閑話32 立花里奈(オムカ王国軍師相談役)
堂島さんが来た。
迎え撃つ以外の選択肢はない。
鋼がぶつかり合う音。
力の方向を変えてそれをいなすようにする。だが相手もさるもので、滑らせた剣でそのままこちらの首を狙って来る。
それをしゃがんで回避。そのまま水面蹴りで相手の軸足を狙う。それを堂島さんは跳んで回避した。
空中に逃げた。
聞こえはいいが、次は避けられない。
だから起き上がる力を利用して剣をたたきつける。
だがそれは相手も同様だった。
跳んだあと、引力と自重を使っての斬り降ろし。
激突した。
力は、互角。
弾いた。
弾かれた。
2、3歩後退。
相手は反動で大きく後ろに飛ばされるが、難なく着地。
再び対峙が始まる。
赤く染まる視界の中、兵士さんたちが距離を取ったおかげで半径10メートルほどの広場ができた。
ここはまさにコロッセウム。
どちらかが死ぬまで出られない、闘技場の中。
もちろん自分が死ぬなんて考えない。
だって、そうなったら明彦くんが死ぬから。
そんなことは許されない。
だからここで彼女を殺す。
彼女には恩しかなかった。
この世界に来て、右も左も分からず、ただ情動に任せて行動していた自分を、彼女は救ってくれた。
生命を守ってくれるだけでなく、生きる術も教えてくれた。
だから感謝しかない。
それでも、殺すしかない。
私の中の優先度では、私より明彦くんが上位にある。
だから私を救ってくれたからといって、明彦くんより上位になることはありえない。
だから、行く。
前に出る。
同時、相手も出ていた。
中央で激突する。
剣を繰り出せば防御され、繰り出されれば回避し、蹴りを放てばガードされ、拳が飛んで来れば受け止める。
「ふはっ!」
笑っていた。
一進一退の攻防の中、堂島さんは笑っていた。
「あはっ!」
自分も笑っていた。
間一髪の戦況の中、私は笑っていた。
戦いながら、殺し合いながら笑う。
こんなの異常以外の何物でもない。
こんなものが私の中に眠っていたなんて。
怖い、と思う反面、しょうがないかとも思う。
だってこの力がなければ、私は生きていけなかった。明彦くんに会えなかった。明彦くんを守れなかった。
だからこれも私。
私の中の真実として、確としてある私。
だからいいという話じゃない。
それで人殺しの罪が消えるわけじゃない。
けど、自覚しているからこそ、その罪から目をそらさず生きていけるはずで。
私は私だと、胸は張れないけど自信をもって生きていける。
私はもう、大丈夫なんです。
こうやって、ちゃんと生きています。
その想いを彼女にぶつける。
それに対する答えを、彼女はくれた。
だから、笑った。
笑いあった。
あるいは、あのまま帝国にとどまっていれば、とても良い友達になれたかもしれない。
けど私は明彦くんを選んだ。
堂島さんを捨てた。
友情より愛情を取った。
だから断罪されてもしかるべき場面で、ののしられても仕方ない場面で、
『それでいい』
そう言われたのだから。
許してくれたのだから。
だから、笑うしかないじゃない。
斬った。
斬られてもいた。
鮮血が舞う。
だが浅い。
お互いが再び距離を取る。
見れば堂島さんはすでに満身創痍だ。
鎧は砕け、ところどころが陽の光に反射して濡れている。
思えば斬撃が甘いところがあった。
右わき腹がどす黒く染まっている。
間違いなく怪我をしている。
それでもこうして立って、明彦くんを殺すために精一杯戦っている。
鮮血のヴィーナス。
思い浮かんだその言葉が、妙にしっくりくる。
血にまみれて戦うその姿が、どうしても気高く、美しく、誇り高いものに見えるから。
だから最期の彼女の願いを叶えてあげたい。
けどそれは絶対に叶えてはいけない。
その果てしない矛盾。
再び、友情を取るか、愛情を取るかの選択を突きつけられる。
一瞬の迷い。
いや、迷うことはない。
ふぅっと息を吐き出す。
そして、剣を構えた。
「それでいい。それでいいぞ……君は」
堂島さんが、そうつぶやき、笑った気がする。
これまでの愉快だという笑いでなく、ほっとしたような、成長を祝福するような、そんな微笑み。
「負けんがね」
「行きます」
同時、走り出す。
急速に縮まる距離の中、相手の動きが視界から消えた。
あるのはただ純粋な想い。
堂島さんより早く。相手より速く。敵より疾く。
剣を、突き立てる。
硬い、そして柔らかい感触が手に伝わる。
そして全身が何かにぶつかる衝撃。
ハッとして、視界が元に戻る。
見れば、突きに変化させた剣先が、彼女の胸に根本まで突き刺さっていた。
体ごとぶつかるようにして、止まっていた。
見上げれば堂島さんの顔。
血の気の失せたその顔は、白く、蝋人形のように白くなっていたが、それでもその美しさは変わらない。
ふぅぅぅぅ、と深く息を吐き出す。
そして、
「ありがとう、里奈……」
微笑んだ。
それは自分を殺した相手さえも包み込むような、自らの運命をすべて受け入れたような天使の笑顔。
そしてそのまま、堂島さんは支えを失い、すれ違うように前へと倒れる。
動かなくなった堂島さん。
安らかな顔で、寝ているようにも見える。
「ありがとう……ございました」
つぶやく。
視界がにじみ、嗚咽がのどをこみあげてくる。
泣いてしまおうか。
いや、ここじゃだめだ。
もっと人がいないところで――
「里奈」
声が、した。
一番守りたかったもの、一番大切だったもの。
これのために、私は友達を殺した。
そんな、ひどい女に、言葉をかけちゃいけない。
だって、明彦くんは、明彦くんなんだから。
けど、背中に衝撃。
明彦くんが背中から手を回してくる。
抱きしめられている。
温かい、体温を感じる。
「よく頑張ったな。……だから、ありがとう」
優しい言葉をかけられた。
もう無理だった。
感情があふれ出し、制御不能になる。
私はそして激しく――泣いた。




