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第8話 宵闇の決断

 迷った。

 いや、迷ってすらいないのかもしれない。

 ここがどこなのかすら分からないのだから。


 朝には着くというのだから、相応の距離があるはずだ。

 それに夜の森は方向が分からず、何より視界が悪い。

 こういう時にこそGPSがあったらと思う。科学万歳。


「地図、地図ねぇ……」


 あのスキルの魔導書をなくしたことが悔やまれる。もしかしたら地図くらい載っているのでは、と思ったからだ。

 やむにやまれぬ状況とはいえ、惜しいものだ。


 ……と待てよ。

 本当になくしたのか? スキルってそう簡単になくせるものなのか?

 そう思い、一瞬迷い、そして言ってみた。


「スキル!」


 出た。

 光もなく、右手に先ほど手にした薄い本が顕現した。

 さすがにそうそう消えたりするものではないと知って一安心。

 そして更なる安心を得るために、月明かりを頼りにページをめくる。


 ――が、


「ないな。白紙ばっかじゃんか。落丁本か。あーあ、せめて地図があればなぁ」


 その時、手にした本が一瞬脈動したような気がした。


 まさかと思い、再び本を開ける。

 先ほどのキザ男の次のページ。見開きになっているところに木のマークが乱立する地図が現れていた。


「出た……まさかこの本!」


 再び注意書きを見る。


「スキル『古の魔導書エンシェントマジックブック』の使い方。この本は古今東西の本を網羅した本です」


 さっきは緊急事態だったから深く考えなかったが、この本の本当の意味というのはこういうことなのか。


 地図は本だ。

 そして先ほどのキザ男のプロフィール。

 あれもその人の一生と人となりを紹介するという意味では“伝記”という本だ。


 つまりこの魔導書とかいうスキルは、魔法は使えないけど様々な本を再現する魔法の本ということ。

 即戦力になるものではないが、使い方によっては様々に使える、応用の幅が広いスキルだ。


「これ拾いものじゃね!? ……まぁもっとカッコイイ、しかも即超強いスキルとか欲しかったけど」


 ためしに自分のプロフィールを読み込んでみる。


「えっと、名前はアキ。まぁこの状態で明彦ってのもな。うん、でやっぱり女だよなぁ。13歳……子供じゃねぇか。てか身長146センチ、ひっく! 体重40キロ、かっる! スリーサイズ……うわぉ。血液型は、O型とかどうでもいいや。えっと、でパラメータは……」


 統率力64。

 筋力14。

 知力99。

 政治力39。

 魅力95。

 瞬発力49。


 うーん、こうしてみると凄惨なものだな。

 歴史シミュレーションゲームだったら、知力か魅力を使う内政のお仕事につかせるだけで絶対前線には出さない。

 こんな並みの統率力で、力が最弱レベルの奴を前線に出したら瞬殺されるわな。

 やっぱりあの女神許せん。


 と、休憩を兼ねて復讐心を新たにしたところで地図を見る。

 地図の中央にはポインターが明滅している。


 周囲はほんともう森。

 縮尺があるけれど、比較となるものがないのだから判断しづらい。

 とりあえずさっきの夫婦の家から北東に向かっているらしいが、地図にはまだ王都というのが出ていないから、まだまだということか。


 それより気になっているものがある。

 地図のいたるところに赤色の光点がちりばめられている。

 さらに進路上の位置には青い大きな光点が一か所だけある。


 驚くことに、しかもそれが動いているのだ。

 それはつまり、この地図がリアルタイムに連動していて、何よりこの光点が意味するものは――


「まさか……軍か?」


 赤色は俺を襲ったビンゴ軍とかいう、戦闘に勝利した軍。

 青色はビンゴ軍に敗北した老夫婦の所属するオムカ王国の軍。


 青色の点はピクリとも動かない。それに対し赤色の点は大きな点を中心に、まるで斥候が何かを探るように、あるいは方々で略奪をしているかのように青い点を目指して進んでいる。

 幸い老夫婦の家の周りにはまだ赤い点はない。

 なんとかこのまま見つからずにいて欲しいが、そこは祈るしかなかった。


 とにかくこの地図は武器だ。

 これを見ながら進めば、少なくとも軍に遭遇することなく逃げられる。追いつかれても前もって身を隠せれば、やり過ごせる可能性は高い。

 だから地図を見ながら逃げればなんとかなる、そう思った足が止まった。


 赤色の軍の動きが変わった。

 大きな光点が2つに分かれ、それぞれが迂回するかのような動きをとる。


 その意味は何か。

 分かりきったことだ。


 敵を発見し、挟撃するために軍を分けたのだ。

 負けたオムカ王国の軍は、逃げるのに精いっぱいでそれに気づいている気配はない。


 といっても知らない国の知らない軍が戦って負ける、それは俺には関係ないこと。


 けど――

 オムカ王国が負ければ、あの老夫婦に危険が降りかかる可能性は高くなる。


 確かに今から走れば、赤の光点がたどり着く前に俺は青色の光点に行けるだろう。


 それでどうする。

 俺が行っただけで事態が好転するほど生易しい状況じゃない。

 それこそこの状況をひっくり返すには、神がかった采配を行う名軍師のような――


「軍師?」


 そこで思考が止まる。


 軍師といえば、諸葛亮しょかつりょうとか竹中半兵衛たけなかはんべえのような兵法に通じ、地理気象に通じた天才のことだ。


 兵法は歴史を紐解いていく過程でかじった。

 気象は分からないが、地理はこの通りGPS完備。


 そして何より――知力99が天才でないはずがない。


 改めて地図を見る。

 ただの森。

 これがタブレットだったらもう少し拡縮とか……できるのかよ! すげぇなこの本!


 ズームすると、青い光点は森の中の開けた場所で野営しているらしい。

 周囲は変わらぬ森ばかり。

 森、夜、開けた場所、野営。


 ああくそ。思いついちまった。この赤い光点をぶちのめす策が思いついちまった。

 なら行くのか?

 あの戦場の中に行くのか?

 昼に見た光景。あの中に入ったら秒で死ぬ確信がある。


 けれど――


『ありがとうね。また会いましょう』


『…………』


 2人の笑顔を思い出してしまい、そして溢れる熱い思いがこれ以上この場に留まることを許さない。


「だぁ! くそ!」

 走り出す。

 もしかしたら終着点は2度目の死なのかもしれない。

 けど知ったことか!


「これは、あれだ! このまま青が負けたら、王都に行っても安全じゃなくなるから! ただそれだけだからな!」


 誰に向かっての言い訳か。

 世のため人のためとかこっぱずかしいことを大きく言うわけじゃない。


 あくまで自分のため。

 そう言い聞かせて夜の道を走る。

 青――オムカ王国の野営地に向かって。

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