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Lesson6 人は見た目が9割(服装編)

異世界ラブコメです。

よろしくお願いします!

 ヘアカットから数日後、テオ様と私は再び、フィガロの美容院にある一室で向かい合っていた。

 大きな鏡が部屋の一面を覆い、鏡の前にフカフカの絨毯が敷かれ、その脇に応接用のテーブルとソファが置かれている。

 ソファに座る二人の間では、紅茶の入ったカップから薄く湯気が立ち上っている。

 テオ様のヘアセットは整っており、ご尊顔を美しく彩っていた。


「その髪型には慣れましたか?」


「あぁ。仕事が捗る」


 髪型だけでなく眼鏡をつけないことも、テオ様の気分を上げているのは間違いないだろう。

 魔眼がどれだけテオ様の人生を歪めたのかと思うと、振り返って歯痒く感じられた。


「それで今日は何をさせられるんだ?」


「殿下には着せ替え人形になって頂きます」


 用意されていたお茶を一口啜って、私は答えた。


「服装の方も、問題があると?

 これは、でも、王室御用達の職人が作ったものだぞ」


 そう言ってテオ様は、袖を引っ張ってみせる。

 黒に限りなく近いチャコールグレーのロングジャケットをはじめ、テオ様の黒髪に合わせた配色の装いだ。刺繍には落ち着いた色合いの金糸が使われている。確かに布は一級品だし、刺繍も緻密かつ豪華で、王族が纏うに相応しい品だろう。

 けれどやはり、不合格だ。


「勿論、お召になっている衣装は、王族が身に付ける事に関して、不足のない素材で作られています」


「あぁ、着心地も良いぞ」


「ええ。その服を作った仕立屋も職人も存じています。

 彼らの落ち度ではありません。

 状況が良くなかっただけです」


 じっとテオ様の瞳を見つめたことで、テオ様は私の意図に気がついた。

 

「状況……魔眼のことか?」


「はい。魔眼のせいで、職人は殿下に近づくことができませんでした。

 だからこそ、採寸からなされるべき王族の衣類が、既製品で賄われてしまっていることが問題なのです」


「既製品?特注と聞いているが……?」


「勿論、一点ものでしょう。

 ですが、寸法、使われた型紙はどうでしょうか?

 殿下の御身に触れることが叶わなければ、正確な採寸ができず、予想でしかありません。

 平民は既製品を着ることの方が多いですが、今の殿下に既製品では駄目なのです」


「つまり?」


「絶妙に似合っていません」


 そう言われて、もう一度、自分の服装を見て、それからテオ様は不思議そうに尋ねた。


「そう……なのか?」


 服の流行に疎い方には、この微妙な違いを見抜くことは難しいだろう。

 

「職人たちは、流行を取り入れた最先端の衣装にするなどして頑張ってはいますが、殿下は比較的シンプルな装いのほうが、宝石のような瞳が映えてお似合いなんです。

 ですが、シンプルにする場合、きちんと採寸ができていないと、絶望的に似合いません」


 私は、部屋にある鏡の前に殿下を立たせた。

 頭のテッペンからつま先まで、睨めつけるように観察していく。

 やはり、トップスは肩幅と腰回りが大き過ぎるし、ボトムスは、もっと細く足に沿っているのほうがお似合いだし丈も合っていない。


「服に着られているとでも言えば良いでしょうか。

 着こなしているとは思えませんね」


 バッサリと切り捨てると、テオ様が苦笑する。私の物言いにも慣れてきたらしい。


「相変わらず容赦無いな」


「為政者として、ひと目見てソレと分からなければ意味がありませんから。

 今のままでは、せいぜい『王族の人だなあ』くらいの認識止まりですよ。

 畏怖と尊敬、両方集めてこそ、君主足り得るのです」


 畏怖と尊敬。

 その言葉を聞いて、テオ様は、それを飲み込むように繰り返した。

 


 というわけで、私は前回と同じように、フィガロを呼んだ。今日は服飾担当のイールも一緒だ。

 ベストの下に隠された腰つきの艶めかしさから、何人もの御婦人をその後姿だけで陥落させたという強者だ。

 浮名はあるが、仕事ぶりは極めて真面目で、イールは我がスターダスト家やオズモンド様の服飾を担当している。

 なので、王族を担当することに抵抗がない。


 採寸を始めると、イールやフィガロがテオ様に質問しながら、手際よく身体中を確認していく。


「デザインなど、何かご希望はございますか?

 お嬢様からは、おはようからおやすみまで、着る衣装全て、仕立て直すようにと仰せつかっております。

 髪型と同じように、使い勝手の良いものをご希望かと愚考いたしますが」


 フィガロがメモを取りながら、遠巻きに尋ねた。


「儀礼用の衣装も含めてなるべく動きやすいもので頼む。

 刺繍や飾りも最低限が良い。

 それと、寝巻き以外は帯剣できるように、ベルトを何本か準備してくれると助かる」

 

「承知いたしました。

 ベルトと一緒に、手袋も魔獣の革で準備させていただきます」


 必要でしょう?と言いたげにフィガロがニッと笑う。


「あ、あぁ。助かる」


 驚きつつも、採寸のため上裸で動けないテオ様に、イールは感嘆の声を漏らした。


「よく鍛えておられますね。実に素晴らしい。

 殿下に合わせた服を仕立てることができなかった職人は、さぞ残念がるでしょう」


 そんな様子を見ながら、私は薄着のテオ様の上裸に釘付けになった。

 上裸になる必要は無かったのだが、事前にイールと示し合わせたのは内緒だ。


 ――シックスパック!美しい広背筋!キャー!


 よだれを我慢するのも大変である。

 鍛え上げられた腕の筋肉と浮き出る血管に、鼻血が出るのを必死に我慢する。


 ――なんて見事な細マッチョ。素晴らしい!


 冷静を装いつつ、内心は嵐だ。

 

 魔導師は、度々争うことが多く、他国との戦争でも前線に立たされることが多いため、一般兵士と同様に肉体の鍛錬は必須科目だ。

 ゴリマッチョほどの筋肉が無くとも、魔導式による肉体強化があるため、戦争に出る魔導師は兵士に比べれば華奢だが。

 かくいう私も、公爵家の騎士団と共に日々鍛えており、腹筋に縦筋くらいは入っている。

 殿下もオズモンド様に鍛えてもらったと言っていたから、ここまでの美ボディをお持ちなのだろう。

 至高の芸術品と言っても過言ではない。

 私はイールと一瞬目が合い、言葉は無いが視線だけで、この作戦は成功だったと互いを褒め称えた。


「デザインの素案は既にありますので、後は採寸を待つのみでした。

 採寸が終わりましたので、すぐに作業に入ります」


 一通りの採寸を終えると、言うが早いかイールは部屋を後にした。

 上裸のテオ様は置いてけぼりである。

 私は、テオ様のシャツを手に取り、着替えを手伝おうとした。


「な、そんなことしなくて良い。一人でできる」


「ですが……」


「今まではずっと一人でやってきたから。人の手は借りなくても問題ない」


 そう言って、テオ様は私からシャツを取り上げた。

 6歳の頃から、人に頼ることができずに生きる人生というのはどのようなものだろうか。

 私は、少し寂しくなった。


 

 テオ様の着替えが終わったため、今日はお開きでも良かったのだが、少しだけ話がしたいとテオ様に誘われ、その場でお茶をすることになった。

 フィガロが即座にティータイムのセットを準備して下がり、二人だけの空間になる。


「それで、何かご質問がおありですか?」


「いや、今後の予定を聞いておこうかと思って。

 毎回びっくりさせられてはたまらん。早めに知っておいて心構えをと思ってな」


「あぁ。そのことですか。

 前提としては場所の問題があります。

 あまり離宮に人を呼びつけたくないとお考えかと思ったので、毎回、この店でお会いすることにしておりますが、今後はどうなさいますか?」


「まだ、侍女たちや護衛を入れたいとは思っていない。

 だがそうすると客人をもてなすこともできない。

 場所はこのままで良い」


 人を招くのに、離宮は現状適さない状態なのだろう。

 それもそれで問題だと私は感じた。

 話題をもっと掘り下げたほうが良さそうだが、先に問われた内容について答えることにした。

 

「承知いたしました。

 今後の予定と言っても、ほとんどが衣装合わせです。

 次回仮縫い、その後必要に応じて中縫いを挟んで、完成品の試着を予定しております。

 それ以外、立ち居振る舞い、姿勢に関しては、眼鏡を外し、髪型を変えてから自然と堂々とされてきたので、意外とそのお話は不要かなと思っています」


「他には?」


「王太子指名は恐らく、社交シーズンの終わりになるとお父様は予想しています。

 それまでに、社交に参加し、第一王子は健在であると周知しなくてはなりません。

 衣装は私の人脈をフルに使って、超特急で仕上げておりますから、来週のオズモンド殿下が主催するパーティーには間に合うでしょう」


「ちょっと待て。叔父上、パーティーなんてするのか?

 今まで、したこと無かったじゃないか?」


「私たちスターダストが第一王子派につくかもしれないとお話したところ、殿下の披露目の場が必要だろうと、ご提案なさったのです。

 殿下が最も信頼する親族が開く、そこまで規模の大きくないパーティーです。

 とはいえ将軍であるオズモンド様に連なる、有力者ばかりのパーティーですよ」


「最初のまともなパーティーが、そんな狸親父ばかりのパーティーってハードル高すぎじゃないか?」


「そんな狸親父の家のご令嬢たちも来られますから、華やかで楽しいと思います」


「そんな攻撃力の高そうな令嬢が多くても嬉しくない」


「しかし、そこで顔と名を改めて示せば、貴族の派閥は大きく動きます。

 王太子決定に関する議会メンバーのうち、いわゆる浮遊層の方々と第一王子派の方を招待されるそうですから」


 そう言うと、テオ様の耳がピクリと動いた。

 浮遊層は、アルベルト様の平凡な才能にあまり期待していない貴族たちだ。


「初回から正念場だが、勝てば間違いなく大きな一歩になるな」


「えぇ。収穫があるかどうかは雰囲気でしか掴めませんが、パーティー後、すぐに分かるでしょう」


「わかった。叔父上と、一度話をする必要がありそうだ」


「パーティーの前に打ち合わせされると良いかと思います。

 それと、オズモンド様だけでなく、社交の後は人を招いて話す機会も増えるのではないですか?

 この店を利用なさってもよいのですが、ご自身の離宮を使用するのに人手が必要なら、極秘にお貸しできます。

 王宮の人員を使って正妃様やアルベルト様に感づかれたくないというのであれば」


 氷結眼に関する問題が片付いたのであれば、侍女や護衛を招集しても良いはずだ。

 敢えてそうしないのは、なるべく表立って動かないことで、第二王子派が社交を阻止するのを防ぐためだろう。

 

「なんだ。気づいていたのか。

 いつも叔父上は誰もいない僕の離宮に顔を出しているから今回も離宮を使うが。

 まあ、今後のことを考えると、一度人の手を入れて整えたほうがよいか……。

 だが、借りるとしてもかなりの人数が必要だと思うが?

 どちらにしても気付かれるのではないか?」


「それほどの人数は必要ありませんし、オズモンド様が離宮に度々いらっしゃっているのであれば、その付き人にかこつけて送り込めます。

 オズモンド様との打ち合わせのみならず、今後のことを考えて、一度人手を入れることをおすすめします」


「分かった。入城許可証を後で送る」


「ありがとうございます。オズモンド様との打ち合わせについては、こちらからオズモンド様とすり合わせておきます」


 そうやって今後の予定について話していたところ、ノックの音が聞こえると同時にイールが入ってきた。


「殿下!仮縫いいたしますのでもう一度お脱ぎください!」


「え、仮縫い……!?早くないか……?」


「早いですね」

 

 私も思わず驚いた。準備はしていると聞いていたが、下がってから戻ってくるまでで考えても早すぎる。


「お嬢様からは超特急と聞いておりましたから、最速にできる準備は整えておりました。

 さあ!早く!脱いで!」


 かなり怪しい発言に押されつつ、テオ様は再度、仮縫いのために立ち上がった。

 その日は結局夕方になるまで、イールがテオ様を放すことはなかった。

今週はここまでの予定です。頑張れたら続きを書くかも。

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