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はじまり

 レナエステはリューン王国王太子の第四子として生を受けた。


 普通の王族ならば王宮で他の兄弟と一緒に育てられるのであるが、レナエステは『緑の手』として生まれたので王家の古くからの慣習により伯母であるクランズ辺境伯夫人のもとで育ち、もうすぐ10歳の誕生日を迎える。

 


 この世界は一つの国とそこを囲むように存在する四つの大陸によって構成されていて、中央の一つの国をそのまま中央公国、大陸を東西南北に当て嵌めて呼ぶ。大地の恩恵を受け実り豊かな東の大陸、商人の街、世界最大のバザールのある西の大陸、水上移動が発達し流通の要である南の大陸、雪と魔物の厳しい北の大陸、聖なる国中央国だ。

 リューン王国は東の大陸の北端に位置する小国で、国境を越えるとすぐに北の大陸に辿り着く場所にある。

 他の大陸と比べても豊かな国が多い東の大陸の中でも、『緑の手』と呼ばれる『精霊の愛し子』が多く生まれるために、農業をはじめとする生産業が発展していることで有名な国であった。


『精霊の愛し子』は、純粋な人の力のみでは到底成し得ぬ奇跡を紡ぐ者たちの総称である。

  

 ここで言う『精霊』というのは目に見えず実在も証明されていないが世界を司る幾つかの元素や現象、物質などの個としての呼び名だ。

 例えば火の元素を司るものを表現するときに火の精霊と呼んだりする。

 そうして、その精霊たちに語りかけ、奇跡を起こす者たちを精霊に許された者、愛された者とされ、いつしか精霊の愛し子と呼ばれるようになった。

 

 その中で『緑の手』と呼ばれる者たちは、大地に干渉する力を持っていた。

 大地の精霊、植物の精霊に愛された彼らは農作物の生産や土壌改良を得意とし、豊作の一助となるため国の財産として大切にされている。

 大不作の年、緑の手のおかげで集落から餓死するものが出なかったと言うのは誇張ではない話である。

 もちろん人により個人差はあるし、得手不得手はあるが。それでも大地に干渉する力をもつ彼らが居るのといないのでは大きな差がある。

 東の大陸では主な産業が農業などの生産業である国も多く、緑の手の数が国の豊かさを決めると言っても過言ではないほどに重要視されていた。 

 また、東の大陸に緑の手が生まれやすいように、大陸によって精霊の愛し子の在り方もまた異なる。

 漁業が盛んな南の大陸では『水の導き手』が他大陸より比較的生まれやすく、とても重宝される。西の大陸では『炎抱士』が国同士の武力の証明繋がるため、生まれた貴族や騎士の家は栄えると言う。

 他には大陸中を流浪する『風読み』など、さまざまな形で愛し子は存在していた。

  

 自身や周囲に害を及ぼさないよう、精霊の愛し子は幼いうちから大人の愛し子のもとで力の制御方法を教わる。

 リューン王国含め東の大陸に生まれるのははほぼ大地と植物に愛された『緑の手』であるため、民であれば家族や周囲の者から力の使い方を学ぶ。特にリューン王国には小さな集落でもからなず2、3人はいるため、教え手には事欠かない。      

 また、主に力を発揮できるのが農作業であるので、周囲に倣って仕事をしていれば自然と学ぶ者も多かった。制御方法といっても、土や植物の状態を良したり、痩せた土地と肥えた土地を均したり、といったことは成長してから行うものが多く、子どもはもっぱら大地と遊ぶことから始めることから始めることが多い。固まった土をほぐしたり、土地にあった作物を考えたり、どこになにが育っているかを大地に聞いて探したりなど、時に年長者から学び、時に友だちと遊びながら学んでいく。

 一方王族は色々な理由によって幼少からクランズ辺境伯のもとで学ぶことになっていた。

 

 北の大陸との国境を守るクランズ辺境伯領は、その領地を半分の分けた北西側が農地であり、人がほぼ住まない北端の国境付近には何人もの緑の手が施した魔物避けの結界がある。

 王族の精霊の愛し子は民よりも強い力を持つ者が多い。農作業を通して民の仕事を学ぶこともそうであるが、結界の維持も緑の手として生まれた王族の役目の一つであった。そのため、彼らは何代かに一度降嫁や婿入りをして、その身を置くことで国境の結界の維持や幼い緑の手への指導育成を担っていた。

 そして降嫁したのが第二王女アンリエット。レナエステの伯母にあたる女性である。

 彼女自身も幼少期からクランズ領で今の辺境伯と幼馴染として育ち、成人を迎え直ぐに結婚し二児を授かった。現在は結界の維持と辺境伯夫人としての公務に勤しんみつつ緑の手としてレナエステとその姉、自身の長男リュカマエルの指導にあたる女傑である。

 以前レナエステはその目まぐるしい生活に疲れないのかと彼女に聞いた時、それが楽しいのだと笑って少し荒っぽくレナエステの頭を撫でてくれた。そばで聞いていたクランズ辺境伯も、そんな彼女のことも愛しているだと笑っていて、幼いながらにこんな大人になりたいと思ったものだった。

 

 従兄のリュカマエルとは3ヶ月しか歳が離れておらず、姉以外に他に緑の手で歳の近いものもいなかったので学ぶにも遊ぶにも、クランズ領にいる間はほぼずっと一緒だ。

 生まれてからのほぼずっとをクランズ領で過ごしてきたレナエステではあるが、週に一度から一月に数度、王宮に帰る。国王夫妻である祖父母、王太子夫妻である両親をはじめとし、二人の兄と姉が王宮で帰りを待っていてくれて、会えなかった間にあった事を語り合ったり、一緒にご飯を食べるのだ。家族と一緒にいる時間もあり、様子を見に向こうから来てくれることもある。

 あまり会えなくてもとても愛されているということは今までの言葉や態度でわかっていたし、伯母一家を本当の家族のように思っているし、何より、兄妹のようなリュカマエルがずっと隣にいるので寂しいと感じたことはあまりなかった。



  

「おはようレナ!」

「おはよう、リュカ」

「今日は何をして遊ぶ?」


 開口一番、今日の日程を聞く声が響いた。今日は授業が休みの日だったからだ。

 

「とりあえず畑に行くよ。そろそろカブがいい感じ。他の野菜の様子も気になるし、早くいかなくちゃ」

「もー!レナったら畑ばっかり!昨日も一昨日も授業で行ったのに、まだ足りないの!」

「もちろん。今回、すごくいい感じなの。今年1番の出来なはずだから、様子を見に行かなくちゃ」

「そうだけど、…せっかくの休みなのに」

 

 少し拗ねたようにリュカマエルが呟いた。

 

「じゃあ私一人で行くからいいよ」

「行かないとは言ってないでしょ!」

「最初から一緒に行くって言えばよかったのに」


 じゃれあいながら結局二人で畑に向かっていく。

 授業なり自主的になり、畑には連日向かっているが、彼自身、ああは言いつつ畑の様子が気になっていたからだ。

 緑の手である彼らにとって一番近しいのは大地であり、そこに育つ植物でもある。畑とは二人の学び場所でもあり、遊び場所でもあった。

 幼い頃からアンリエット夫人の見守るなか、こうして毎日のように大地に触れ、緑の手をとして成長してきた。

 二人で担当している畑は他の畑より比較的屋敷に近い場所で、子供の足で約20分ほどの場所にある。

 しばらく歩くため、道中に今日の計画を話し合うことにした。


「畑に行ったら後でアム姉さまのところに行こう。午後からイル姉さまがいらっしゃって一緒にプリンを作るから、準備をしなくちゃ」

「イリーシャさまが?」

「そう、イル姉さま、今日は公務がお休みの日なんだって」


 レナエステの3つ離れた実姉であるイリーシャは緑の手であったので、彼女と同じように2年前までクランズ領で一緒に暮らしていた。感知、分析を得意とする彼女はその能力を制御し、思うままに使いこなすことができるようになると王宮に戻り公務を行うようになった。

 クランズ領にいる時も可愛がられていたが、王宮に戻った今でも姉妹仲は良好で、ちょこちょこレナエステの様子を見に来て昔から食べることが大好きな妹のために、リュカマエルの姉のアマリエと一緒に月に数度、お菓子作りをしているのだった。

  レナエステにとってはどちらも幼い頃から大好きな姉たちであるのでイル姉さま、アム姉さまと呼んでいる。

 華やかで勝気な美貌のイリーシャと繊細でおっとりとした雰囲気を持つアマリエは、どちらもが揃うととても目の保養である。


「アム姉さまのプリンもイル姉様のプリンも大好き、今日も1日が楽しみだね」

「ふふ、レナってば本当に食べるの大好きだねえ」

「もちろん。美味しいものを食べられるのは幸せだもの。……この前自分で作れるようになりたいって姉さまたちに言って教えてもらったの。もっと美味しくならないかなってレシピを掛け合わせてみたんだけど、上手くいかなくって。リュカも食べたよね」

「ああ、あれかぁ。普通に美味しいと思ったけどなあ」

「けど納得いかなかったの。だから午後から姉様たちと最高のプリンを作って見せる。できたら一番に食べさせるからね」


 ぎゅ、と拳を握りしめて改めて決意をし、リュカマエルに宣言する。

 姉たちが作った時の味見役はもちろん自分がするが、レナエステが作った時の味見役はリュカマエルであるので。


 二人の作るプリンを思い浮かべる。

イリーシャのプリンは一般のものより少し硬めに作られてて、器から外すと自立する。一口味わえば、そのなめらかさとほろ苦いカラメルの風味にうっとりとする。少し前まではもっとカラメルを甘くしたらいいのに、と思っていたが、あれは苦いからこそプリンの濃厚さが引き立つのだと理解した。そこには調和があったのだ。その時レナエステは自分の成長を実感したと言ってもいい。そのことをイリーシャに言ったらとても笑われてしまったが、大人になるとはカラメルの苦味の調和を理解することなんだと本気で思ったのだ。

 

 アマリエのプリンは器から匙で掬うとふる、ふると僅かに揺れる。見た目から想像できる柔らかさよりも実際のそれはもっとすごい。口に入れる瞬間にはもうとけて無くったってしまったと錯覚するほどふわふわでとろとろだ。オーブンで加熱するイリーシャのものとは違い、彼女のプリンは優しく蒸すのだ。そしてじっくり余熱で火を通す。そうするともう飲み物なんじゃないかと思うようなとろけるプリンが出来上がる。

 しっかり冷やしたそれに生クリームなんて乗せてみたりしたら、本当に意識が飛ぶほど幸せになれる。甘くて柔らかいものは人を幸せにする。


 一方レナエステの作ったプリンは二人の中間のくらいの硬さだった。

どっちのプリンも美味しいから、掛け合わせたらもっと美味しいのではないかと思って作ってみたが、自立はするがぷるんとしすぎており、苦味はあり甘くもあるが調和がとれておらず、食べ進めるうちに少しくどさのようなものを感じたのだ。

 美味しいもの同士を掛け合わせればもっと美味しいものができると思っていたために、中途半端な完成品にとても衝撃を受けた。

 そうして姉たちに相談した結果、二つのレシピをうまく掛け合わせた最高のプリンを作ろうとなったのである。

  

 美味しものは大好きだ。幸せそうに食べるレナエステを見て嬉しそうな顔をする姉たちや家族との時間も大好きだし、レナエステとリュカマエルの作った野菜を食べてもらうことも好きだ。美味しいものを見つければ胸がときめくし、美味しいと言ってもらう想像をするだけで幸せな気持ちになる。

 けれど何よりも、大好きな人たちと一緒にレナエステにとって幸せ(美味しいもの)を分かち合える時間が大好きなのだ。


 もう少しで畑に着くが、待ちきれなくなって歩く速度をあげる。けれど転ばないように足取りはしっかりと。

 前に走って転けてしまい、鼻のてっぺんに土がついてしまっていたのをリュカマエルに揶揄われてしまったからだ。その後直ぐに頬につけてやり、仕返しされ、を繰り返して土まみれになり大人たちに叱られてしまったのを今でも強く覚えていた。

 

「行こう、一仕事した後の甘いものは格別なんだ!前よりもっと美味しく作るからね!」

「うん。楽しみにしてるよ。行こう!」



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