Lesson4 礼を述べる
異世界ラブコメです。
私事で更新が停まっていました。
唇をテオドール様の瞼から離し、じっとそのご尊顔を見つめる。
――顔が良い。
見惚れていて、うっかりしていたが、身体を這う凍結の進行が止まっている。全身を覆いかけていた霜は、それ以上広がることがなかった。
――む。これはもしかして。
「もしかしなくても、上手くいったのでは!?」
と喜びの声を上げると、押し倒されていたテオドール様に、私はグイッと身体を押し返されてしまった。
いつの間にか、テオドール様に施していた拘束の魔導式が解かれている。
そう簡単に解けるものではないので、テオドール様の魔力量の高さ、魔導師としての力量の高さが伺える。
私が感心していると、押し返してきたテオドール様の手のひらがプルプルと震えていることに気がついた。
「殿下?」
「アンタ」
「はい」
なんだろうと小首を傾げる。
「アンタ、何を考えているんだ?
もう少しで死ぬところだったんだぞ?
馬鹿なの?死ぬの?」
テオドール様は、ものすごい剣幕で怒ってくれる。
だが、そんなことより、私はテオドール様の言葉遣いにピンときた。
「殿下!殿下もお母様の小説を読まれているのですね?
お母様の書いたラブコメ小説『ツンツン魔女と僕のデレデレ魔法』に出てくる有名なヒロインの罵倒シーンのセリフではないですか?」
「そんなことはどうでも良い!
なんで、僕なんかのために、命を捨てようとするんだ。
もう、やめてくれ」
テオドール様本気のお怒りに、私も茶化すのを止めた。
「申し訳ございません。ただ、私は殿下に、何も諦めてほしくなかったのです」
シュンとした私の態度に呆れたのか、テオドール様の勢いが急速に萎んでいく。
「だからって、命を賭けるな…バカモノ」
「すみません……」
萎れる私を見て、テオドール様は、困ったように頭をかいてから、照れくさそうに言う。
「だが……その、なんというか……ありがとう」
怒りを鎮め、素直に感謝を述べるテオドール様に、私はホッとして答えた。
「はい」
そこで私は、初めてテオドール様と視線を合わせることができたのだと気がついた。
――先程までと瞳の輝きが少し違う。でも、きれい。
嬉しくて、思わずニヤけてしまうと、目線が合ったことに気がついたテオドール様の顔が、ジワジワと赤く染まっていく。
耳まで赤くなったところで、テオドール様の上に私がまたがっている姿勢になっていることに気づき、テオドール様は一瞬のうちに抜け出して、私から距離を取った。
「嫁入り前の娘が、男に馬乗りになるなんて、はしたないぞ!」
「確かに……。
まあでも、もう婚約破棄を一度受けた身ですので、どうにでもなれ、と思っていますから気にしませんよ?」
「僕が気にするんだ!」
そうやって慌てながらも、テオドール様の口元には徐々に喜びの色が広がっていた。
私から視線を外し、光の差す窓の方に顔を向けた。
窓の先の木々を眺め、変化がないことを確認すると、窓に駆け寄って空高く舞う鳥達をじっと観察する。
地面に視線を移し、川の底や花々を睨みつけ、それから、振り返って私を見た。
テオドール様に見つめられても、私の身体には何一つ変化がない。どころか、先程張り付いてしまった霜が、パラリと落ちて崩れていく。
ソレを見て、大きく見開き、先程とは違う新しい光を宿すテオドール様の瞳は、ユラユラと揺れている。
――やっと殿下は、皆と同じ風景を手にすることができたのですね。
殿下の表情が、その時、堪らなく、愛おしく思えた。
そして私は、落ちていた眼鏡を拾って、丁寧に畳んで、うやうやしくテオドール様に差し出した。
「テオドール様、おめでとうございます。
これで、望む道に一歩、進めたのではないですか?」
笑いかける私を、テオドール様はじっと見つめ、そして、私の手から眼鏡を受け取って胸ポケットに仕舞った。
「そう、かもしれないな」
「ええ、大きな一歩です」
そして不意に遠い目をした後、私に向き直ってテオドール様は尋ねた。
「シンシア嬢、1つ聞きたいことがある」
「なんでしょうか?」
「アンタの目的を教えてほしい」
「それは、以前にお伝えした通り、殿下をプロデュースしたいと」
「それは僕に会って決めたことだろう?
僕に会おうと思ったのは何故だ。スターダストは何を考えている?
弟との婚約破棄と関連があるのだろう?
僕の問題が片付いたんだ。
説明してもらうぞ」
「逆にお尋ねしますが、どうしてその仔細を聞かずに私の提案に乗ったのですか?」
「驚きこそすれ、僕の氷結眼を恐れずに、アンタが対話してくれたからだ。
それに、仔細を聞いてから判断するには、僕の氷結眼は危険すぎた。
腰を据えて、僕は人と対話することができなかったから。
だが、もうその心配もないからな。
さあ、聞かせてもらうぞ」
有無を言わさぬ口調に、私は、立ち上がって、はぐらかさず伝えることにした。
「我が家は、そして私は、婚約破棄に関わる一連の出来事から、アルベルト第二王子派を離反しました。
アルベルト様は国王の器足り得ぬと判断したのです。
ただ、対立候補であるテオドール様は、離宮に引きこもってほとんど社交をされない方。
得られる情報があまりに少なかった。
また、四大公爵家の一人娘が今後嫁ぐとすれば、嫁ぎ先は家格から言えば王家の方、つまりはテオドール様しかおられませんでした。
父としても私としても、君主として夫として、テオドール様が仕えていくに足る人物か見極める必要があったんです」
「まあ、そんなことだろうとは思っていたが……。
それで、僕はスターダストのお眼鏡にかなったのか?」
美しい顔に見つめられ、全然大丈夫ですと叫びたくなる気持ちを抑え、私は、本心を伝えた。
「父は……まだわかりません。
ただ、私に関しては……不合格です」
「はぁ!?
アンタ、僕に惚れただのなんだの言ったくせに……」
私の予想外の回答に、テオドール様は愕然としている。
「話を聞いて下さい。
テオドール様の人柄は少し分かりました。
政務や武術などの能力面についてはオズモンド様からある程度お話を聞いております。
いずれもまだ調べ足りないところですが、それよりもまず、殿下には君主としてまだ不足している部分があります」
「それは……?」
テオドール様の瞳に不安の色が滲んだ。
そこで私は、ビシッと言ってやった。
「見た目と演出力です!!!」
それを聞いて、案の定、テオドール様はポカンとしている。
「は、はあ……」
「あ、馬鹿にしているでしょう?」
「そんなつもりはないが……。
ただ、見た目に関しては、関係ないんじゃないか?
結局は、仕事ができるかどうかだろう?
国王の父上だって、ただの中年男性だぞ」
「私が言っているのは、一般的な美醜も含めつつ、もっと全般的な話です」
「全般的な……?」
「百聞は一見に如かず。
今から早速行動を開始します。
取り敢えず、我が家の馬車に乗りましょう」
スクッと立ち上がって、テオドール様の腕を掴むと、私はその腕をグイグイ引っ張って外へと連れ出した。
「どこへ連れて行く気だ?」
「行けば分かります」
私事がバタバタしているので、毎週土曜日にいくつかまとめて放流できたらと思っています。
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