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第48話 遭遇戦

 営舎で時間が経つのを待つ。

 ジルはすでに出発していて、遠く鐘の音が聞こえる。おそらく東西の門が鳴らしているのだろう。


 対して王宮近くの中央部は静かだ。


「じゃあジャンヌちゃん、行ってくる」


「あぁ、頼んだ」


 サカキがウィンクして出ていく。3千の兵を連れて。

 4千人はいたのが300人にまで減ると営舎もがらんとして感じる。


 動員できる兵数は全て使い切った。

 (さい)は投げられたのだ。

 後はどんな結果が出るか、神のみぞ知る。


「隊長殿、我々はどうするのでしょうか。ここ、本陣を守っているだけで良いのでしょうか」


「クロエ。聞いてなかった? さっき隊長殿は隊長殿の警護を私たちに命じたのよ?」


「それは分かってるって、サリナ。けど隊長殿がどうするかはまだ聞いてないし」


「この(いくさ)に本陣なんてものはないよ。あるのは国と国のぶつかり合いだ。俺たちもそろそろ動くぞ」


 立ち上がり営舎の外に出る。

 鐘の音を聞いたのか、通りにはまったく人通りがいない。


 まず俺は隊を2つに分けた。

 営舎からぐるりと王宮のそばを回って、最後は北門へ続く大通りで合流する。

 別動隊はクロエが指揮しているから問題はないだろう。


「我々は解放軍だ! エイン帝国の圧政を打倒し、立ち上がった者である! オムカの民よ。安心して自由の明日を待て!」


 そして部下たちに口々に叫ばせる。

 民心を安定させるのが俺たちの仕事だ。


 何の情報もなく不安のままにいた民衆は何をするか分からない。下手に暴動を起こされると無駄な死者が出る可能性もある。

 だからこうして何が起きて自分たちがどうすればいいのか明確に示してやる必要があった。


 だがこれには問題がある。それは――


「き、貴様ら!」


 敵。エイン軍だ。数は300ほど。

 遭遇戦を想定していないわけはなかった。そりゃこれだけ大声を出していれば見つかるのは時間の問題だから、これは起こるべくして起こったこと。


 ただやはり突然のエンカウントは心臓に悪い。

 一瞬息が詰まり、そして唾を飲み込み、歯を食いしばってそして叫ぶ。


「この戦いはオムカ王国の真の平和を守るための戦い! ジャンヌ・ダルクの旗の下に集いし勇者たちよ、この国を統べる女王のため、かつて平和を勝ち取った祖先のため、今こそ力を見せる時!」


 俺の鼓舞は歓声を誘い、相手の動揺を引き出した。

 すぐさま部下たちは俺を中心に広くもない道で射撃体勢を取る。


「撃て!」


 サリナ号令の下、()から矢が発射される。

 どうやらあれからも弩の練習をしていたらしい。矢の装填速度が速いし、何より言われなくても一斉射ではなく微妙に時間をずらした射撃で息つく間もなく攻めたてる。


 行ける。

 そう勝利を確信した瞬間だ。


「お姉ちゃん……」


 喚声に呼ばれたのか、ふらりと路地から顔を出した少女。


「リン!?」


 まさか。なんでここに!?

 いや、市街戦となれば誰もがそうなる可能性があるに決まってるじゃないか。


 リンは敵軍の近くの脇道から出てきたところで、何が起きているのか分からず立ちすくんでいる。

 そのリンに対し、矢を射られていた敵が動いた。


「くそ!」


 気づいた時には走り出していた。


「全員、射撃中止! ジャンヌ隊長を守れ!」


 俺の補佐をしていたサリナが叫ぶ。


 背後からものすごい圧を感じる。みんなが来てくれる。それが俺の背中を押す。前に敵。剣。受けるわけにはいかない。投げた。旗を。


「うわっ!」


 敵の視界を広がった旗が遮った。

 剣が旗を切り裂く。


 その隙に突っ込む。激突した。敵はわずかによろめくだけだ。当然だ。俺は筋力1なのだから勝てるわけがない。


 だが姿勢を崩すことはできた。その間に俺はリンの小さな体に覆いかぶさる。


 後から考えたが、この行為に何の意味があったのか。

 リンと一緒に串刺しにされても不思議ではなかった。


「隊長ぉ!」


 サリナの声が聞こえる。

 彼女たちは敵に阻まれてすぐには駆け付けられない。敵の剣がまさに俺とリンを串刺しにしようとした時、


「でやぁ!」


 別の男の声が聞こえた。

 そして金属がぶつかる音の後、敵兵がどさりと地面に倒れた。


「へっへ、大丈夫かい、お嬢ちゃん」


 俺を救ってくれたのは、フライパンを手にした中年の男。一般人だ。


「あんだけ啖呵(たんか)切られちゃ、オムカの男として立ち上がらないわけにはいかないよなぁ、みんな!」


 その声に応えるように、そこかしこの民家から武器を持った男たちが出てきて、敵兵に襲い掛かる。

 剣を持ち鎧を着こんだ相手にも関わらず勇敢に飛びつき、次々と打ち倒していく。


 数は互角。だがこちらは不意をうってさらに包囲している。


「てめぇら、よくも隊長に剣を向けやがったなぁぁぁぁ!?」


 しかもサリナの狂戦士状態(バーサーカーモード)が発動した。それで勝負は決まりだった。

 ほんの1分後には300の敵は地面に倒れ伏すことになった。


「嬢ちゃん、さっきのはいい演説だった!」「あぁ、若い兄ちゃんも姉ちゃんも頑張れよ!」「応援してるぜ!」


「はい、我々はジャンヌ隊! お見知りおきを!」


 敵を叩きのめしてにこやかに宣伝するサリナにちょっと恐怖を感じながらも、ちょっと調子に乗りすぎじゃないか、と不安になった。まぁ始まったばかりだし、よく動いてくれたから文句を言うところではないが。


「げほっげほっ」


 すぐ下で、俺より小さい体が震えた。

 俺は慌ててリンを解放した。


「大丈夫か」


「うん……ありがとう、お姉ちゃん。怖かった」


「ここら辺は危ないから。家に隠れてなさい」


「おうち、ないから」


 うっ……そういえばそうだった。とはいえ俺たちについていくことは逆に危険だ。


「すみません、リンを預かってもらえませんか」


 仕方なく俺は先ほど助けてくれたおじさんに頼むことにした。


「ん……そうか。ああ、分かったよ。だが引き取ることはできないんだ。うちも余裕がないからね」


「それでも助かります。リン、しばらくこの人の家にいるんだよ。あとで迎えに来るから」


「うん、待ってる」


「よし、いい子だ」


 俺はリンの頭に手を載せて頭を撫でてやる。


「ジャンヌ隊長。死者なし、軽傷者7です」


 サリナがきびきびとした様子で報告をしてくる。


「分かった。軽傷者は営舎に戻って傷の手当て。ここは無理するところじゃない。残りは俺に続け!」


 思わぬ遭遇戦に、思わぬ援軍。

 これだから戦場は何が起きるかは分からない。


 だがリンを守れたこと、民衆の力を得られたことに、俺は言いようのない興奮を覚えていたのは確かだった。

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