プロローグ 猫ムスメは婚約者が好きすぎる
アルファポリスの規定により短編集へまとめた作品を投稿しています。
五話完結です。
「いぐるちゅたま!めゆとけっこんちて!」
メルシア・カーターとイグルス・バーナドは婚約者同士だ。
しかし今になって思えば、強引に結んだ婚約であった。
父にとっては無二の親友であり、雇用主でもあるイグルスの父親の招待で連れていかれたバーナード家のガーデンパーティー。
そこでメルシア(当時さんしゃい)はイグルス(当時四歳)に一目惚れをした。
そしてパーティーが終わる頃には皆の前で公開プロポーズをしたのだ。
もともと互いの子供が縁付いてくれたらと思っていた父親たちはこれに大いに賛成をし、イグルス本人も嫌だとは言わなかったので(おそらく幼くてわかっていなかった)そのまますんなりと婚約が決まってしまったのだった。
「ふみゃあぁぁ!(歓喜)」
当然、メルシアはそれはもう喜んだ。
嬉しすぎてその後、熱を出して寝込んでしまうほど喜んだ。
「ふみゃあぁぁ……(意識朦朧)」
そしてその喜びは十二年たった今でも続いている。
メルシアは今でも……いや年を重ねる毎に輪をかけてイグルスのことが好きになり、婚約者マニアと称されるほどのイグルス大好き少女である。
が、当のイグルスは豪商バーナード家の次期当主となるべく勉強に武芸にその他の教養にと身につけなければならないものが沢山あり、子供の頃から超多忙を極めていた。
そのため当然メルシアに構っている暇などなかったが、それでも週に一度は婚約者同士らしく二人の時間を過ごした。
(その予定も合わない時は、メルシアは“変化”してこっそりイグルスを覗き見して満足していたものだ)
常に好き好き強火モードのメルシアと、一定火力のイグルス。
そんな二人の感情は目に見えて温度差がある。
だけどメルシアはその温度差をものともせずに、婚約当初から大好きなイグルスに想いを伝え続けた。
「いぐるちゅだいすち!」
「うん」
「いぐるすカッコイイ!」
「おう」
「イグルスのおよめさんになりたい!」
「すでに婚約者じゃないか」
「イグルスが尊い。好きすぎてヤバい……!」
「……尊いってなんだ、ヤバいってなんだ」
「イグルスしか勝たん!」
「……」
まぁ年々火力を増すメルシアの好き好き攻撃に、イグルスは若干引き気味であったような気もするが……。
それでもイグルスはメルシアを婚約者としてそれ相応に対処して…いや面倒を見て…いや飼育をして…いや、それなりに気に掛けてくれていたのだ。
だがメルシアが一年遅れでオリオル王国高等学園に入学してからというもの、イグルスの態度が妙に余所余所しい。
眉目秀麗、文武両道、才気煥発、俺様気質。
イグルスを表す言葉は沢山あれど、彼は学園に入学するなりその優秀さを買われて生徒会執行部入りを果たした。
それでより一層忙しくなったことだけが、メルシアへの態度が変わった理由ではないように思う。
だけど他にどんな理由があるのか、のほほんと生きてきたメルシアには分からない。
ただ、忙しそうにしているイグルスの邪魔をしてはいけない。
それだけはわかるから、メルシアは人知れず隠れて婚約者ウォッチングに精を出し、イグルスを堪能しているのであった。
そんなメルシアが親友のナンシーにウットリとしながら語る。
「今朝ね、定例の朝会議があると聞いていたから生徒会室の入り口が見える物陰からこっそりと覗いていたらね、」
「……メルシー、あなたバーナード先輩の婚約者でしょう?影でコソコソ覗き見なんてしていないで堂々と会いに行けばいいのに」
「え~無理よ~……だってわたし、人見知りしちゃうし特異体質なんだもん。こうやってナンシーという得難い友人が出来たのが本当に奇跡なんだから!入学式の日にわたしに声を掛けてくれてありがとう、ナンシー!」
「それはアンタが私の目の前で派手に転んでパンツが丸見えになったからでしょう。慌てて隠したのがきっかけで話すようになったのよね」
「ナンシーはわたしの初めてのお友達でパンツの恩人だわ!」
「パンツの恩人ってなによ。それに十五歳にもなって初めての友人だなんて」
「だってイグルス以外の、知らない子とあまり接したことがなかったんだもの……」
「でもいくらその特異体質のためにずっと家庭教師と勉強してきたからって。交流会とかお茶会とか、子供同士で絡むような催しもあったでしょうに」
「あったけど、なぜか誰もわたしと仲良くしてくれなかったの。みんななんだかわたしを遠巻きに見るだけで」
「なによそれ、アンタ何かやらかしたの?」
「何もやらかしてないわ?ただイグルスのお手手をずっと握っていただけよ?わたしの体質のことは知らされている子供たちばっかりだったし」
「ふぅ~ん……」
「それより!さっきの話の続きなんだけど、生徒会室から出て来たイグルスを見てまた惚れ直しちゃったの!」
「なんで?どうして?」
「イグルスの前髪がね、1センチ短くなっていたのよ!それがまたあの端正な顔立ちに似合っていて最高だったわ……!」
「1センチ?」
「正確にいえば多分0.9ミリね♪」
「……あっそ」
ナンシーは仲良くなってからというもの毎日聞かされ続けているメルシアの婚約者マニア発言にジト目になりながらそう返した。
その時、中庭でランチをしていたメルシアとナンシーの遥か前方を歩くグループが目に入った。
学園のカースト制度の上位に君臨する華やかな生徒数名。
生徒会執行部の中心メンバーである二年生たちだ。
(三年生はすでに引退して、執行部は二年と一年で運営されている)
見た目も中身も抜群の彼らの中に埋もれることもなく、その類稀なる存在感を放っているイグルス・バーナードがいた。
そしてそんな彼の隣を歩く麗しの美少女がいる。
イグルスと同じ学年で執行部の紅一点、ルキナ・フーバーだ。
彼女もイグルスと同じく一年の入学時から直ぐに生徒会にスカウトされた才媛である。
メルシアは入学以来、常にイグルスの隣を陣取るルキナとそれを気にする様子もなく平然としているイグルスの姿を目の当たりにしてきたのだ。
そして今日も今日とてイグルスと並んで楽しげに歩くルキナ。
彼女が花の顏を向け何やら話しかけると、イグルスもルキナを見て笑みを浮かべて何やら答えている。
「……あ~いいなぁ……わたしもイグルスと同じ学年だったらなぁ~。そうしたらああやって学園でもイグルスと並んで歩けるのにぃ~。それにしてもフーバー先輩って、イグルスに近付き過ぎじゃない?あ!さり気に肩を叩いてボディタッチしたわ!キーーッ」
ポケットからハンカチを取り出して歯噛みしながらイグルスとルキナの姿を遠巻きに眺めるメルシアに、ナンシーが言う。
「メルシア、興奮すると“変化”しちゃうわよ?学年が違ったって婚約者なんだから一緒に歩けばいいじゃない」
「あらダメよ。だってイグルスに執行部の人達と一緒に居る時は側に来るなって言われているんだもん」
「なによソレ。なんか腹立つわね。……でも不可抗力なら仕方ないんじゃない?」
「え?」
何やら意味深な発言をしたナンシーが人差し指でくるりと小さく円を描いたと思った瞬間、
「あっ」
メルシアが「キーッ」と歯噛みしていたハンカチが急に手元を離れ、ひとりでに宙を舞って飛んでいく。
風に煽られているが明確な足取り(ハンカチに足は無いが)でイグルスの方へと向かって行った。
「え、え、えっ……?」
それをおろおろとしながら眺めるメルシアの手を、ナンシーはグイグイ引っ張って歩き出す。
「ほら、いいキッカケが出来たじゃない。堂々と婚約者に話しかけなよ」
「え、え、え、」
言われるがまま、なすがままのメルシアの前には、自身の足元に舞い降りた(物理)ハンカチを拾うイグルスの姿があった。
「ふ、ふみゃあぁぁ……(困惑)」