり(彼は二年から執行部入りをしたらしい)友人同士の気の置けない軽口を遮るようにルキナ先輩が言った。
「こ、婚約者が居るなんて聞いてないわよっ……!?」
「訊かれてないからな?話題にも登らなかったし。わざわざ宣伝するように言うわけないだろ」
「そ、そんなっ……」
あからさまに狼狽えるルキナ先輩。
そして零れそうなほど大きな瞳でわたしの全身を凝視する。
後ろの先輩方もわたしがイグルスの婚約者だと知った途端に間近でよく見ようと騒ぎ出したと同時に、イグルスがわたしの両肩を掴んだ。
そして強制的にくるりと回れ右をさせられる。
「メルシア、戻れ。可及的速やかに」
と、言い捨てるようにぶっきらぼうなもの言いでそう告げてわたしの背中を押した。
そして彼自身もすぐにわたしに背を向けて呆然としたままのルキナ先輩や執行部の面々に「ほら俺たちも行くぞ」といって移動を促した。
執行部の先輩たちはイグルスに強引に促されながらもチラチラとわたしを見る。
その度に「見るな」というイグルスの声が聞こえたけど、そんな見てはいけないものみたいに言わなくても……。
でも、でも!学園でイグルスとお話しちゃったもんね♪ふふ♡
ゴロゴロゴロゴロ…
一瞬の邂逅だったけどその余韻に浸るわたしに、側で黙って一部始終を見ていたナンシーがポツリと言った。
「……バーナード先輩ってホント……」
「え?なに?」
「……なんでもない。それよりメルシア、さっきから喉がゴロついてるのわかってる?」
「エッ?ウソッ!?」
イグルスとお話できたことが嬉しくてつい喉を鳴らしてしまっていたみたい。
エンドルフィンが出て心地よいと思っていたわ。
幼い頃に比べて、かなり“習性”を抑えられるようになったのに。
それでもやっぱり感情が昂ると遺伝子が騒ぐのね。
そう、何を隠そう(べつに隠してはいないけど)わたしには魔法生物の血が流れているの。
猫型の高位魔法生物だったご先祖さまが人型に変化して、この世界の人間と結ばれて子を成した。
それが我がカーター家のご先祖さまというわけ。
もう何十代も前のご先祖さまの話なのでお父さまもお祖母さまも、曽祖父さまもみんな普通の人間なんだけど、なぜかわたしだけ先祖返りして生まれてきちゃったの。
理由はよくわからないらしいわ。
でも時折、先祖の血を色濃く受け継いで生まれてくる者がいるらしいから、きっとわたしもその一人だということね。
先祖返りといっても猫の習性を持ってるくらいだし。
……でも感情が昂り過ぎると、猫の姿になっちゃうから気を付けないとね。
その場合は完全に猫化する前に猫耳が出現したりシッポが生えたりするからすぐに対処すれば治まるんだけど。
(意図的にも変化できるけど♪)
わたしの先祖返りのことはもちろん、イグルスもバーナード家の皆さまもご存知よ。
それにわたしと行動を共にすることの多い親友(良い響き♡)のナンシーにも伝えてあるの。
まぁそれ以外の人にはとくに話す必要もないしね。
(あ、もちろん学園側には事前に報告済みよ)
でもまさかナチュラルに喉を鳴らしていたなんて……
知らない人が聞いたらビックリしちゃうものね、気を付けないと!
メルシアの猫化した姿は黒猫だそうニャ