第56話 王都バーベル防衛戦3日目・戦死報告書
やられた、と思った。
午後になって投石機の勢いがさらに増していき、そして崩壊が起きた。
「城壁の一部が壊されました! ニーア隊長は負傷! 城壁内に飛んできた岩により農地に被害が出ており、さらに敵は堀を埋めに来ています!」
これだ。敵が西門を狙って来たのは。
城壁を崩すのが第一目標ではない。城壁に一点穴をあけてそこから城内の農業地帯を破壊することが目的だったのだ。
人的被害はそれほどでもない。
それに農地が壊されたところで備蓄がすぐなくなるわけではない。
そんなこと相手も承知だろう。
だが岩が無数に落ちて破壊された農業地帯を見れば、誰もが深刻な危機感を持つ。
いつまで籠城できるんだ? 食料がなくなったらどうすればいい? こんな相手に勝てないのでは?
そんな不安が人々の間に広がったら、城内は一気に混乱する。
最悪の場合、耐えられなくなった民が暴動を起こしてマリアたちの身と引き換えに敵に降参するため城門を開くくらいのことはするだろう。
城壁の破壊と共に心を、士気をくじく。
本当、敵の指揮官は意地が悪い。
しかもニーアが負傷したという。報告の内容から深刻な怪我ではなさそうだが、それでも士気に影響することは間違いない。
そしてそれは俺も同じ。
この伝令の前で、北門の兵が見ている前でうろたえたら、それこそ王都全体に諦めのムードが出来上がってしまう。
だから必死に頭を働かせて言葉をつなぐ。
「城壁が崩されるほどの投石機なら、おそらく狙いを一点集中するために固定しているだろう。今攻撃を受けている部分は捨てろ。そこから少し離れた場所から堀を埋める部隊を投石と油で攻撃。弓は最小限でいい。当たらなくてもいいから少しでも堀を埋める敵を遅らせろ」
ニーアは心配だが、俺は持ち場を動けない。
敵の指揮官がそういう奇策をとってくるのであれば、あまり本陣から目を放すわけにはいかないのだ。
「いつでも中門に弓を移動させる準備はしておけ。投石には注意しろ。あぁ、代理の指揮官はいるな。よし、行け」
西門の伝令が去って行くのを歯噛みして見送る。
それから数時間して、日が沈みかけた頃に敵は退いた。
撃退したわけではない。整然と退いていった。
堀はほとんど埋まっていて、最後の半メートルが残っているぐらいだ。
最後を埋めなかったのは、夜のうちに俺たちが出来た足場に何かしかけるのを警戒したためだろう。
明日の朝にそこを埋められればあとは城門に敵が殺到する。
特に西門が厳しい。
城壁を壊した後は城内と城門に集中的に石を降らせてきた。
農地への石は仕方ないとはいえ、城門もかなりのダメージを受けた。
夜のうちに調整して明日の朝に城門を突破しようという考えだろう。
その先にある中門は、投石の余波でダメージを受けているし、大軍を送り込めば陥落させることは難しくない。
そうなったら終わりだ。
「西門、危ないんですか隊長殿」
「なに、打つ手はある。飯にするか、クロエ」
不安なのはわかるが、兵たちが見る前で不安を煽るような質問をしてどうする。
決められた見張りを残し、他の部下を解散させる。
そしてクロエにヘッドロックをかまして半ば無理やりに城壁を降りた。
「た、隊長殿……! く、苦し……いや、これはまさか、胸が……隊長殿の、胸が……あぁ!」
「お前な、不安を煽るようなこと言うなっての」
「は、はいいい、ごめんなさい」
解放すると、苦しさと恍惚がせめぎ合ったような不思議な表情をクロエは浮かべていた。変な奴。
それから向かったのは営舎ではなく病院だ。2階建ての石造りでそれほど大きくない。
「げっ、まさか隊長」
「嫌なら来なくていいぞ。その代わり独りで夕飯食べて独りで寝てろよ」
「うぅ、行きますよ。しょうがないですね」
病院は野戦病院さながらのていをなしていた。
病室が足りず、廊下やロビーの広間で治療を受けている患者たちがいる。
血と汗と呻きに溢れた空間。
まだ城門で粘っている段階でこれなのだから、内門での戦いとなると想像を絶する。
受け付けは機能しておらず、仕方なく近場の看護師にニーアの病室を聞いた。
「あ、見舞いの品、何も持ってきてなかった」
「いいですよ。教官殿のことだからかすり傷で大げさに痛がったんでしょう」
「お前なぁ……もうちょっと仲良くなれよ」
教えられた病室の前で一問答した後、扉をノック。
「入るぞ、ニーア」
返事がない。
再びノックしてみるがやはり反応がない。
まさか!
「ニーア、入るぞ!」
ドアを開けて病室に入る。幹部格のためか個室だ。
他より広い、といっても3メートル四方ほどしかない空間にベッドと。椅子1つしかない殺風景な部屋だ。
医療技術が発達していないからだろう、機械製の医療器具は何もない。
そのベッドの上に、ニーアは寝ていた。
入院着のような簡素な服をまとい、頭に包帯を巻いた姿のニーアはぴくりとも動かない。
「ま、まさか……おい、ニーア!」
揺さぶる。だが反応はない。
心音を確かめるのは躊躇われたから呼吸音を聞くために口元に耳を当てる。呼吸してない。
心電図……はないんだった!
くそ、落ち着け。ナースコール、もない! あぁ、もう!
「いや、嘘ですよ。教官殿。どうせ冗談です。今にわって起き上がってびっくりさせようって言うんですよね……」
「クロエ! 医者を呼んで来い!」
「っ! は、はい!」
クロエが慌てて出ていく。
「くそ、なんでこんな……」
ベッド横の粗末な椅子に、落ちるように座り込んだ。
治療にあたって汚れが落ちたニーアの顔は綺麗で、ただ眠っているかのよう。
昼までは元気だったのに、なんで……。
いや、違う。
数秒前まで元気だった人間が、1秒後には肉塊になり果てる。
それが戦争だ。
俯き頭を抱える。
俺の認識が甘かったのか。
「俺、もうちょっと優しくしてやればよかったのか……抱き着かれたり、触られたり。嫌だって言わずに」
「今からでも触っていい?」
「あぁ、触って気が済むなら触らせてやりたかった」
「ほんと、ジャンヌ?」
ん、ちょっと待て。今俺は誰と話している?
顔をあげる。
ニーアがいた。
にやにやと元気そうにこちらを見て。もちろん足もついている。
「へっへー、ジャンヌの慌てた顔かっわいー! それに触っていいって言質とったからね。これからはもっとスキンシップを――がぱっ!」
「……なんか聞こえたけど気のせいか」
「ぎゃあーー! ジャンヌ、お腹はダメ、そこ縫ったとこ! あ、でもジャンヌの過激なスキンシップ、好き――ぎゃっ! ごめんなさい、もうしませんもうしません!」
ふぅ、しつこい幻聴だ。
やっぱり疲れているんだろう。もうちょっと念入りに殴っておくか。
「ジャンヌ様、ニーアは!?」
「ジャンヌちゃん、あいつがヤバいって!?」
「隊長殿、医者を連れてきました!」
背後から慌ただしく複数の人間が入って来たのが聞こえた。
振り向き笑顔を向ける。
声の通りジルとサカキ、そして医者を連れてきたクロエが入り口に立っていた。
「あぁ、ジルにサカキも来たのか。残念ながらニーアは戦死した。報告書を作っておいてくれ。あ、クロエ遅かったな。呼ぶなら葬式屋の方だったよ」
ジルとサカキの視線に怯えが見える。何か怖い物でもあったのだろうか。腰が引けているのはなんでかな。
はぁ、明日どうなるか分からない瀬戸際だってのに。とんだ時間の無駄だった。
「ふぅ、医者の仕事を増やさないでほしいんだが」
クロエに連れてこられた50過ぎの医者は、深々とため息をつく。
俺は肩をすくめて答えた。
「すみません。馬鹿は死ねば治ると思ったんです」




