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閑話1 グロス・クロス(ビンゴ王国先鋒隊長)

 ゾーラ平原を抜けて、オムカへの道を行く。

 連れるのは3千。

 部下にはいつ戦闘に入ってもいいよう指示しているから、誰もが無言で行軍に耐えている。


 しかし、我が将軍も意地の悪いことを考えるものだ。

 2カ月前に急に姿を現したと思ったら、エインとの北部戦線で結果を出し昇進。

 ここ半年ほどで2人の将校の戦死者を出したオムカ方面軍の総督となった。


 初めて会った時は、


(この若造が?)


 といぶかしげに思った。

 なにせ、目にかかるほどの髪はぼさぼさ、猫背のせいかかなり小さく見えるし、布をつぎはぎしたボロボロの服を着ているのだから、将軍ではなく平民、いや乞食と見られてもおかしくはない格好だからだ。


「あー、俺。いや、わたしのモットーは楽して生きようなんで。皆も楽して勝ちましょう」


 などと眠そうな目をこすり、右手にペンのようなものを回転させながら訓辞を垂れたのだから、自分を始め同僚の隊長たちは眉をひそめて、同時に失望した。


 オムカなどという小国に立て続けに敗北をきし、士気はどん底。本国の補給も途絶えがちになって見捨てられたと思っていたからだ。


 そんな戦線に本国では期待の新星と呼ばれた男が来たのだから期待しないわけがない。

 その人物がこれなのだから失望したとしても仕方ないことではないか。


 だがその直後に伝えられた今回の作戦を聞いて、この男は今までの指揮官とは違うと思った。

 これまでの指揮官は説明もなしにただ闇雲に進軍して敵を見つければ突撃くらいの作戦しかなかった。

 対して新しい指揮官は、戦略的なものを考慮して作戦を立て、かつ我々にしっかりと説明してくれたのだ。


 何よりどちらに転んでも我が軍に損はないのが気に入った。


 だから気がつけば先鋒を志願して、それが認められてここにいる。


 ゾーラ平原とオムカ王都バーベルを結ぶ細道。ここは鬼門だ。

 数か月前、ピーク・トーク将軍がこの地で命を落としている。

 その時も自分はここにいたがなんとか生還した。


 だから今回は念に念を入れている。

 前方だけでなく林の方にも偵察を放っているし油断はない。


 今のところ敵兵の姿は見えない。


 これも将軍の作戦が成功している証だ。

 エインを攻めるのに協力して欲しいという使者の言葉を信じ、我々がどこを攻めるのかを見極めていないのだから。


 進発の前に将軍はこう言った。


『オムカが特に仕掛けてこなければ、林を出たところで待機しててください。わたしが行くまで決して陣を固めて動かないこと。そして合流したら一気にオムカを落とします。もし逆にオムカが兵を出せば――』


「隊長! 前方に人影!」


 その時、前方に放っていた偵察が戻って報告してきた。


「むっ、来たか!? 数はいくつだ!?」


 オムカも馬鹿ではなかったか。

 さてどれくらい出して来たか……。


「それが……3人です。隊長に面会を求めております。なんでも道案内をしたいと」


「なに?」


 どういうことだ?

 いや、想定通りだ。奴らは将軍の策に騙され、お人よしにも我らの鋭鋒がエイン帝国に向くものと信じ、返礼の使者を送って来たのだ。


 ならばここは使者を受け入れ、そして将軍の兵を待って一気にオムカへ攻め込む。


 わが軍は総勢3万ばかり。

 先日オムカを攻めたエインの半分にもならないが、戦闘の爪痕は大きい。


 オムカの兵は1万ほどだろうし、まだ城壁は修復中なのだ。

 またシータは我が国と同盟していることから、我らに兵を向けることはない。

 さして苦労もせずに城門を突破し、王都を落とせることだろう。


 ふっ、せっかく滅亡の危機を回避して独立したというのに、我々に滅ぼされるとは運のないやつらだ。

 そう思うと思わず笑みがこぼれた。


「隊長、お連れしました」


 おっといかんいかん。笑っているのを見られては不審に思われる。


 それでも込み上げてくる愉快な気分を、きつく口を閉じることで封じた時に3人の使者がやってきた。


 1人は少女。

 戦場という場所に似つかわないほど小さく華奢な体。上等な絹をふんだんにあしらったオムカの礼装はサイズが大きいらしくぶかぶかで、本人も動きづらそうにしている。

 礼装の下から見えるスカートとブーツから、どうやらオムカの軍服の上に羽織っているらしい。


 だがそんなちぐはぐな服装も問題にならないほど、彼女は美しかった。

 子供から大人になるその丁度中間にいる彼女は、幼いかわいらしさと大人の美しさが同居しているように見える。


 これでも自分は中流以上の家の出で、軍役の前は王都で遊んでいたこともある。

 だから異性のことには少なからず精通していると思ったが、これほどの上玉は記憶をさかのぼるまでもなく存在しなかった。


 彼女の後ろに立つ2人は武人、いや少女の護衛だろう。

 1人は髪をグレーの髪を頭皮に撫でつけるようにオイルで固めている。怜悧な瞳はこちらの嘘を見抜くかのように鋭い。

 もう1人は光り輝く金色の髪を逆立てた無頼の輩。口元も引き締まらない様子で、視線をあっちこっちに向けている。


 武器は2人とも腰にさした剣。そしてグレー髪の方が手にオムカの旗を持っている。

 少女の方は何もない――いや、ぶかぶかの礼装に暗器を隠している可能性はある。油断はできない。


「お会いいただきありがとうございます。オムカ王国より友好の使者として参りました。ジャンヌ・ダルクと申します」


 柔和な表情をした少女が深々とお辞儀をする。

 だが後ろの2人は油断ならない様子で周囲に気配を配っていた。


 無駄な努力だと思う。

 なにせこちらは3千だ。押し包めば彼らの命は10秒も持たない。


 唯一気を付けることは隊長である自分が真っ先にやられるか、人質に取られるかだが、この距離を保ち油断しなければそれも叶うまい。


「これはご丁寧に。わざわざのお迎え、感謝いたします」


 込み上げる笑みを押さえながら応対する。


「我らが国王も此度のことはお喜びになっています。ビンゴとオムカ、これからは過去の遺恨を捨て共に、いや我らが盟友のシータも含め3国でエイン帝国打倒のために手を携えようではないかと」


 我ながら演技派ではないか。


 すらすらと出てくる嘘っぱちに満足しながら相手の反応を待つ。


「確かに3国が組めばエイン帝国に対抗することができましょう。我らがオムカ王国は独立を果たしたばかりで弱小。ゆえにシータ王国とよしみを通じておりましたが、残る貴国とも是非手を結び、悪逆非道の帝国に一矢を報いたいと考えておりました。ゆえに今回のことはまさに渡りに船。女王様もお喜びになり、我らを嚮導きょうどうの使者として遣わされた次第であります」


 滑らかな舌鋒で少女の口が動く。

 どこかエロティシズムを感じさせるその姿に、ごくりと唾を飲み込む。


「左様でありましたか。これは願ってもいないお心配り。我らはここらの地理に不慣れ故、貴国の者が道案内してくれるととても助かります」


 内心ではもう笑いを抑えきれない。

 道案内をしたが最期。オムカの王都は我々に落とされるのだ。


「ええ、ここらの道は複雑で、道に迷う旅人も多いのです。それでは案内いたします。まずは――」


 少女が頭を下げる。

 そして――その頭をあげた時には、今までの柔和な笑みは消え、ゆがみに歪んだ笑みを浮かべていた。


「今すぐ来た道を戻り、さっさと北に進みやがれ。さもなきゃ皆殺しにするぞ?」


 ぞくりと背筋が震えた。

 寒気? 怖気? いや恐怖?


 なぜそんな感情をこの少女に覚えなければならない。

 体の底に沈殿する感情を振り払うように、少女に向かって声を張る。


「な、何を言っているのか。失礼であろう!」


 少女は右手をグレー髪の男に差し出す。すると待っていたかのように、持っていた旗を少女に渡した。

 その間、少女の瞳は自分から逸らされない。まっすぐに見つめてくる。


「誰が考えたか知らないけど、道を借りて草を枯らすの計ってことは、もう分かってんだよ」


 その言葉に、先ほどより激しい震えを覚えた。


 道を借りて……そういえば将軍はそんなことを言っていた。

 バレている。

 我々が王都の近くを通らせてもらうふりをして、王都を強襲しようとしているのが。


 いや、はったりだ。

 何も分からず鎌をかけているだけに違いない。


 だが思考が回る間も、少女の舌鋒は収まらない。

 身を乗り出して啖呵をきる。


「そもそもこっちに来るのがおかしいだろうがよ。エインの両国に攻め入るならゾーラ平原を抜けた後に北に向かえばすぐだ。なのになんであんたらはここにいる?」


「そ、それは我々はこの地に不慣れで……」


「今さらその言い訳は通じないんだなぁこれが。こないだだってそうだろ。この道を通って王都を襲おうとした。その時に調べないはずねーんだよ。ここら辺の地理を。それとも行軍路すらも分からねーほど素人なのか、お前らの将軍様は?」


「わ、我らを侮辱することは――」


「侮辱してんのはお前らだろうが! 三国志で愚策と名高いそんな策で、エイン帝国軍10万を追い返したこのジャンヌ・ダルクを騙せると思ってんだからな!」


「そ、それがなんだというのだ。いや、そもそも我が将軍の計は愚策などと――あっ」


 し、しまった!

 後悔。だがもう遅い。


「語るに落ちたな。つまりお前らは送り狼ってことだ。だが愚策は愚策だよ。そんな策でオムカを滅ぼしてどうする? その後に待ってるのはシータとの同盟破棄だ。そりゃそうだろ。だまし討ちで国を奪った相手をどうやって信じられる? 次は自分の番と思わないほど馬鹿じゃないだろあの国も。そうなったらビンゴ王国は孤立する。そして待ってるのはエイン帝国による大侵攻だ」


 た、確かに。

 少女に一気にまくし立てられた内容は確かに真理だ。


「さーどうする? お前の上司の責任で、国が1つ滅びるんだぜ。筋書きを描いた責任はもちろんその上司にあるとはいえ、それを実行した役者は君だ。おめでとう、三国一の卑怯者の称号は君のものだ。いやいやしかし。そんな不名誉な称号をもらったら……どうする、ジル?」


「私なら自裁いたします。その名を抱いて生きることはできません」


 グレー髪の男が返答する。


 た、確かに。そんな汚名を背負って生きていくなど想像しただけで恐ろしい。


 少女がさらにぐいっと身を乗り出して言葉を紡ぐ。

 口が裂けたように笑みを浮かべるその顔は、最初に見た可愛らしさと美しさをまといながら、はるかにいびつで怖気がするような表情だった。


「さて、そうなるとお前の取るべき道は2つだ。そんなの関係ないと俺たちを殺して、将軍様の策を実行するか。それとも来た道を引き返して、エイン帝国と戦うか。おすすめは後者だな。そうすればビンゴは我が国と友好を深めることになり、君が先ほど言った通り、ビンゴ、オムカ、シータでエイン帝国と互角以上の戦いができるだろう。それを成した君は英雄だ」


 自分が、英雄?

 確かにここでオムカを攻め滅ぼしたとして、得られるのはわずかの領土と同盟国の不審と帝国の最前線だ。

 だがここでエインにそのまま攻め入れば、帝国への足掛かりのほか、オムカとの関係も手に入れることが可能だ。

 考えれば考えるほど、引き返した方がいいように思える。


 だが、将軍の策は――


「あぁ一応言っとくけど、もちろん前者はおススメしない。なぜなら、俺たちに手を出した時点で、君らの全滅は決定的だからだ」


 少女が旗を振る。

 すると周囲から鉦の音が響いた。


 林には軍鼓の音が響き、旗が乱立している。

 さらに少女たちの後方から土煙が上がっている。大軍だ。


「こ、これは!?」


「長々とお付き合いいただきありがとうございます。おかげさまでオムカ軍1万の包囲が完成。人生と言う名の道を迷った愚か者には、5万本の矢をプレゼントしましょう」


 ぐっ、しまった。

 使者に会うために軍を止めたせいで、周囲への警戒がおろそかになっていたようだ。

 それを見越して左右に軍を回し、後ろから援軍を呼び寄せたのか。


 敵軍は分散しているとはいえ1万。

 こちらは3千だ。


 ピーク・トーク将軍の死にざまが脳裏に浮かぶ。

 そして先ほどの名誉を考えると、自分が取れる選択肢は1つしかなかった。


「こ、心遣い感謝いたす。わが軍はどうやら道に迷っていた模様。ただちに戻り、教えていただいた道を進みます」


 臆したわけではない。論理的にそう判断したのだ。


 だが少女が急に押し黙り、無表情になった時は不安だったし、


「賢明な判断に敬意を表します」


 年相応の笑みを浮かべた時にはどっと安堵した。

 隣からも安堵の息が漏れるのを聞いた。副官たちも不安だったのだろう。


「では、我々はここで。ええと――」


「ジャンヌ・ダルクです。お見知りおきを、グロス・クロス殿」


 かなり疲れを覚えていた。

 ジャンヌ・ダルクといった少女、そう少女だ。自分の半分もいかないだろう歳の少女が、ああも啖呵をきって、戦術だけでなく戦略に通じた意見を持ち、それを実行に移すのだ。

 もしかしたら彼女がオムカを独立に導いた知恵袋なら――いや、自分で言っていた。帝国軍10万を撃退したと。


 末恐ろしい少女だ。

 あの可憐な表情の皮を剥がしたら、化け物が出てきても不思議ではない。

 そんな彼女に名前を覚えられるというのは、どこかおぞましく、逆に誇らしい気もする。


 そこで思う。

 はて、自分は彼女に名乗っただろうか。


 いや、もういい。

 とにかく疲れた。


 将軍には作戦は失敗したと報告しよう。

 とりあえずありのままを話せば、分かってくれるのではないかと思う。


 何より、あんな得体のしれない化け物を相手にするよりは、帝国軍を相手にしていた方が何倍かマシだ。

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