前編
(公開当日に今後の設定変更のため非公開設定にしております)
どうぞ軽い気持ちでお読みいただけると幸いです。
よくある婚約破棄令嬢のテンプレとは大分展開が異なりますのでご注意ください。
「君との婚約は破棄する……!」
屋敷の大広間で侯爵ラファエル・ベルトランの声が響き渡った。何が起こったのか分からず、呆然としたままルイーズ・ドゼーはその場に立ち尽くした。
「え……今何とおっしゃいましたの?」
「君との婚約を破棄すると申したのだ。ルイーズ。」
ラファエルのかたわらには、ラファエルの義妹であるクロエが立ち、蔑んだ目でルイーズを見つめていた。
「君がこれまでしてきた我が義妹クロエへの虐め、暴虐の数々、自らの胸に聞いてみるがいい。ここにサインをし、荷物をまとめ、明日この屋敷から出ていけ!」
その場でへなへなと力なく崩れ落ち泣きじゃくるルイーズ。ラファエルがその脇を抱え震える手を取って書類にサインさせると、使用人たちがやってきてルイーズの両脇を抱え大広間から連れ出していった。
クロエはラファエルを上目遣いに見て言った。
「お義兄様、突然のことで驚きましたわ。でもありがとうございます。わたくしのことをそこまで想ってくださっていたなんて。」
「……ああ。」
その時、クロエは気のせいかラファエルの目に涙が光った気がした。
その夜、ルイーズは一睡もすることができず静かに荷物をまとめていた。ただただ悲しかった。クロエが仕組んだことなのだろう、ということは分かっていた。クロエがルイーズのことを好いていないことは知っている。ラファエルと婚約してから、ルイーズは少しでもクロエと仲良くなろうとしたが、全ては無駄だった。クロエに話しかけては無視され、手料理を振舞っては「腐った食事を出された!」と吹聴された。何か良くないことがある度にクロエはルイーズのせいにし、ルイーズは次第に屋敷の人々からも白い目で見られるようになった。
ラファエルだけはずっとルイーズに対し優しかった。何かある度に守ってくれた。ラファエルの言葉が脳内にこだました。
「ごめんなルイーズ。でもクロエを恨まないでやってくれ。」
荷造りも終わる頃、窓の外は薄っすらと白んでいた。間もなく夜が明ける。
(誰にも見られる前に、屋敷を後にしようか……)
ルイーズがそんなことを考えていた時、ドアの向こうでドスン、と大きな音が聞こえた。ルイーズが慌てて寝室から飛び出すと、信じられないものを目にした。
廊下には、ラファエルが血を吐いて倒れていた。
***
「ラファエル・ベルトラン侯爵が不審死、婚約者による殺人か――」
そのニュースは瞬く間に国を駆け巡った。凛々しい侯爵ラファエルと、美女であるその婚約者ルイーズの写真が新聞に掲載されると、その話題はさらに燃え上がった。その裁判とルイーズが有罪判決を受ける様子を一目見ようと、国家裁判所前は傍聴席を求める人々の列が周囲一キロメートルにも及んだ。
国を代表してルイーズを有罪にしようとする検察官は、ガブリエル・マルタン。勝率の極めて高い敏腕で知られ、今まで何十人もの人間をギロチン台へと送ってきた。
(今回の事件は裁判をするのも馬鹿馬鹿しいほど明らかだ。フン、さっさと終わらせてやろう。)
こんな事件を引き受ける弁護人がどこにいるのか?ガブリエルは興味津々だった。やがて、想像の斜め上を行く弁護人が法廷に入ってきた。法廷内が傍聴人たちの声で一斉にざわついた。
(どこかの令嬢……?しかもやたら若いぞ。なんなんだこれは。)
そのどう見ても弁護士に見えない令嬢のような恰好をした女性は、周りを見渡しながらウロウロしていた。女性は高いところに座る裁判官に聞いた。
「あの……弁護人の席はどちらでしょうか?」
「……あちらの席です。」
「ありがとうございます!」
(ははん、分かったぞ。プロが誰も弁護人を引き受けなかったからこんな若造にお鉢が回ってきたということだな。ククク、これは早く終わりそうだ。)
続いて黒い喪服に身を包み、やつれた表情のルイーズ・ドゼーが法廷に入ってくると、裁判官に会釈をして被告人席へとついた。
検察官ガブリエルはすぐに陪審員と裁判官へ向けて冒頭陳述を始めた。
「本日検察官を務めるガブリエル・マルタンと申します。ええ……この事件は皆様ご存じの通り明々白々でございます。事件当時、ラファエル氏とルイーズ氏の暮らす屋敷には二人以外に誰もおりませんでした。その日婚約破棄を突き付けられたルイーズ氏が逆上しラファエル氏に毒を盛った。それ以外に考えられません。本日はそれを証明するためにここに参りました。その美しい仮面の下に隠れた狂気を暴いてみせましょう。ギロチンによる死刑を求刑します。」
(その日に婚約破棄を突き付けられていただって……!)
法廷内がざわついた。裁判官がそれを制するように言った。
「静粛に。弁護人、続けて冒頭陳述をお願いします。」
弁護人と呼ばれた女性は集中していなかったのか、よろめきながら慌てて立ち上がった。
「あ……私はアリス・エマール・アルノーと申します。夫の友人であるアントワーヌ・ドゼー様より妹さんの弁護を引き受けて欲しいとご依頼をいただきまして。初めてですので上手くできるか分かりませんが、お願いいたします。ルイーズ様には以前お会いしたことがありますが、とってもいい人です!その疑惑を晴らせるように頑張りますわ。」
法廷内にはどこからともなく失笑が漏れた。この国では、弁護士でなくとも被告人の弁護は可能である。しかし、ここまでド素人のような人間が弁護を担当するのを誰も見たことがなかった。ガブリエルは思った。
(今のは冒頭陳述か……?ただの自己紹介じゃないか、ふざけやがって。)
「それでは検察側から1人目の証人を。」
裁判官の声が法廷に響き渡った。中年で小太りのメイドが一人前に出てきた。検察官のガブリエルはメイドに向かって言った。
「それではお名前とご職業、被害者とのご関係をお願いいたします。」
「はい、サーラと申します。ベルトラン家でメイドを始めて二年目です。」
「被害者はどのような方でしたか?」
「ラファエル様は……誰にでも優しく……ううっ!優しいあまりにあのような悪徳令嬢の牙にかかってしまって……!」
「悪徳令嬢とは?」
「ルイーズ様……いえ、ルイーズに決まっております!常日頃我々に嫌がらせをしてはほくそ笑むような卑しい女です!」
「具体的にどのような嫌がらせを?」
「ディナーの際、屋敷で捕まえたネズミの肉を手料理にしてラファエル様の義妹クロエ様に振舞いました。」
法廷内がざわついた。ルイーズは終始うつむいていた。
「なるほど。事件当時、あなたはどちらへ?」
「屋敷の離れにおりました。金曜の夜は、いつもラファエル様はルイーズと屋敷で二人きりで夜を過ごされます。婚約破棄の当日ではありましたが、どうしていいか分からないので使用人は皆いつものように離れにおりました。」
「つまり、事件当時被害者と共にいたのは被告人だけだったということですね?」
「ええ、その通りです。」
「質問は以上です。ありがとうございました。」
裁判官が弁護人であるアリスの方を向いて言った。
「反対尋問をどうぞ。」
「……反対尋問、ですか?いえ、必要ありませんわ。」
検察のガブリエルはポカンとした表情のアリスを見て思った。
(このド素人が!さっさと終わらせて一杯飲りに行くとしよう。)
続いて、白髪の執事が前に出てきた。
「続いて二人目の証人尋問を始めます。お名前とご職業、被害者とのご関係をお願いいたします。」
「ジュードと申します。ベルトラン家で執事三年目。ラファエル様とは仲良くさせていただいておりました。まさかあのような素晴らしい方が……。」
「被告人との関係はいかがでしたか?」
「私とルイーズですか?あのような悪徳令嬢とは口も聞きたくありません。子供のいたずらのようですが、服を泥で汚されたり、靴を隠されたりといったことは日常茶飯事でございました。」
「被害者と被告人の関係はいかがでしょう?」
「そりゃあもう、喧嘩ばかりでしたよ。ラファエル様は一方的に殴られてよく顔に青あざを作っておられました。」
また法廷内がざわついた。
「それは被告人から?」
「そうとしか考えられません。屋敷でラファエル様に暴力を働くような人間はルイーズ以外はおりませんから。」
「質問は以上です。ありがとうございました。」
裁判官が弁護人であるアリスの方を向いて言った。
「弁護人、それでは反対尋問をどうぞ。」
「あ……ええと、大丈夫です!」
検察のガブリエルは、そのアリスの様子を見てあきれ果てた。
(やれやれ、法廷を侮辱するのもいい加減にしたまえ!)
執事のジュードが下がると、続いて泣き腫らした様子の令嬢が崩れ落ちそうになりながらゆっくりと前に出てきた。
「それでは検察側から最後の証人尋問を始めます。お名前とご職業、被害者とのご関係をお願いいたします。」
「ぐすん……クロエと申します……。ベルトラン家では……ラファエルお義兄様と兄妹の関係でおりました。」
「義理の妹でいらっしゃる?」
「はい、血のつながりはありませんが、本当の兄と思っておりました……。」
クロエの両目から大粒の涙が零れ落ちると、傍聴席からは同情のため息が漏れた。
「被害者と被告人の関係をご存じですか?」
「はい……とても仲が悪く、特にあの事件の日は……婚約破棄されたルイーズが『ラファエルなんか殺してやる!』と叫んでいたのを聞きました。」
クロエは言い終わると、ルイーズの方をキッと睨んだ。法廷がどよめく中、ルイーズは目を丸くして呆然とクロエの方を見つめていた。
「暴力に訴えるなんて、許さない!どうか悪徳令嬢に正義の鉄槌を!」
クロエは陪審員たちの方を向きながら叫んだ。
「どうぞ落ち着いてくださいクロエさん。凶器となった毒物の入っていたシチューに心当たりはありますか?」
「はい、シチューはルイーズの得意な手料理です。というよりも馬鹿の一つ覚えのようにルイーズはそれしか作れませんでした。例のネズミの肉を混入させたのもシチューでした。ルイーズ以外にこの屋敷でシチューを作る使用人はおりません。」
「質問は以上です。ありがとうございました。」
裁判官が弁護人であるアリスの方を向いて言った。
「弁護人、それでは反対尋問をどうぞ。」
「ええと、特にありませんわ。」
「検察側最後の証人ですがよろしいのですか?」
「はい、構いませんわ。」
「よろしい。それでは弁護人側の証人尋問を。」
「あ、ええと、あいにく証人の用意がなく……。」
(証人の用意がないだと!)
検察のガブリエルは驚愕した。なんとバカバカしい裁判なのだろう。ここまでくるとさすがにガブリエルも被告人のルイーズに同情した。
「ええと、じゃあ今まで出ていただいた証人の方々に順番にもう一度出ていただくのはどうでしょう……?構いませんか?」
「……まぁ、いいでしょう。」
裁判官含め、傍聴席の人々も白ける中、中年で小太りのメイド、サーラが再び証言台に上がった。サーラは飽きれた表情でアリスを見ると、口を開いた。
「ええと、私はこれ以上何を証言すればよろしいのでしょうか……?」
「あ、ちょっとその前にですね……。」
アリスはポケットの中から何やら紙切れを取り出した。少し血が付いているようにも見えた。
「証拠品と言えるかどうか分からないのですが、こちら被害者が亡くなった際に握りしめていた物です。」
(なんだと……?聞いてないぞ!)
ガブリエルは思った。
(……まぁ何が出て来ても被告人の有罪は動かない。好きにしゃべらせてやるか。)
「それでは書いてある内容を読み上げます。」
アリスは続けた。
「私の死後、万が一ルイーズ・ドゼーが殺人の罪で有罪となった場合、ベルトラン家の遺産は全てルイーズ・ドゼーが相続することとする。――ラファエル・ベルトラン」
ざわざわ……ざわざわ……法廷内がこの日一番大きくざわめいた。




