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Lesson2 解決策を提示する

異世界ラブコメです。

よろしくお願いします!

「良いこと、シンシア」

 

 青白い肌、痩せほそった体、しかし眼光は鋭く、見るものを逃さない強い眼差し。

 お母様はベッドで休んでいた体を起こし、細い腕で私を抱き止めながら、こう言った。

 

「この先、道行きに迷ったとき、挫けそうになったとき、私から送る言葉はただ一つ。

 『愛情・努力・勝利』よ。

 強く生きなさい。誰かに邪魔される人生なら、蹴散らしなさい。蹴散らすために努力しなさい。

 そして、手に入れた大切なものを心から慈しみなさい。あなたはそれができる人。

 そして、あなたが自分の人生は幸福だと思たら、それは勝利です。

 私の幸せは、あなたが幸せになること。

 どうかそれを忘れないで」


 病で弱った身体なのに、瞳は貪欲に輝いている。


「お母様。

 なんだか、えーっと、そう、お母様がよくお話くださる『スポ根』のような台詞が聞こえたような気がしましたが……。

 でも、わかりました。私、強く生きます。

 自分のやりたいことを貫き通すための努力、根性はお母様から教わりました。

 必ず私自身が幸せになって、お母様のことも幸せにしてみせます」

 

 私の、半分理解できて、半分よくわからないけれど、取り敢えずがんばります、の宣言にお母様は微笑んだ。


「私はこの世界に来て幸福です。あなたという子を授かれたこと、あの人と出会えたこと。

 何の憂いも後悔もない。だから、どうか、シンシア。あなたも幸せに」

 

「はい」

 

 これが、お母様との最後の記憶。

 私が貴族学校に入学する一年前。

 私が十五歳の時に、お母様は病でこの世を去った。

 お母様は物知りで、時に変なことをよく口走ったが、この国にいくつもの産業革命を起こし、『黄金の女神』と呼ばれていた。

 そのため、お母様の死は、この国に深い悲しみをもたらした。

 同様に、私と父も長い長い暗闇の淵で、一年、喪に服すこととなった。

 

 スターダスト公爵家長女、シンシア・E・スターダスト。それが私の名前。

 母、エスメラルダと父、アランの恋物語を聞いて育てられた私は、この世界の隣に、行き来することもできないけれど、別の世界が広がっていることを知っている。

 お母様の魂はそこからやってきたのだという。

 お母様は、前世の知識を使って、この国を大きく前進させた。

 一方で、お母様は自分の死期を知っており、避けられぬ運命だと言っていた。

 だから、お母様はその生涯を、強く、気高く生きた。

 そして私に多くのことを伝えてくれた。

 お母様の前世での知識や技術。

 特に精神論では、偉人の物語、御伽噺を基に、何が重要かよく語っていた。

 お母様が好んだのは「スポーツもの」という、スポーツを通して若い男子たちが友情を深め、熱い思いで努力を重ね、勝利を掴んでいく物語。特にその友情がたまらん。と時々変なことを言っていたけれど。

 お母様からしてみると、この世界は剣と魔法の世界で、前世の世界では不可能な技術もたくさんある。

 一方、前世の世界より色々と遅れている制度や技術が沢山あるのだそうだ。

 お父様とお母様は、それが世のため、人のために役立つならと、機を伺って少しずつ、前世の知識を私たちの国にもたらしてくれた。

 貴族学校に私が入学してからも、母が作成したスターダスト家の秘伝書を、少しずつ父が紐解いている。



 母は夢見がちな現実主義者だった。私にはよく、こう言っていた。

 

「シンシア。私たちは残念ながら面食いよ。でもね、そこでぐっと堪えるの。

 顔だけが全てではないと。その人を構成する全てを見なさい。

 言葉を尽くして、行動を尽くして、その人がどんな人間なのか、見究めるのです。

 イケメンが真のイケメンかは顔で決めるものではありません。

 あなたは心に真のイケメンを持ちなさい。

 あなたがイケメンじゃないと、理想のイケメンを発掘することはできないの」


 時々、謎の理論と謎の言葉を発するため、意味がわからないところもあったが、意気込みだけはよく理解できた。


「お母様、私、流石に政略結婚すると思うのですが、そこのところはいかが致しましょう」

 

「ラッキーなことに、小国ながら我が国は潤沢な観光資源、技術資源、貿易の要所であり、平和な国です。

 そして我が国の四大公爵家が筆頭、スターダスト家の長女であるあなたは、どこかに輿入れするか、婿をとるかの二択。

 いずれにしたってスターダスト家との繋がりを求めて、皆が寄ってきます。権力の面で見れば選び放題です」

 

「なるほど。では、寄ってきた中から選べということですね」

 

「そうとは言わないわ。あなたが、選ぶと同時に選んでもらわなければ。

 それから、私たちはただ好きなだけで結ばれることは叶わない。

 どうしたって国益を優先すべきこともある。

 言ってることは矛盾してるかもしれないけど、でもその可能性も孕んでいることを、常に覚えておきなさい」

 

「お母様がもし、私の立場で、自分の気持ちより国益を優先せざるを得ない状況になったら、国益を優先させるのですか」

 

「そうね。でも国益と自分の気持ちを一つのものとできる可能性はないか、努力していくことを諦めないと思う。

 少なくともその努力を続けることが大事かしら」

 

「一つのものとする?」

 

「いずれ、それを深く考える日が来るわ」

 

 

 母の死後、私は、一年、父と共に悲しみの中で時を過ごしながら、お母様の教えを守ろうと懸命に努力を続けた。

 淑女として、公爵令嬢として、身分ある殿方と結婚することが仕事である私は、それが国にとって最大の利益となるために、さまざまな知識・マナー・体術、そして魔導式を必死に勉強した。

 悲しくても、それを怠るのはお母様の教えに背く行為だ。

 負けるものかと必死に努力した。

 そして貴族学校に入学する直前。父から一つ、提案を受けた。

 この国の第二王子と婚約する気はあるかと。


 王太子の指名をかけて、貴族たちは主に第一王子派と第二王子派に分かれていた。

 だが、目立つ動きのない第一王子より第二王子の方に勢力は傾いており、貴族学校でも、第二王子の婚約者の座を狙う争いが、水面下で勃発しているという情報があった。

 余計な争いは内乱の元になる。四大公爵家としても、王太子選びとそれに伴う婚約者争いは、悩みの種であった。

 そこでお鉢が回ってきたのが私ということだった。

 私が第二王子の婚約者になれば、権力の階層上、まず、歯向かってくる者はいないだろう。

 ただ一方で、スターダスト家は第二王子につくと宣言してしまうのと同義になる。

 これまで、沈黙を守ってきたスターダスト公爵が動いた。

 私が第二王子の婚約者になることが国にとって最大の利益になると、父は判断したということになる。

 これにより、4つの公爵家のうち、第二王子の親類であるエイボン公爵家とスターダスト公爵家が第二王子派となり、第二王子の派閥は盤石のものとなった。

 そして私は将来の王妃となることが確約されたようなものだ。

 

 面食いの私は、社交シーズンに度々見かける第二王子の顔を頭に浮かべ、顔だけ見ればまあ悪くない。と思った。

 巷でイケメンと言われているだけのことはある。

 けれど、何というかこう、哀愁というか、薄幸の美少年の方が好みの私としては、どうにも太陽みたいな笑顔は尻込みしてしまう。

 でも、これが母の言っていた、国益と気持ちが一つになっていくことなんだろうと思って、ぐっと飲み込んだ。

 大体中身もよくわかっていない男性を決めつけるのはよくない。

 これから知って行けば良い話だ。

 だから、迷いはなかった。これが私の選択だと。


「第二王子、アルベルト様との婚約を受け入れます」

 

 

 そして入学式前日、私はアルベルト第二王子と顔合わせになった。

 王宮の一角、静かな庭園の中にひっそりと佇むテラス。

 心の中で発光王子と勝手に名づけていたが、久しぶりの対面ではやっぱり発光する勢いで輝く笑顔を見せてきた。

 

「アルベルトだ。よろしく頼む。

 公爵家の君とは同世代だったから、いつかこうなる気はしていたんだ。

 君のような素敵な女性が婚約者になってくれて嬉しいよ」


「よろしくお願いいたします、アルベルト様。

 このような名誉に預かり、大変恐縮です」


「かしこまらなくて良い。このままいけば夫婦となる関係だ。

 学校では先輩と後輩だが、わからないことはなんでも聞いてくれ。

 頼れる存在になれると嬉しい」


 一つ年上のアルベルト様はそう言って、華やかで優しい笑顔を向けた。嫌な要素は一つもない。

 この王子ならば、国を背負って立てるだろう。

 第一王子のことはわからないが、私はそう思った。

 お父様がそう考えたのならば、きっと間違いはないはずだ。

 この時はそう思っていた。

 

 

「シンシア、優秀であれ、と言ったが、暴力的であれ、とは一言も言っていない。

 魔導式の行使で人が傷ついているのを見て、何とも思わないのか?

 慈悲の心はないのか?

 それでも次期王妃の自覚があるのか?

 護衛に任せれば良い仕事をお前が率先してやる必要はない」

 

 憂いに満ち、どこか失望しているようにも見える表情で、アルベルト様は私を見ていた。

 

 婚約して半年も過ぎたころ、街を二人で散策した日のことだった。

 お忍びデートというやつだった。

 勿論、少し離れた場所に護衛がついている。

 

 我が国では、貴族も市街を歩くことは日常茶飯事だった。

 准貴族のような立ち位置の高級取りの商人たちが、外国からも含めて店を多く構えており、店の雰囲気も含めて楽しむという目的で、貴族たちは時折店にやってくるのだ。

 そして、並んで歩いて、店、街を楽しむということが、優雅な遊びの一つとして考えられていた。

 元々は先々代の王妃が、公共事業として街の景観をより美しくするために行った緑化事業や建築物の改築などが、平民だけでなく、貴族たちにも好評だったことが始まりらしい。

 

 下位貴族の街歩きを装っている二人のそばを、一人の男が横切った。

 ぶつかりそうになって私が避けようとした瞬間、男は私のハンドバッグを勢いよく掴み、私を振り払って、走り出した。

 そしてあっという間に群衆の間を駆け抜けた。

 並の人間が出せる速度では無い。

 加速術式と呼ばれる魔導式をあらかじめ展開し、バッグを奪った瞬間に発動したのだろう。

 アルベルト様は何が起こったのか分からず、呆然としていた。

 一般的な危機感しか持っていないのはこの人の欠点だった。王族としては、やや慎重さに欠。

 私はアルベルト様と組んでいた腕をするりと抜いて、男が走っていった方角を見据えた。

 

「アルベルト様、追いかけます。少々お側を離れます」


「へっ⁉︎あ、シンシア?」


 言うが早いか、私も群衆の間を駆け抜けた。

 白昼、人混みの中で使える魔導式は少ない。

 加速術式を使う相手はぐんぐんと離れていく。

 人混みに紛れて姿は見えないが、魔力の気配が遠ざかっていくのを検知する。


 ――加速より、早く、捕まえるためには。

 

「詠唱破棄。跳躍術式、展開。到達座標調整……完了。衣類の相対位置、固定。術式起動」

 

 言葉と共に胸元のペンダントが光り、呼応するように足元に薄紫色の魔導式が広がる。

 初めてできた時、お母様はとても喜んでくれた。


『きゃー!魔法少女よ!魔法陣よ!うちの可愛いシンシアが魔法少女になったわ!

 この日のために開発したカメラ虫が火を噴くわ!』


 そんなことを思って、少し笑ってしまったが、私はすぐに気を取り直した。

 両脚に細かく光る薄紫色の魔導式が輝きを増し、私は勢いよく踏み切った。

 タンっと軽やかな足取り、だが、一気に四階建ての建物を越えるほどに飛び上がる。

 空中での一瞬の停滞の間に、魔力の痕跡を辿って、盗人の居場所を見つける。路地裏に入るのが分かった。

 

「見つけた」

 

 そのまま、近くの建物の屋上に降り立つ。盗人の周囲に人の気配がないことを探知する。

 

「カバン自体はアルベルト様の贈り物だけど、中に入っているのはハンカチくらいだし」

 

 ペンダントを槍型の杖に展開する。魔力を集中させるときにはこの方法が一番良い。


 「照準……固定。振動術式、展開、完了」

 

 魔力は一点に凝縮し、ふっと息をつくのと同時に射出。

 盗人のいる方へ弧を描いて放たれた。

 一瞬の間を置き、衝撃音が響く。

 

 跳躍術式は保持したままなので、そのまま、建物上をポンポンと飛び跳ねて、盗人のいる路地裏にたどり着いた。

 

「よいしょっと」

 

 霧散した魔力がたち消えていくと、のびた盗人が倒れていた。

 転がるカバンを回収する。

 ツンツンと男をつついてみるが、起きる気配がない。

 脳震盪を起こしたせいだろうか。

 やれどうしたものかと、とりあえず、拘束でもしようかと考えていた時、護衛の方々が走ってきた。


「シンシア様!」


「みなさん。ご苦労様です。盗人はこの方のようですので、しょっぴいてもらっても良いですか?」


「は、はあ」


 そうやって護衛の方が盗人を運ぼうとガサゴソやっていると、遅れてアルベルト様がやってきた。勿論、護衛付きで。

 

 そして、先ほどの言葉に戻る。

 盗人をツンツンしていた私を見て、アルベルト様は悲しそうに呟いた。


「振動術式ですので、殺傷性は極めて低いです。

 分子レベルにまで働きかける術式ではありませんから、分解するような失敗はいたしておりません」

 

 盗人程度で人殺しをするなんてありえない。

 殺人は我が国においても当然重罪だ。意味なく人を殺して良い訳がない。

 そう言ったことをしないために魔導式を正しく学ぶのが貴族の義務なのだ。

 だから、盗人といえど民を傷つけるなんて真似はしない。きちんとそう伝えたつもりだったが、アルベルト様は眉を顰めた。

 

「そこが一番の問題ではない。盗人を捕まえるのは我々の仕事ではない。

 少なくとも、護衛や軍の仕事だ。

 スカートをはためかせて跳躍術式を展開するなんて、はしたないにも程がある。

 それに貴族らしい振る舞いとはとてもいえない。

 僕の妻となる自覚があるなら、もう少し淑女らしく振る舞ってくれないと」


「スカートのことなら問題ありません。

 跳躍前に、固定術式をかけました。

 盗人は加速術式を展開していて、護衛の方でも見失う可能性が高く、一番最初に反応できた私が適任だと判断したまでです。

 今後も罪を重ねる可能性がある以上、民の財産を守るため、盗人を捕まえるのも貴族の義務かと」

 

 淑女らしい振る舞いは常に心がけている。それが私の義務なのだから。

 このくらいの弁明で許してくれるだろう。

 そういえば、アルベルト様の言葉に反駁したの、婚約してからこれが初めてだったと気がついた。

 私の反駁を聞いたアルベルト様は固まっていた。

 私を、まるで初めて出会った珍妙な動物みたいな目で見ている。そんな気がした。


「君は……そうか。君はそう言うやつだったんだな」


「はい?」


 ハキハキとした物言いが印象的なアルベルト様が、初めて聞き取れないような小さな声で何か発言したような気がした。

 思わず聞き返すと、

 

「いや、なんでもない」

 

 と俯き加減にアルベルト様は呟き、

 

「今日は、少し疲れただろう。早めに切り上げて、お互い、家で休むとしようか」

 

 そう言って、私の返事も待たずに去っていった。エスコートもせずに、だ。

 誰に対しても優しく、朗らかなアルベルト様。

 彼が初めて私に見せた、優しくない瞬間だった。

 

 その日から、何かが変わった気がする。

 好きになろうと努力していたつもりだったけれど、アルベルト様には伝わっていなかったようだ。

 学年が違うのもあって、毎日顔を合わせていた訳ではなかったが、日に日に会う回数、時間が減り、ついには全くと言って良いほど、交流がなくなっていった。

 それと時を同じくして、ある噂を耳にするようになった。

 正確には、側仕えのナタリアが収集してきた情報として。

 

「破天荒な公爵令嬢に嫌気が刺したアルベルト第二王子が、新たなる婚約者としてミランダ・スー伯爵令嬢を迎えるらしい」

 

 ミランダ様は、スー伯爵家の長女であり、アルベルト様と同級生に当たる。

 穏やかな気性と見るものを惹きつける美しいストロベリーブロンドの髪、ピンクの瞳は、家門の爵位など関係なく、我が国の至宝とまで言われていた。

 

「シンシア様。よろしいのですか。

 婚約者として、一言諫言すべきなのでは」

 

 ナタリアは苦々しい口調で私に言った。


「そうね。本来なら言うべきところなのかもしれないけど。

 でも、最近、アルベルト様が遠くなったのも、新しい恋人が原因なら近々婚約破棄となるでしょう。

 おそらく社交シーズンの時に。なら、別に申し上げる必要はないわ」

 

「それでよろしいのですか?国益のためと婚約を結ばれたのに」


「確かに、家門の位は私の方が上だけど、淑女教育はきっと彼女の方がしっかり受けているわ。

 噂にもある通り、私はいささか常識に欠ける、破天荒な令嬢なのだし」

 

 公爵邸の私室で、ナタリアが用意してくれたアールグレイに口をつけていると、ナタリアが憤慨して、猛抗議してきた。

 

「シンシア様が破天荒と呼ばれるのは、魔導師としてこの齢で破格の能力をお持ちなせいです。

 ご令嬢として、淑女として申し分ない立ち居振る舞い。

 王妃となって外交をお勤めになってもご活躍されること間違いなしの、秀才。

 何より、白磁の肌にシルバーブロンドの美しい髪、アメジストよりも深い瞳、お母様譲りの美しい(かんばせ)

 どれをとっても、何一つミランダ様に負けてません!」

 

「お願いだからそんな風に言わないで。恥ずかしいから……」

 

 ナタリアは私のことになると、時々妙にヒートアップすることがある。視線が怖いことも。


「アルベルト様は一体、何がご不満だと言うのですか。

 シンシア様もですよ!

 どうしてアルベルト様に不満をぶつけないのですか!

 乗り換えるにしても、筋ってものがあるでしょう!」

 

「こういうことになって、改めて考えると、私は彼のこと、やっぱりそんなに好きじゃなかったのよね。顔も、性格も」

 

 強盗事件の後も私はアルベルト様に態度を変えなかった。

 自分が正しいと思ったことは必ず伝えたし、国王と王妃になるのであればと、対等であろうとした。

 現国王夫妻と同じように。

 彼からしてみれば、それが不満だったのだろう。

 燦然と輝くアルベルト様は周囲を惹きつけてやまないが、その実、少し傲慢さがある。

 それを幼さで片付けるには、少しだけ度が過ぎているほどに。

 それを表に出さないよう、周囲の側近たちは気を配っていたし、彼に大きな権限が与えられているのは精々で学校内だけ。

 国中にその傲慢さが伝わっているわけでは無いし、学校内での評判も案外と悪くなかった。

 しかし、それは、彼の醸し出すカリスマ性に対してだけで、行事での実務能力が優れているとか、何か特筆すべき能力があって敬愛されているとか、そういう事は何一つ無かった。

 とはいえ、その謎のカリスマ性で人を動かす事には長けており、それももまた才能だと、周囲は思っている。

 入学して半年、彼の婚約者として、アル様の動向を見ていた。

 もはや魅了に近い外面で皆を動かしているのは明白だった。

 実務をまるでやらない、演説力だけの男。中身は無い。だけれど人を惹きつける。中身を育てようと、諫言は何度かした。最初こそ困ったような笑顔で答えていたが、今では、聞く耳も持たない。

 それで、新しい恋人騒ぎ。

 アル様から切り離しに来ているとしか考えられない。

 これ以上言っても無駄だろう。

 

「ナタリア。私、婚約破棄を受け入れようと思っているの」


「そんな!」


「国のために何が、最善か、今一度考える時なのよ」


 

 だからこそ、国王夫妻も不在の場で、アル様が婚約破棄を宣言したことには驚き呆れたのだった。

 いくらなんでも、その言葉を承認してくれる人もいないのに、何故、こんな非公式の場で婚約破棄など宣言したのだろう。

 

 そんな風に、ぼんやりとアル様に捨てられるまでの事を思い返していると、目の前の人物に声をかけられた。


「シンシア嬢、聞いているのか?」


「ふぇ!?あ、はい。スミマセン」


「君から提案してきたことだろう?僕の問題点を抽出すると同時に、氷結眼のコントロール方法を探ると。

 検討はついているのか?」


 苛立つテオドール様は、髪型と眼鏡と、服装の丈の合わなさが非常に残念だが、やはり原石だと私は感じた。

 憂いを帯びる空気、眼鏡の奥に潜む麗しい瞳。


 ――あまねく要素がもったいなさすぎです!


 と、また思考が飛びそうになったので、気合を入れ直した。

 

 ボレアス公爵邸での邂逅の後、私はテオドール様を我が家に招待した。

 テオドール様が、王太子に指名されるためには、氷結眼、それに付随する諸問題を解決する必要があるからだ。

 

 そして、ボレアス公爵邸でのパーティーの翌日、テオドール様が跳躍術式で我が家の目の前に現れた時は、ビビった。

 

 ――馬車とかで普通来ませんか?

 

 側近も伴わずいらっしゃったことに私は驚いたが、よく考えれば、側近や馬車などが、テオドール様の傍にいられるはずがないのだ。


 氷結眼のせいで。

 

 逆に、これさえなんとかなれば、こちらの手で、ヘアセットし放題、眼鏡を外させ放題、服をいじり放題などなど。

 とにかく、好きに推しをプロデュースできる。

 

 怪訝な様子で、けれど、私を傷つけないように視線をそらす殿下に、ちょっとだけ面白さを感じながら、私は自信たっぷりに答えた。


「大丈夫です!

 大事な答えはきっと、お母様の書庫にあります!」

できるだけ隔日連載の予定です。

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