Lesson5 人は見た目が9割(ヘアカット編)
異世界ラブコメです。
よろしくお願いします!
馬車は王都商業区画にたどり着き、石造りの重厚な店の前で停まった。
「こちらです」
私がそう口にすると、待ち構えていた店員が馬車のドアを開けた。
私はテオドール様の案内人なので、先立って降りようとしたが、テオドール様にやんわりと制止される。
そのままするりと降り立つと、テオドール様はそっと私に手を差し出したので、私は驚いて口を開いた。
「こういう事は、ご存知ないのかと思っていました」
氷結眼のせいで離宮からほとんど出ず、出かけても公爵邸に現れたように、魔導式を駆使して一人で移動していたはずだ。
馬車に乗る習慣が無いのだから、女性をエスコートする作法も知らないはず。
だからこそ、私は驚いた。
「言っただろう。
私の氷結眼が覚醒したのは母が死んだとき。僕が6歳の頃だ。
それまでは王子として礼儀作法も含めて厳しくしつけられていた。
氷結眼の発現後も、座学では折に触れてこういうことも学んでいる」
だから、とテオドール様は続けた。
「お手をどうぞ、レディ?」
こういう令嬢とのやりとりも、ほぼ初めての経験なのだろう。
嬉しそうに笑うテオドール様が、もうなんというか。
――可愛いです!萌えます殿下!
「ありがとうございます、殿下」
人前なので、そんな滾る心を押し殺し、楚々とした令嬢を演じる。
テオドール様の手を取って、私たちは店の中に入った。
通された一室で、紅茶をいただく。
部屋を見渡し、テオドール様が尋ねた。
「この店は……」
「美容院です、殿下」
「びよう、いん」
「母が広めたものの一つです。トータルビューティーサロンというものですね」
「とーたるびゅーてぃーさろん」
「ここは私が行きつけの店です。
私の場合は邸宅に来てもらうことも多いのですが、お店に行くことでしか得られない発見もありますので、しばらく、殿下には通っていただきます」
先程から疑問符を頭いっぱいに浮かべるテオドール様は、更に混乱している。
「通うのか?というか何をするところだここは」
「先程申し上げた通りです。殿下に足りていないのは外見の美しさです。
ここはそれを磨く場所。
一回で終わると思わないでください」
繰り返し、見た目の重要性について口にすると、テオドール様は私に懐疑的な目線を向けた。
「外見の美しさで、為政者の資質が曇って評価されるとでもいうのか?」
「えぇ、その通り。人は見た目が9割ですから」
「なんだそれ」
「母が言っていた言葉です。さる著作から引用したと言っていました。
要するに、殿下が語る内容よりも、殿下の立ち居振る舞い、容姿の方が、殿下の人となりを評価する基準になるということです」
「話す内容よりもか!?」
「話す内容が複雑で専門的であれば尚更に。
見た目に騙されないのも大事なことですが、同時に見た目を軽んじるのもよくありません。
殿下のお立場であれば、将来、政治をわかりやすく民衆に伝える必要があります。
この時、内容と同じくらい、人々は、殿下の立ち居振る舞いをこそ、見て、そして安心したいのです」
「安心させるための、見た目か」
「外見、立ち居振る舞いが粗野で乱雑であれば、人は粗忽者と判断します。みすぼらしい格好であれば、王家の者とは思いません。
勿論、敢えてそうすることで身分を偽ったり、相手の本性を見抜く手段もあります。
けれど今は、殿下が民衆に受け入れられるための見た目を作らなくてはなりません」
そう告げると、テオドール様は悲しげな表情を浮かべた。
「僕の見た目はそんなに駄目なのか……」
「君主となられるのであれば、足りません」
厳しいかもしれないが、テオドール様の外見は根暗と呼ばれても致し方ない容姿だ。
長い前髪と目の形さえわからなくなるような眼鏡は、会話を拒絶しようとする気概を感じる。
また後ろ髪も前髪も、長さがところどころバラバラであり、不自然に見えた。
「失礼ですが、殿下はこれまで御髪をどのように整えてこられたのですか?
侍女さえも、傍に置くことが叶わなったのでしょう?」
「そうだな。氷結眼のせいで、身の回りのことは基本、自分でせざるを得なかった。
食事や必要な物品は、扉越しに準備させていた。
爪や髪は、専用の道具を用意させて、自分で整えていた」
――あぁ。やはり。
「そうなのではないかと、思っておりました」
「何故?」
「御髪の仕上がりが職人の手によるものとは思えません。
切り方がバラバラで揃っておりませんし、似合っておりませんもの。
王族を担当するような職人が、こんな雑な仕事をするはずがありません」
私がバッサリ切り捨てると、テオドール様はガクッと項垂れた。
「君は無意識に人のことを貶すんだな……」
「よく言われます」
「反省してくれ……」
「承知いたしました。ですが、殿下。
今回ばかりはご容赦を。
私を信じて下さい」
反省の色が少しも見えない私に諦めたのか、さっさと続けろと言わんばかりにテオドール様は手を振った。
「はあ、もういい。ではどうしろと」
「本日はまず髪を整えさせて頂きます」
「好きにしろ。任せる」
「承知いたしました」
では、と私は呼び鈴を鳴らした。
するりと入ってきたのはこの店の店長で、私の専属美容師だ。
仕立ての良いワイシャツとベスト、ソレに合わせたパンツスタイルで、貴族を相手取る商人のような出で立ちだった。
「フィガロと申します。
よろしくお願い致します」
名乗った男をテオドール様は怪訝そうに見つめる。
「僕は他人を信用しない。
この場所を訪れたことは、まだあまり、世間に知られたくない。
ここの守秘義務は徹底されているのか?」
「お任せ下さい。
次期王妃と目されるシンシア様の専属で、贔屓にしていただいている当店は、選び抜かれた店員しかおりません。
殿下の事は、その中でも一部の人間にのみ伝達しております。
何を言われずとも、我々は口を閉ざします」
「頼んだ」
「殿下が我が屋敷に来られた時点で、フィガロに連絡を入れておきました。
本日この店内にいるスタッフは、厳選に厳選を重ねた者たちです。
私の手足となって動く者たちですから、ご安心下さい」
「アンタに安心してくれと言われてもな……」
そうボヤくテオドール様をまあまあと宥めながら、フィガロはテオドール様を別室の散髪台に案内した。
「アンタはどこまで聞いている?」
「我々はただ、殿下をよりふさわしいお姿に整えるようにとだけ」
「そうか」
テオドール様は、私の方をチラリと見ながら、フィガロの言葉に頷いた。
私はフィガロにだけ、テオドール様の魔眼について話した。
そうする必要があったからだ。
テオドール様は、魔眼の情報がどこまで漏れているのか気になっているのだろう。
機密事項とする段階を終えたとはいえ、安々と広めて良い情報という訳でもない。
私は敢えて、その点についてはテオドール様にこれ以上問いかけなかった。
別室に移動すると、羽織っていたジャケットを剥がされ、テオドール様は回転する散髪台の上に座らされた。
代わりに真っ白なケープがふわりとかけられる。
鏡越しにフィガロがテオドール様に笑いかけた。
「お嬢様からスタイリングについては伺っております。
殿下から、何か希望はございますか?」
そう言われ、テオドール様は、鏡越しの自分の姿をじっと見つめているようだった。
「もう、前髪で目元を隠す必要が無くなった。
書物が見やすくなるようにしてくれ」
「承知いたしました」
そして、フィガロは傷んだ黒髪にハサミを入れた。
そこからは怒涛だった。
傷んだ髪は必要十分なだけカットされると、テオドール様は洗髪台に連行され、特製トリートメントとシャンプーで至福の洗髪、頭皮マッサージを施された。
途中、寝ていたと思う。
散髪台に戻され、水気を拭き取り、丁寧に梳いて乾かす。
前髪は無くし、ミディアムヘアで2:8のツーブロックに仕上げてもらう。
耳周りと襟足は刈り上げて、もっさり感を排除。
特製のヘアワックスでヘアスタイルを固めれば完成だ。
「これが……僕?」
――テンプレ台詞、いただきました。ごちそうさまです!
内心ガッツポーズを決める。
そしてテオドール様と私は、鏡越しに新しいテオドール様の髪型を眺めた。
全体が重たく、素人が無理やりカットしていた坊っちゃんヘアは、清潔感をもたせつつ、威風堂々とした振る舞いにふさわしい、ツーブロックへと生まれ変わった。
テオドール様の美しい瞳が露わになり、眼鏡と前髪でわからなくなっていたすっと通った鼻筋がくっきりと現れ、顔の輪郭の良さを、髪型がより美しく強調している。
これで髪を掻き上げられなどしたら、ドスケベ過ぎて、私は確実に昇天するだろう。
「やはり、王位を継がれるお方は、このくらい堂々としたお姿でなければなりません。
加えて、殿下の良さを存分に活かすことのできるヘアセットをさせていただきました。
前を向くことができると、自然と気持ちも前を向くことができるものですよ、殿下」
そう言って、私はそっとテオドール様の肩に手を置く。
すると、ムッとしたように反論された。
「僕は別に後ろ向きなんかじゃない」
「初めてお会いした時は、王位はアルベルト様のものだとネガティブな発言をなさっていたではないですか。
あれが後ろ向きでなくて何ですか?」
先程と同様にバッサリと切り捨てると、テオドール様は思いの外、落ち込んでしまった。
「いや……その……その通りだと、思う」
慌ててフォローする。
「私は、殿下に、何も諦めてほしくありませんし、何も諦める必要は無いと思っております」
「さっきも言っていたな」
「私は、殿下のことをまだ良く存じ上げません。
ただ、殿下のこれまでの日々を、戦い続けてきたであろう日々を、私は無駄ではないと思っています。
だからこそ、結果として形にしたいと、そう、思っているんです」
「僕のことをよく知らないのに、よくまあそこまで言えるもんだ」
テオドール様に呆れられて、でも嬉しそうに笑われて、私は昇天しないように、自分の頬を思いっきり叩いた。
「うお!何してるんだ?」
「いえ、ちょっとした精神統一です」
「そ、そうか」
「私は、人を見る目はあるつもりですよ、殿下。
それに殿下、これでプロデュースは終わりじゃありませんから」
「え、まだあるのか?」
「えぇ。通っていただくと言ったでしょう?
一日では中々仕上がりませんから、本日はここまでとさせてください」
「仕方ないな」
「それと、プロデュース中も、社交には参加いただきますから。
そうでなければ王位など望めませんよ?」
「え、パーティーに出席しないといけないのか?」
「遅れを取り戻すチャンスはこの社交シーズンしか無いのですから。
殿下が私の言葉を信じて任せていただけるのであれば、絶対に後悔はさせません」
ぐっと胸を張る私に、なんと返せば良いのかとテオドール様は混乱しているご様子だ。
「ま、まあでも、そうだな。
アンタの言う通りだ。社交が僕の最も不足しているところだからな」
自分の短所に関して自覚的なところは、流石と言えるし、君主として得難いものだ。
そういうテオドール様の姿勢は、臣下として尊敬に値する。
そんなやり取りをしている中で、そろそろ互いに、帰宅する頃合いとなった。
散髪台からテオドール様が立ち上がると、最後に私に声をかけた。
「それでアンタは、いやスターダストは、僕を王太子に推挙するために助力してくれる、ということで良いんだな?」
ここまで色々しておいて今更だが、確かに口に出してはいなかった。
ドレスの裾を持ち、レディーとして最上級の礼を示す。
「私、シンシア・E・スターダストとスターダスト家は、テオドール様への忠誠を誓います」
「そうか、なら、シンシア嬢。今度から僕のことはテオと呼ぶように」
「えっ」
愛称で王族を呼んで良いのは、本当に特別な間柄だけだ。
――それは、私を婚約者に選んでいただいたということ!?
「アンタは今日から、僕の唯一の友人になったからな」
婚約者には慣れなかったが、ニッと不敵に笑うテオドール様、いやテオ様は、大人と子供の狭間でしか見ることの叶わない、美少年の微笑みで、私の頭を見事に吹き飛ばした。
今日はあと1話投稿できると思います。
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