表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
知力99の女の子に転生したので、孔明しながらジャンヌ・ダルクをしてみた  作者: 巫叶月良成
第6章 知力100の女の子に転生したので、世界を救ってみた
545/591

閑話32 立花里奈(オムカ王国軍師相談役)

 堂島さんが来た。

 迎え撃つ以外の選択肢はない。


 鋼がぶつかり合う音。

 力の方向を変えてそれをいなすようにする。だが相手もさるもので、滑らせた剣でそのままこちらの首を狙って来る。

 それをしゃがんで回避。そのまま水面蹴りで相手の軸足を狙う。それを堂島さんは跳んで回避した。


 空中に逃げた。

 聞こえはいいが、次は避けられない。

 だから起き上がる力を利用して剣をたたきつける。

 だがそれは相手も同様だった。

 跳んだあと、引力と自重を使っての斬り降ろし。


 激突した。

 力は、互角。


 弾いた。

 弾かれた。


 2、3歩後退。

 相手は反動で大きく後ろに飛ばされるが、難なく着地。

 再び対峙が始まる。


 赤く染まる視界の中、兵士さんたちが距離を取ったおかげで半径10メートルほどの広場ができた。

 ここはまさにコロッセウム。

 どちらかが死ぬまで出られない、闘技場の中。


 もちろん自分が死ぬなんて考えない。

 だって、そうなったら明彦くんが死ぬから。


 そんなことは許されない。


 だからここで彼女を殺す。


 彼女には恩しかなかった。

 この世界に来て、右も左も分からず、ただ情動に任せて行動していた自分を、彼女は救ってくれた。

 生命を守ってくれるだけでなく、生きる術も教えてくれた。


 だから感謝しかない。


 それでも、殺すしかない。


 私の中の優先度では、私より明彦くんが上位にある。

 だから私を救ってくれたからといって、明彦くんより上位になることはありえない。


 だから、行く。


 前に出る。

 同時、相手も出ていた。

 中央で激突する。


 剣を繰り出せば防御され、繰り出されれば回避し、蹴りを放てばガードされ、拳が飛んで来れば受け止める。


「ふはっ!」


 笑っていた。

 一進一退の攻防の中、堂島さんは笑っていた。


「あはっ!」


 自分も笑っていた。

 間一髪の戦況の中、私は笑っていた。


 戦いながら、殺し合いながら笑う。

 こんなの異常以外の何物でもない。


 こんなものが私の中に眠っていたなんて。

 怖い、と思う反面、しょうがないかとも思う。


 だってこの力がなければ、私は生きていけなかった。明彦くんに会えなかった。明彦くんを守れなかった。


 だからこれも私。

 私の中の真実として、確としてある私。


 だからいいという話じゃない。

 それで人殺しの罪が消えるわけじゃない。


 けど、自覚しているからこそ、その罪から目をそらさず生きていけるはずで。

 私は私だと、胸は張れないけど自信をもって生きていける。


 私はもう、大丈夫なんです。

 こうやって、ちゃんと生きています。


 その想いを彼女にぶつける。


 それに対する答えを、彼女はくれた。


 だから、笑った。

 笑いあった。


 あるいは、あのまま帝国にとどまっていれば、とても良い友達になれたかもしれない。

 けど私は明彦くんを選んだ。


 堂島さんを捨てた。

 友情より愛情を取った。


 だから断罪されてもしかるべき場面で、ののしられても仕方ない場面で、


『それでいい』


 そう言われたのだから。

 許してくれたのだから。


 だから、笑うしかないじゃない。


 斬った。

 斬られてもいた。


 鮮血が舞う。

 だが浅い。


 お互いが再び距離を取る。


 見れば堂島さんはすでに満身創痍だ。

 鎧は砕け、ところどころが陽の光に反射して濡れている。


 思えば斬撃が甘いところがあった。

 右わき腹がどす黒く染まっている。

 間違いなく怪我をしている。


 それでもこうして立って、明彦くんを殺すために精一杯戦っている。


 鮮血のヴィーナス。


 思い浮かんだその言葉が、妙にしっくりくる。


 血にまみれて戦うその姿が、どうしても気高く、美しく、誇り高いものに見えるから。


 だから最期の彼女の願いを叶えてあげたい。

 けどそれは絶対に叶えてはいけない。


 その果てしない矛盾。

 再び、友情を取るか、愛情を取るかの選択を突きつけられる。


 一瞬の迷い。

 いや、迷うことはない。


 ふぅっと息を吐き出す。

 そして、剣を構えた。


「それでいい。それでいいぞ……君は」


 堂島さんが、そうつぶやき、笑った気がする。

 これまでの愉快だという笑いでなく、ほっとしたような、成長を祝福するような、そんな微笑み。


「負けんがね」


「行きます」


 同時、走り出す。

 急速に縮まる距離の中、相手の動きが視界から消えた。


 あるのはただ純粋な想い。

 堂島さんより早く。相手より速く。敵より疾く。


 剣を、突き立てる。


 硬い、そして柔らかい感触が手に伝わる。

 そして全身が何かにぶつかる衝撃。


 ハッとして、視界が元に戻る。


 見れば、突きに変化させた剣先が、彼女の胸に根本まで突き刺さっていた。

 体ごとぶつかるようにして、止まっていた。


 見上げれば堂島さんの顔。

 血の気の失せたその顔は、白く、蝋人形のように白くなっていたが、それでもその美しさは変わらない。


 ふぅぅぅぅ、と深く息を吐き出す。

 そして、


「ありがとう、里奈……」


 微笑んだ。

 それは自分を殺した相手さえも包み込むような、自らの運命をすべて受け入れたような天使の笑顔。


 そしてそのまま、堂島さんは支えを失い、すれ違うように前へと倒れる。


 動かなくなった堂島さん。

 安らかな顔で、寝ているようにも見える。


「ありがとう……ございました」


 つぶやく。

 視界がにじみ、嗚咽がのどをこみあげてくる。


 泣いてしまおうか。

 いや、ここじゃだめだ。


 もっと人がいないところで――


「里奈」


 声が、した。

 一番守りたかったもの、一番大切だったもの。

 これのために、私は友達を殺した。


 そんな、ひどい女に、言葉をかけちゃいけない。

 だって、明彦くんは、明彦くんなんだから。


 けど、背中に衝撃。

 明彦くんが背中から手を回してくる。


 抱きしめられている。

 温かい、体温を感じる。


「よく頑張ったな。……だから、ありがとう」


 優しい言葉をかけられた。


 もう無理だった。

 感情があふれ出し、制御不能になる。


 私はそして激しく――泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ